50:笑っててほしいんだ
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アンジェラは一度故郷に戻って少し経ってから難民ボランティアに参加し、各地をまわっていた。広瀬が与えた傷跡が残った場所も多く、故郷を追われた難民の力になっている。
動きやすいように、最近の服装はワンピースからズボンに変えたそうだ。髪も下ろしてまとめて束ね、快活なポニーテールスタイルにしている。
忙しい日々を送りながらも、たまに日本が恋しくなってはこうして遊びに来て羽を伸ばしていた。
ジャスパー達の様子見も兼ねてだ。
「偶然、ボランティア先で見つけたんや。日本に誘ったら「行く」って言うから、サプライズも兼ねて連れてきたでー」
「サプライズ成功~」と嬉しそうに言いながら、アンジェラは状況を理解していない天草とハイタッチする。
「? アンジェラひさしぶり―――」
構わず、楽しそうな雰囲気に気を良くした天草は、アンジェラの手を引いて「あそぼ―――」と誘った。
幼い子どもを相手にするように、アンジェラは「よっしゃ、ホットポテトするで―――」とあえてジャスパーとルドガーから離れるように天草を屋上の隅へと連れて行く。
ちなみにホットポテトとは、ボールを熱いジャガイモに見立て、音楽を流しながら回し合い、 音楽が止まった時にボールを持っている人間が負け、というゲームだ。
「【ホットポテトってふたりで出来たっけ? 懐かしいな…。オレ様もあとで参加しようかな】」
「【とりあえず、こちらに気を遣ってくれたんだろ…】」
久しぶりの英会話に落ち着くジャスパー。
「【ったく、おまえは…。連絡くらいよこせよな! 電話くらい持っとけ】」
バン、とルドガーの背中を叩いた。
実に5年ぶりの再会だ。日本の空港で別れて以来だった。
最後に見た時から、ルドガーは何も変わっていない。無精ヒゲがほんの少し増えたくらいだ。
感動のあまり、どさくさに紛れてハグしようとしたが、そちらはあっさりとかわされてしまう。
ジャスパーとルドガーはベンチに並んで座った。
「【おまえは変わんねえな、ルドガー。相変わらず、答え探しの旅を続けてるのか?】」
「【ああ…。……おまえは少し、変わったな、ジャスパー…】」
ルドガーは流し目でジャスパーを見て口にする。
ジャスパーは髪型のことを言われたのかと思って、照れ笑いを浮かべながら、自身の毛先をいじった。
「【最近切ったばかりだ。さっぱりしただろ―――】」
「【そうじゃない】」
「【へ?】」
首を傾げるジャスパーに構わず、ルドガーの視線は、アンジェラと遊んでいる天草に向けられた。
「【…………彼女は、天草か?】
「【…ああ。驚いただろ…。ごらんの通りだ】」
聞きたくなるのも、無理はない。
最初にジャスパーに経緯を説明したのは由良だった。
天草はレンの体を乗っ取るために、レンの“保管”の能力を利用し、自身の精神をレンの体に取り込ませたのだ。
由良曰く、道連れ上等の傍迷惑な自殺だ。
結局、それも未遂に終わった。レンの身体にいた仲間達によって追い出され、元の体に強制的に戻されたのだ。
目覚めたあたりから様子はおかしかった。
アンジェラの治療が途中、“療治”能力を失ったことで中途半端に終わってしまったため、急遽病院に運ばれ、意識が回復して目覚めた天草は、ジャスパーの知っている天草ではなくなっていた。
目覚めた天草は、生まれたての赤ん坊と同じだった。
精神を出し入れしたのが原因なのか、重傷だったのが原因なのか。
記憶を失ったうえに、幼児退行していたのだ。最初は生まれたての赤子のように「うー」「あー」を言うだけで、言葉も上手く喋れなかった。
ひとりでは食事もできない、外を歩けない、眠れないなど、不便が多かった。
南は『もしかしたら、一生そのままかもしれない』とのことだった。
「【あの頃のクールビューティーなアキとは程遠くなったもんだ…。記憶喪失っていうより、生まれ変わったといってもいい…】」
そう言いながら、出会ったばかりの頃を思い出す。
『ジャスパー…、それが貴様の名前か』
『【好きに呼べよ。オレを捨てた親が勝手に名付けた名前だ】』
『それでも、貴様は捨てなかったのだろう?』
『【……まあ…】』
今まで恋人に呼ばれた名前でもある。
ジャスパーの名前も気に入られていた。
『いい名前ではないか。あの石は色んな模様もあり、多様性に溢れている…。貴様の親も、最初は適当につけたものではないはずだ』
『【……………】』
その時の天草は“心臓の欠片”を手にしていたため、ジャスパーの心を覗いて上手く利用するためにそう言ったのかもしれないが、ジャスパーにはどうも、天草の本心が混ざっていた気がいてならない。
結局最後まで本音は明かしてくれないままだったが、それは天草自身もそうだったかもしれない。抑え込みすぎて、ずっと自身を見失っていた。
『あそぼ』
幼児退行してから間もなく、ようやく発したまともな言葉がそれだった。
そう、ただ誰かと遊びたかっただけなのだ。
「【不謹慎かもしれないけど、アキはあのままでいいと思ってる。…やっと、新しい道を歩き始めたんだ】」
そこで、『新しい道に立てる』と言ってくれたレンの言葉を思い出す。
ジャスパー自身もあの時、もう、間違った道には進まないと誓った。
「【……………】」
「【記憶が戻ってしまったら、アキは絶対、壊れてしまう】
勝又を失った記憶まで戻ってしまったら、ジャスパーが自害を止めても、天草は自分を失い、脱け殻になってしまうだろう。
黙って聞いていたルドガーが口を開いた。
「【壊れてしまうのは、おまえも同じだろう…】」
そう言って腰を上げ、ジャスパーを見下ろして言葉を重ねる。
「【だから、このままでいいのかもしれない。私も、そう思う】」
その口元は、緩やかな弧を描いていた。
そう言ってくれたことに、ジャスパーは救われた気になる。
ルドガーは例の問いを投げかけた。
「【ずっと聞きたかった…。ジャスパーの“生”とはなんだ?】」
「【……今…、この時と…―――】」
ジャスパーは、楽し気に笑う天草に視線を送る。
「【……そうか】」
ジャスパーの言いたいことを察した、ルドガーは小さく頷いた。
そして、ペントハウスの方へ足を向ける。
「【あれ? もう行くのか?】」
「【答えを聞けたからな】」
「【せっかく会えたんだ。ゆっくりしてけよ】」
それでも行こうとするルドガーの行く手を阻むように、ペントハウスから南が登場した。
頃合いを窺っていたのだろう。
赤い眼鏡を指先で上げ、ルドガーを見据える。
「【そうよ。長旅でお疲れでしょう? 日本のお茶くらい出すわよ】」
「ミナミせんせい…」
5年経っても、その姿はまるで変わらない。周りには魔女だと思われるようにまでなった。
「アンジェラ、来てたのね」
「院長さん、お久しぶりです~」
声をかけられたアンジェラが手を振って挨拶する。
「だからもう院長じゃないってば」
今の院長は柑二だ。
今までがハードワークだったため、少しは負担を減らしてバランスを整えばなければ、と頃合いを見て譲り渡したのだ。
代わりに、ついに柑二は全ての髪を失い、カツラを被るようになった。
南はルドガーの腕をつかみ、引っ張る。
「【遠慮しないで。ほらほら。……あなた、とても匂うわね…】」
「【……………】」
ルドガーは拒まないが、ジャスパーの目には、わずかに困惑の色が窺えた。
しかし、積もる話はまだまだ残っているため、ジャスパーは止めない。
それに、潔癖症の南の洗礼を受けるルドガーの姿も見てみたかった。
「いちこ―――っ!」
「わっ」
後ろから南に飛びつく天草。
「ダーメ! いちこはアキの!」
ルドガーに絡んでいったのは南なのだが、天草は頬を膨らませてルドガーから引き離すように南をぐいぐいと引っ張った。
「こら、亜紀…」
「急に飛びついたらダメよ」と軽く窘めながら、南は天草の頭を撫でる。
天草は猫のように目を細めた。
「やっぱり誰よりもせんせいにべったりだよな…。はっ! これがモチヤキ…」
「ヤキモチや」
横からジャスパーにつっこむアンジェラ。
「ウチが日本語叩き込んだろかいな…。そういえば、由良君は? 家におらんかったけど。ネコはおったのに」
アンジェラの視線が、病院の裏にある、元・廃院の方へと向けられた。
廃院は取り壊され、今では一軒の平屋がある。雑草だらけだった周りも手入れされていた。
「ニャー」
「ニャア」
平屋と病院周りを行き来する2匹の仲睦まじい猫。
あの時の黒猫と三毛猫には赤い首輪がつけられ、その後ろをついてくる2匹の子ども達には青い首輪がつけられていた。
5年前に生まれた子ども達もすっかり成猫である。左目周りが黒い白猫と、頭部に茶色のハートマークがある三毛猫だ。親子共に仲良く暮らしている。
アンジェラは平屋に立ち寄った際、少しの間猫達と戯れたことを思い返す。
「ああ…、あいつなら…」
ジャスパーが説明しようとした矢先、またペントハウスのドアから誰かが屋上に顔を出した。
今度は柑二だ。
「やあ。みんなお揃いだね。患者さんのご家族から大量にドーナツを戴いたんだ。よかったらみんなで食べない?」
柑二の両手には、ドーナツの柄の箱があった。
天草は「ドーナツ!」と目を輝かせ、「いちこ、いちこ、ドーナツ!」と南の腕をぐいぐいと引っ張る。
「フフフ。亜紀、急がなくてもドーナツは逃げないわよ」
笑いながら南は天草についていった。
「いちこも食べよっ」
そう言って南に笑いかける顔は、似ても似つかないはずなのに、
『いちこも食べようぜ』
なぜか、水樹と重ねてしまった。
不意に、南の目に涙が浮かぶ。
「いちこ?」
「……そうね…。一緒に食べましょ」
箱を開けると、ドーナツが敷き詰められていた。
ジャスパー、アンジェラ、ルドガーは上から覗き込む。
大人でも迷ってしまうほどだ。
「由良君達の分もありそうやな」とアンジェラ。
「【いいのか? オレまで…】」とルドガー。
「【遠慮すんな】。……というか、最初に見せたらゼンブ食べようとするだろ、あのセンパイ…」とジャスパー。
「さすがにそこまでおとなげないことは…ないか。この前も隠してたお菓子全部食べられた…」と柑二。
「亜紀はどのドーナツが食べたい?」と南。
天草は「はい、はい!」と真っ先に手を挙げた。
「いちごドーナツ!」
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