49:生きたい
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バチッ!
「!!」
レンの目がカッと大きく見開かれ、天草の体に流れ込んだ電流の衝撃が由良の手にも伝わる。
「!?」
由良は、糸が切れたように力が抜けたレンの身体がこちらに倒れてきたのを見て、すぐさま天草の身体をその場に置き、右腕を伸ばして受け止めた。
「っ、はあっ、はあっ」
ピクリとも動かなかった天草の身体がスイッチを点けられたように動き出し、胸を上下させて激しく呼吸を繰り返す。
天草の精神は、レンの体から元の身体に戻ったようだ。
「レン!」
由良は片脚でレンの背中を、右腕で首を支え、その顔を窺った。
閉じられたレンの目から、一筋の涙が流れる。
「…レン…」
もう一度呼ぶと、レンの瞳がゆっくりと開かれた。
「…由…良…」
「戻ったみたいだな…」
由良はほっと安堵するが、レンは悲痛な表情を浮かべる。
「由良…、みんなが…っ、あたしの…ために…」
「…あいつらは…?」
「天草を追い出すために…っ…、ごめん…っ、森尾…、華音…、兄貴……」
レンは溢れ出る涙を、何度も、何度も、傷だらけの手の甲で拭った。
「……………」
由良は押し黙る。今のレンに、内にいる誰かの顔は見えなかった。
もっと他の方法はなかったのか、と残念でならない。
(オレにも、お別れぐらい言ってけよ…)
寂しそうに小さく悪態をついた時だ。
耳を澄ますと、どこかから騒がしい声が聞こえる。
人間の群れが一斉に歓声を上げるような。
学校の方からなのか、別の場所からなのか。
学校の方を見たが、瓦礫のせいで状況もよく見えない。
行けば、“アクロの心臓”が手に入るかもしれないのに、動く気にはなれなかった。
「ニャー」
そこへ現れたのは、黒猫。
黒猫の見分け方は難しいが、由良は「おまえ…」となんとなく知っている猫だとわかった。
黒猫はもう一度「ニャー」と鳴き、レンと由良の身体に自身の匂いを擦りつけるようにすり寄る。
「レンちゃん! 由良君!」
そこへ駆けつけたのは、南とアンジェラだ。
その後ろには死にそうな顔でふらふらとついてきたジャスパーもいる。
由良の治療後、由良がレンを追っている間に、ジャスパーもアンジェラに腕や脚の治療をしてもらったところだった。こちらも何度か死にそうになって気絶もしたらしい。
「【アキ!!】」
しかし、そんな死にそうな顔色も、満身創痍で横たわる天草の姿を見て覚醒した。
天草の傍に駆け寄り、瀕死の重傷に顔を強張らせる。
「なにこのケガ! 血の量もハンパじゃないわよ!?」
人間離れした天草の怪我の具合に、南は焦りながらどこから手を施していいのか珍しく迷った。
とにかく、と自身の白衣を脱ぎ、胸の大穴と腹部の貫通傷を同時に止血する。
ジャスパーも協力して止血のために天草の傷口を両手で押さえた。
「アンタさっき治したとこやろ! なんでまたケガしとんねん!!」
一方、アンジェラは由良の怪我を見てがなり立てた。
「響く響く、大声が、体に…」
呻く由良は耳を塞ぎたかった。
「レンちゃんも最悪にボロボロやないか!」
レンの重傷具合に目を見張ったアンジェラは、レンの傍に片膝をつき、手をかざして治療しようとする。
「アンジェラ…」
レンは、おまえも来てたのか、どうしてここに、とアンジェラに聞きたいことは山ほどだったが、近くに横たわる天草が血を吐き出したのを視界の端に捉え、アンジェラと視線を合わせたまま、天草を指した。
「待って…。あいつ…、あいつから…治してやって…」
「【!?】」
一番驚いたのはジャスパーだ。思わず振り返る。
先程まで殺し合っていた敵だというのに。
「またアンタは敵に塩を送るようなことを…」
プラットホームのアランのことを思い出し、アンジェラは呆れてしまう。
日本のことわざも詳しいな、とアンジェラの博識に感心した由良も、「そうだぜ」と頷いて同意した。
「復活したらまた襲ってくるかもしれねーのに。先に治してもらった方がいいんじゃねーか?」
せめて治療の順番は変えろ、と言いたげな由良だったが、レンは首を横に振る。
「あのままだったら、死んじまう…。頼むよ、アンジェラ…。あいつはまだ、新しい道に立てる…」
今度こそ、自ら壊すことがない道を。
誰かと紡げる道を。
「【アンタ…】」
ジャスパーは感謝の涙を浮かべてレンを見つめた。
「…わかったから、おとなしく順番待ちしとき。由良君も!」
ため息交じりに言ったあと、ビシッと厳しい顔つきで由良を指さすアンジェラ。
「優しく治してネ」
由良はあざとくお願いしてみたが、おそらく無理だろう。
「本当にあのケガで大丈夫なの? 能力者って…」
心配になった南は一度レンの方へ行こうと腰を浮かした。
「!」
その時、天草の手が、南のスカートの裾をつかむ。
一度天草に殺されかけた経験のある南はビクッと怯んだが、その顔を見て「え?」と目を見開いた。
「あ―――う―――」
口端から涎を垂らし、きょとんとした大きな瞳がじっと南を見つめる。
あどけない、赤子のような表情だ。
「【どうした?】」
天草の様子に、ジャスパーは怪訝な顔をする。
「うぅ―――」
離れてほしくないのか、天草は南の裾をぐいぐいと引っ張った。
「……………」
振り解こうと思えば簡単に振り解けるが、南は天草と目を合わせたまま、ゆっくりと、再び腰を落とす。
「そのまま抑えといて―――」
治療に取り掛かろうとする、アンジェラ。
由良とジャスパーを通じて、アンジェラが行う治療の光景を知った南は、天草が暴れないようにその身体を押さえた。
「あんまり暴れないでね…」
優しく声をかけると、天草は嬉しそうに笑って応える。
レンと由良は、天草の治療が終わるまで、ふたりですぐ傍のブロック塀に背中を預け、互いに肩を寄せ合いながら座り込んでいた。
由良の右隣にいるレンは「ははは…、面白いくらい動けねえ…」と小さく笑う。
「ムチャしたもんなあ…。あの天草によく勝てたよな」と由良。
「みんなが手伝ってくれたおかげだよ…。あたしひとりだったら、あいつには絶対勝てなかった…」
「そっか…」
「由良も大丈夫?」
「さすがにオレも死にかけた…けど、まあ、誰かさんの本音が聞けたなあ…。オレと一緒に生きたーいって」
痣の付いた首元を撫でながら由良はニヤリと笑って言った。
「勢いで言ったこと、しっかり覚えてんじゃねえよ…」と恥ずかしそうに軽く睨むレン。
「……他のみんな…、太輔達も大丈夫かな…。広瀬もまったく動きがなかったし、御霊も近くにいるみたいだし…」
「とんでもねえお方が来てるじゃねーか」
顔を青くする由良は、会わなくてよかった、と安堵する。
「天草と勝又の“心臓の欠片”も持ってかれちまったし…、もし、心臓と欠片が御霊のもとに全部揃ったら……」
それが起きるのは、これからなのか、今なのか。
「ニャー」
「ニャア」
ふたりの前に、黒猫と三毛猫が来た。
心配そうにこちらを窺いながら、少し距離を置いて三毛猫は横たわり、黒猫はすぐ傍に寄り添って三毛猫の毛繕いをし始める。
(……この猫達も、精神体になるのかな?)
レンはふと、猫達を眺めて疑問を浮かべた。
御霊が連れて行きたいのは、人類のみなのか、この星に生きるすべての生命体なのか。
「ん?」
空を見上げた時、何かが見えた。
空に煙の筋を描いているが、飛行機にしては小さく、速い。
ミサイルにしては大きかった。
とんでもないスピードで広瀬がいる学校へと落下していく。
「な…っ」
レンの中に、あってはならないものを思い浮かべる。
唐突に表情を強張らせたレンを見て、由良も空を見上げた。
「?」
「あれは……」
(まさか、核じゃ…!!)
逃れようのない恐怖に、レンは思わず由良の右腕にしがみついて身を寄せる。
「由…っ!!」
「あ…」
気付いた由良が声を出した。
「―――消えた」
「…………え?」
目で追いかけていた空飛ぶ風船が途中で呆気なく割れてしまったような、そんなリアクションだった。
レンはおそるおそる空を見上げる。
目を擦って空を見たが、そこだけ雲ごと円形に切り取られたかように、何も存在していない。
「な、なにが…」
どう見ても、広瀬が能力を使った様にしか見えない状況だった。
しかし、たとえ核が直撃しても、広瀬なら平然としているはずだ。
一体、学校で何が起こっているのか。もう核は降ってこないのか。
レンは半ばパニックになる。
すると、「痛い痛い痛い」と由良が訴えた。
「そんな熱烈に抱きしめてくれるなよ。傷だらけのくせに、どこからそんなパワーが湧き上がってんの?」
「あ、ご、ごめんごめん」
思ったより強く由良の右腕にしがみついていたようだ。
恥ずかしくなってわずかに身を引き、右腕から離れるレン。
左腕を外すと、由良は追いかけるように右手を伸ばす。
「!」
ふたりの手が触れ合った。
「「……………」」
自然と、手指を絡めて繋ぎ合う。
確かな手のひらの温もりと感触に、不思議とレンの心が落ち着いた。
こうやって繋がっていれば、たとえ精神体になってしまっても、はぐれることもなく、ずっと傍にいれるような気がした。
そう思ったレンは小さく笑い、あの時聞こえなかった森尾と華音の言葉を思い出す。
『いつかまた会える』
『だから、泣かないで』
(また…、会えるかな…。……もしかして…―――)
「由良…」
レンは繋いだままの由良の手を引き、自身の腹部にそっと当てた。
熾烈な戦いの最中、ずっと守り続けていた部分だ。
「?」
「たぶん…、あたし…さ……」
目を合わせ、躊躇いがちに告げようとした時だ。
「「!!」」
突如、目の前が発光した。
あの時と同じだ。
天草に頭をつかまれ、“心臓の欠片”の記憶を見せられた時と。
広大な宇宙と、“御霊”の記憶。
御霊は全人類を精神体にして宇宙へと連れて行くことが目的だ。
それが今始まってしまったのではないかと動揺したが、頭の中に御霊の声が響いた。
「おまえらがここに残ると言うなら、それもひとつの形か。やってみろ、おまえらなりの進化を。私達は行く。さらなる進化の旅へ」
そして、自分の体から、ずっと一緒にいた何かが出ていったのを感じる。
ありがとう、さようなら。そう言いたくなった。
それは、自身の一部と別れる、一抹の寂しさ。
「レン…」
名前を呼ばれて再び目を開けると、由良がレンの顔を覗きこんでいた。
「今のは…」
由良も同じ夢を見た。
あの声を聞いたとき、レンは確かに感じた。
「終わったんだ…、全…部………」
がくりと脱力するレンが由良にもたれかかる。
その肌には汗が滲み、胸部や左腕の傷口からは血が漏れ続けた。
「! レン!?」
由良の声と、意識が遠くなる。
由良の右手を離さないまま、レンは目を閉じた。
由良はレンの身体を揺するが、起きる気配がない。
そうしていると、あとから南とアンジェラが血相を変えて駆けつけてきた。
天草の治療も中途半端に終わっている。
アンジェラが御霊の声を聞いて起きたあと、突然能力が使えなくなったからだ。
南はレンの状態を見ると、すぐに近くに待機させていた柑二に連絡し、車を来させるように声をかける。
場が騒然となる中、由良はレンに呼びかけ続けた。
その間も、ずっと、その手を離すことはなかった。
.To be continued