50:笑っててほしいんだ
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“アクロの心臓”を巡る最後の戦いから、5年の月日が経過した。
南野病院の屋上のベンチに座るのは、ジャスパーだ。
今は、清掃作業用の制服を着て、長かった髪は肩までばっさりと切っていた。
最後の戦いを経て、南と柑二の仕事の手伝いや、病院の清掃係をしながら日本で暮らしていた。
「【え…と…】」
休憩時間を使って日本語の教科書を広げ、勉強することが日課になっている。
ひらがなやカタカナは覚えたが、漢字とそれを使った文章がややこしかった。
「【メンドクセー…】 ……こういう時、メンドウクサイ…だっけ? めんどうって匂うのか?」
シャーペンをくるくると弄びながら、数年前に南に言われたことを思い出す。
『日本語覚えなさい!!』
患者とのコミュニケーションのためだ、と言われた。
最初はあしらっていたが、次の日に渡されたのは“バカでも覚えられる日本語”という教科書だった。似たような書籍も目の前で山積みにされるほどのスパルタっぷりだ。
この時、何気なく教科書代を出してもらっていたので突き返すこともできなかった。
ちなみに由良は、南に頼まれ、面白そうだと言わんばかりに協力した。お菓子と家庭教師代が出るからということもあるのだろう。
教え方はありがたいほどわかりやすかったのだが、当初は「な」を「た」、「あ」を「わ」と間違えてしまい、「馬鹿」だの「阿呆」だの当初のジャスパーには理解不能な単語を日本語で連呼されていた。言葉の意味を知った今となっては非常に腹立たしい。
最近の由良は、少し飽きてきたのか、ジャスパーが上達したからなのか、数年前と比べてあまり絡んでこなくなった。それはそれで寂しいと思うジャスパーである。
しかし勉強を始めてみると、案外集中してしまう。意味がわかれば達成感もあるのだ。
足を組み、右太ももの上に紙をのせ、思いつくままにわかりにくい日本語を並べて書いていく。
そこで、突然後ろから首に飛びつかれた。
「【うわ!】」
「ジャスパー!」
耳元で大声を出され、耳がキンとなる。
振り返ると、ニコニコと笑う天草の顔がそこにあった。
「アキ…」
「なに書いてる?」
ジャスパーの後ろから教材を覗き込み、首を傾げている。
「ベンキョウ…してる」
口から出る日本語は、なまりはまだつたないが上達したものだ。
「あそぼ―――!」
ジャスパーの前に回り込んできた天草ははしゃぎながらジャスパーの右腕を両手でつかんで引っ張った。
「【勉強してるって言ってるのに…】」
本当に遊ぶの好きだな、と肩を落とす。
天草は「きゃははっ」と無邪気ながらジャスパーを促した。
腰まで伸びた黒髪が風でなびく。子どものように笑っているが、黙っていれば、誰もが振り返るほどの美貌をもった大人の女性だ。
「ジャスパー?」
ベンチから腰を上げないジャスパーに対し、遊ばないの、と悲しそうな顔をする天草。
「わかった、わかったからそんなカオすんな」
何も悪いことをしていないのに、罪悪感を覚えてしまう。
天草の訴えるような視線が痛い。
最近忙しくて、ちゃんと遊び相手をしてなかったこともある。
「遊ぶか!」
その言葉に、天草は笑顔へと変えた。
きっと5年前のままなら、そんな笑顔を見せなかっただろう。
(【アキは、あの時からずっとあのままだ…】)
今の方が楽しそうだ。皮肉な現実に、ジャスパーは目を細める。
天草は嬉しそうにスイカくらいの白色のボールを抱えて持ってきた。
それを使ってキャッチボールをする。
軽い力で投げると、天草はボールを目で追いながら走って追いかけた。
屋上なので、フェンスを飛び越えないように気をつける。もう能力者ではなくなったため、もし落下すれば軽やかに着地ができない。
ジャスパーは天草が投げたボールを軽くジャンプしてキャッチし、もう一度投げ返した。
地面をバウンドし、コロコロと転がるボールを追いかける。
ボールがペントハウスのドア付近まで転がったところで、ドアがゆっくりと開けられた。
ちょうど出てきた人物の足先にボールが当たって停止する。
「あ…」
現れた男に、天草は驚いて萎縮した。
「【おまえ…】」
その男を一目見たジャスパーは目を大きく見開いて唖然とする。
男は身を屈めて片手でボールを拾い上げた。
フードつきの、黒くてボロいコートはあの頃のままだ。
「【ル…、ルドガー!?】」
「【…元気そうだな、ジャスパー】」
ルドガーは拾ったボールを、萎縮している天草に差し出した。
天草はおそるおそる両手を伸ばし、ボールを受け取る。
「ジャスパー…、このおじさん…誰?」
ジャスパーは安心させるように笑みを浮かべ、ルドガーを紹介する。
「ルドガーだ。オレの…えっと…オトモダチ」
「ともだち…」
「ああ。ダイジョウブだから、おれい…言おうな?」
「うん。ありがとう、おじさん」
「【……………】」
礼を言って微笑む天草の顔を、ルドガーは不思議そうに見つめた。
「びっくりしたー?」
そこで、ルドガーの後ろからひょっこりと現れたのは、アンジェラだ。
「【アンジェラ!?】」
こちらは数カ月ぶりの再会だった。
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