49:生きたい
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舞い上がる粉塵が降りかかり、レンは咳き込んだ。
「けほっ…」
手のひらで口元を覆いながら、目の前に崩れたマンションを見る。
気づくのが一瞬でも遅れていれば、潰されていた。
勝又に躍りかかろうとした時、崩れ落ちるマンションが視界の端に入り、頭の隅に残っていたわずかな冷静さで、すぐに後ろに飛んで回避したのだ。
うまく受け身を取ることができず、地面を転がってしまった。
「か…っ、ケホケホッ、勝又は…」
咳き込みながらも左手で体を支えて立ち上がり、マンションの瓦礫をのぼって反対側に降りてみた。
飛び降りて地面に着地した瞬間、パシャ、と水が跳ねる。
水溜まりを踏んだ、と思ったが、跳ねた水滴は赤かった。
「え?」
水溜まりは血液だった。
それに気付き、思わず一歩あとずさる。
足下の血を目で追いかけた。
行き着いた先に、人間の体が倒れているのが見える。
勝又の両脚だ。
「……………」
嫌な汗が額に浮かぶ。
おそるおそる、両脚から辿るように視線を上げた。
「っ!!」
凄惨な光景だった。
勝又の身体は仰向けに倒れている。
腹部のシャツは血で染まり、頭部は、顎から上が、崩れ落ちたコンクリートに潰されていた。
酷い死に方だ。
ああ、死んだのか、と勝又が死んだ事実が、頭の中にゆっくりと染み込んでいく。
もう勝又は動かない。
「…くくっ…、はは…っ、なんつう死に方だよ。…ええ? ジジイ…」
レンの口元から空笑いが出る。
これが、勝又に求めた死に様か。
「………っ! ふざけんなあ!!」
勝又の死体に向かって怒声を上げた。
瞳から悔し涙が溢れ出る。
「テメーはもっともっと苦しんで死ぬべきだったのに…!! こんな…、呆気なく死にやがって!! ふざけんなあああああああ!!!」
血と唾を吐きながら、レンは行き場を失った怒りを込めて叫んだ。
「勝又…様?」
「!!」
そこへ、ふらりと天草が現れる。
腹部と胸の傷口と口から吐き出した血液のせいで、天草の身体は血塗れだ。
壊れた人形のような虚ろな目で勝又を見下ろし、慈愛の笑みを浮かべてその場に膝をつき、勝又の腹部に手を押し当て、意味のない止血を施そうとする。
「いけません…、勝又様…、手当てを…しなくては…。頭も…探しましょう……。私も…お手伝いしますから……」
潰れた頭部から流れ出る血を集めようとするが、無情にも指の隙間から零れ落ちてしまった。
今の天草は、勝又の死を受け入れられずにいる。
レンは静かに、憐憫の眼差しでその光景を眺めていた。
かつての、由良の左腕を抱きしめる自分自身と重ねてしまう。
勝又様、勝又様、と天草はブツブツと独り言を呟いた。
「広瀬の破壊衝動は、太輔がいたからこそ生まれていた」
「!!」
不意に子供の声が聞こえ、レンははっとそちらに振り返った。
少女の幼い声はこちらに近づいてくる。
「太輔が死んでしまったら、目的を失った脱け殻だ。願いを叶えてしまえば、もう動く意味もない…。そんなことにも気付かずに、太輔を殺すよう広瀬に差し向けるとは…」
可愛らしいワンピースを着たその少女を目にしたレンの表情は、冷水を全身に浴びせられたように恐怖で引きつった。
(そうか…。この方が…、御霊……)
名乗らずとも一目で理解する。
視線が逸らせず、つかまれてもないのに鎖で固く縛り付けられたように足が動かなかった。
「太輔が…死んだ…?」
聞き捨てならない言葉に、レンは信じられないと漏らす。
御霊はレンを見上げ、クスッと笑った。
その笑みを見ただけでレンは悪寒を覚える。
「邪魔だ、天草」
御霊の煩わしそうな声に、ビクリと天草の身体が跳ねた。
大きな恐怖は時に人間を正気に戻す。
壊れかけていても、御霊の命令には逆らえない。
カタカタと震えながら後ろ向きに地面を這うように、勝又の亡骸から離れた。
御霊は、レンと天草の脇に転がっている勝又の亡骸に近付き、前屈みになってその胸の中に手を入れる。
「…本当におまえは滑稽だ、勝又」
勝又の胸から取り出されたのは、“心臓の欠片”だった。
それを取り出した御霊は、勝又の亡骸に声をかける。
「が…、その死に方はないんじゃないのか?」
「なら…」
天草が震えた声で言葉を発した。
「勝又様と…、私がしていたことは…」
「無駄、というやつか?」
無邪気な笑みに、天草の表情が絶望に染まる。
「あ…」
「貴様の忠誠心は、勝又同様滑稽だったぞ、天草」
御霊はそう言いながら、レンの目前に歩み寄った。
それから視線を合わせて手を差し出す。
「わざわざ私自ら取り出す手間が省けた…。“欠片”を持っているのだろう?」
見抜かれたレンは息を呑んだ。
本来ならば渡すべきではない。“アクロの心臓”と“心臓の欠片”が全て揃ってしまえば、御霊が人類を精神体にしてしまう。
しかし、御霊の命令は、神以上に絶対的だ。
「渡してもらおうか」
能力者の主人に、逆らえるはずもない。
レンは苦渋の思いでポケットに手を突っ込み、天草から奪った“心臓の欠片”を取り出し、わずかに震える指先で御霊の手に返した。
御霊は満足そうに微笑み、軽やかな歩調で再び学校へと踵を返す。
「太輔なら、案ずるな」
肩越しに、そう言い残して。
「……………」
これからどうなるのだろう、とレンが御霊の背中をもどかしい思いで見送っていた時だ。
「ガハッ! ゲホゲホッ、ぐあ…ッ」
天草が激しく吐血した。
立っているのもやっとだったはずだ。
「天草……!」
見兼ねたレンが天草に駆け寄り、ビクビクと痙攣する身体を抱き起こす。
能力者とはいえ、傷が深すぎる。胸と腹部の傷だけならまだしも、“心臓の欠片”を解き放った代償で受けた、内臓の損傷が著しく酷いのだろう。
医者の手が必要だと思った。
このままでは天草の身体が死んでしまう。
「ああ…、北条…―――」
血を吐き散らしながら天草は、レンの首に絡みつくように抱き着き、口元をぐしゃりと歪めてその耳に囁いた。
そのあと、聴こえたのは、火花が散る音だ。
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