49:生きたい
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天草に意識を奪われたことにより、真っ白な世界に、レンはひとり座り込んでいた。
現実と同じく、右腕はそこにない。
食卓でも、遊園地でも、屋敷でもなかった…。
現実と夢でもない世界。ここが、レンの中心部だった。
最後に見た、由良の顔を思い出す。
由良は左腕を壊してくれただろうか。
「嫌な役、頼んじまったな…。あ………」
左手を見ると、指先がサラサラと砂より細かい粒子となって崩れていく。
体が消えていく。
“自分”が失われていく。
そう思ったら、頭のてっぺんから足先まで、とてつもない恐怖感に包まれてしまった。
「…っ、待ってくれ…。まだ、消えたくない…!」
一歩あとずさると、バランスを崩して尻餅をつく。
「やだ…!!」
足の感覚がなくなっていることに気付き、両足を見ると、足首から先が砂となって塵になっていた。
粒子化は止まらない。
今度は左腕は肘から先まで崩れてしまった。
「もっとあいつと……!!」
涙が溢れ出たとき、不意に後ろから誰かに、崩れてしまわないようにそっと抱きしめられた。
「レンちゃん」
「!!」
はっとして振り返ると、なびく赤髪が視界に映り、華音と顔を合わせる。
「か…」
言葉がうまく発せられない。
「華音…っ」
華音はニコッと笑った。
そっと頭を撫でるのは、別の手だ。
「そんなに怯えるな、レン。大丈夫だ…」
「森尾…」
華音の隣にいたのは、安心させるような温かい笑みを浮かべた森尾だった。
「どうしよう…。あたし…このままだと…」
自分が消えてしまったら、身体に“保管”している森尾達まで消えてしまうのか。
考えるだけで罪悪感で押し潰されそうだった。
天草を“保管”してしまったことで、自分だけでなく、中にいる森尾達も巻き込んでしまったのだから。
「森尾も華音も…兄貴も…どうなるか…」
「レン…、由良と…、一緒にいたいか?」
森尾の問いに、レンはゆっくりと頷く。
「……由良と、一緒にいたい…。森尾と、華音と、兄貴も……」
また、あの屋敷の頃に戻りたい。今度は水樹も一緒だ。
「ひゃははっ。やっぱりレンちゃんって欲張りだよね~」
「…そうだな…」
レンらしい答えに笑う華音と、困ったように苦笑する森尾。
「レンちゃん、華音もレンちゃんとずっと一緒にいたい」
「じゃあ…」
華音の顔を見て、思わず口を噤んでしまった。
笑っているのに、泣いているのだ。
「…華音?」
森尾は困ったような笑みを浮かべ、華音の頭を撫でる。
そうしながら、レンにこう言った。
「また…、お別れだ」
「…え?」
左腕が完全になくなってしまった。
それを一瞥した森尾は真剣な顔で言う。
「レンには消えてほしくない。だから、オレ達は天草と一緒に出て行く」
「ちょ…、ちょっと待てよ…」
レンが焦燥に駆られても、森尾は淡々とした口調で言葉を被せる。
「由良にも協力してもらう」
「待てって!! 出て行くって? あたしの体から? どうなるかわからねえのに!? やめろよ! させねえぞ、そんなこと!!」
立ち上がりたかったのに、手足を失った身体では追いかけることもできない。
叫ぶほど、体にパキパキと音を立ててヒビが入る。
「2度もおまえらを失いたくねえんだよ!! 待…っ」
つかもうとしたが、つかむ手はすでに粒子となって伸ばすこともできない。
「待って…!」
華音と森尾は背を向けて歩き出した。
早く止めなければ、レンの中から出て行ってしまう。
「待てって…、なあ…」
「――――」
森尾が何か言った。
「聞こえねえよ…」
「――――」
華音も何か言っている。
頭部の右半分を失ったレンには、聞き取りづらかった。
「聞こえ…ねえよ…」
「レン…」
背後に、水樹が立っていた。
レンの身体はもう限界だ。
後ろから、レンの頭に手を伸ばして撫でようとした水樹は、躊躇って動きを止め、悔しそうに手を引っ込めた。
「兄…貴…」
振り返ったレンに、水樹はニッと笑う。
眩しい笑顔だった。
「……体を失う最期に、オレの分まで生きろって言ったけど…、おまえはおまえの人生を生きてくれ。自分の好きな奴と一緒にな」
「兄貴…、兄貴…まで……」
「オレはもう十分だ。ここまで生かしてくれて、守ってくれて、ありがとな」
だからこそ、恋人にちゃんと「さよなら」と言えたのだ。
それでも、少し、自身が持つ死生観を歪めてしまうことを願う。
死んでもまた、好きな相手に会えたらいいな、と。
「兄ちゃんに任せろ」
そう言って、水樹はレンに背を向けて森尾と華音を追いかける。
それからすぐだった。
「!?」
突然、由良の首をつかんでいた手が離れた。
「っ、げほっ、ごほっ」
由良は咳き込み、怪訝な顔で天草を見る。
「な…!?」
天草は何事かと驚いていた。
勝手に動いた左手を凝視し、憎々しげに唸る。
「う…っ、く…! き…さまら…!」
レンの瞳に妖しい光が纏った。
由良の目に映るのは、森尾と華音だ。
「由良! レンの体に天草の体を触れさせろ!」
「早く!!」
森尾に続き、華音が怒鳴る。
何をしようとしているのか察した由良は、レンの体を押しのけ、倒れている天草の体に向かって走った。
「させるものか!!」
後ろから天草が追いかけてくる。
肩越しに、由良に手を伸ばしたのが見えた。
由良はそれと同時に身を屈めてその手を避け、天草の体に飛びつき、その体を抱き起こす。
血液を大量に失ったことで体温が下がっていたのだろう、その手は死体の如く、冷たかった。実際、中身がレンに移ったことで一時的に身体が死んでいるのだ。
「ぐ…!」
天草の動きが金縛りにあったように止まる。
由良の目には、天草の身体にしがみつく森尾と華音の姿が見えた。
脱力した天草の体を強引に外へと押し出そうとする。
「由良…っ、こっちだ…!」
森尾が無理やり左腕をこちらに伸ばした。
由良は言われるままに、天草の手首をつかんでレンの手に触れさせる。
パチッ、パチッ、と天草とレンの間に小さな火花が散った。
“保管”された天草がレンの身体から元の体へ移ろうとしている。
「貴様ら…!!」
しかし、天草は踏み留まり、抵抗した。
可能な限りレンの中にいることで、レンの精神を破壊しようと目論む。
そうはさせてたまるか、と森尾と華音は歯を食いしばりながら天草を押し出そうとした。このまま自分達ごと外へ放り出されてしまっても構うものかと。
「しつこい~~~! レンちゃんから出てってよ~~~!」
「レンは、壊させない!!」
「……っ!!」
『遊ぼうよ…』
胸をよぎったのは、仲間に入れてほしいと隠れて泣いていた、幼い頃の自分自身。
いつだって、楽しそうな輪を外側で見つめているだけの傍観者だった。
たった一言、「私も入れて」と言えなかった、子どもだった。
「私はもう、どこにも行くところがないのに…!!」
涙を浮かべて叫ぶ天草。
その肩を、力強く抱く者がいた。
「水樹!?」
森尾は驚いて声を上げる。
それは横入りするような登場だった。
「そんな、仲間外れされたみたいな顔するなよ」
水樹はそう言って天草に笑いかけ、後ろ手に森尾と華音を突き飛ばした。
華音が尻餅をつきそうになり、森尾は咄嗟に華音の腰に手を回して支える。
「じゃあな、楽しかったぜ」
水樹は手を振って別れを告げ、天草を、泣き喚く子どもをあやすように抱きかかえて先へ進もうとした。
「水樹!!」
「なにして…!!」
森尾と華音が声を張り上げる。
水樹は「来るな」と制した。
「悪い…。―――定員オーバーだ」
そう言って肩越しに振り返り、満足そうに笑った。
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