48:空っぽの怪物
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目の前が真っ赤だ。
レンはそれが自身の血だと少し遅れて気付く。
「う…」
わずかに呻き声を漏らし、少し身体を動かすだけでも全身に痛みが駆け巡った。
どこが一番痛いかなんて聞かれても答えられないほどだ。
『この世に言い残したいことはそれだけか』
天草がレンの腹部を蹴り上げようと右脚を上げた直後、レンは反射的に義手で腹部を抱えるように庇った。
グシャッ、と義手が無残に砕け散る。
そのまま、天草の足先がレンの胸の下を蹴り飛ばした。
生々しく気持ちの悪い、アバラの折れる音が響き渡る。
穴が空いたのではないかと思うような激痛に襲われながら、レンは後方に吹っ飛ばされてしまった。
植物の垣根を突き抜けてブロック塀に体をぶつけ、今のうつ伏せ状態だ。
背骨もやられたのか、呼吸をするのも苦しい。
地面がやけに温かいと思えば、自分の血だった。
最早、どの傷から流れてるのかわからない。
よくこれで死なないな、と改めて能力者の自分に感心する。
呑気に考え事をしている場合ではなかった。
向こうから天草が近付いてくるのがわかる。
「う…っ…」
(早く…起きないと……。こんなところで死んだら…、あのバカに「エラそうなこと言っときながら、世話ねーな」って笑われちまう…。由良だって、もう終わってこちらに向かってきてるはずだ…)
うう、うう、と呻きながら立ち上がろうと必死になった。
幸い、すぐ傍には一緒に飛ばされた金属バットが転がっている。
「う…ぐぅ…っ」
バットをつかんで、身体を無理やり起こした。動作のひとつひとつに、体中から悲鳴が上がる。
なんとか、座り込んだ体勢になる。
ふと横を見ると、奥の方に学校が見えた。
“アクロの心臓”の反応も著しく強く、轟音も轟いている。
あそこに広瀬がいるのは間違いない。すぐそこだというのに、レンの心と体が言うことを聞かなかった。
周囲の小さなビルや、建ち並ぶ家屋も瓦礫と化していた。その景色はまるで終末だ。
前に向き直ると、植物の垣根から天草の姿を確認した。
殺意に満ちた、鬼のように恐ろしい目だ。
立て、逃げろ、とレンの心は焦っているのに、体は他人事のように微動だにしない。
それどころか、眠くなってきた。瞼が重い。
(ここまできて、死にたくねえな…。まだ…、まだだ…。だって……)
天草の視線がレンの腹部に移り、目を細めた。
「……戦い始めた時から違和感はあった…。ずっと、執拗なほど腹を庇っているな…。いや…、守っている…というべきか…。―――北条、腹に…なにを隠している?」
遠回しに暴かれた秘密に、レンの心臓がひと際大きく跳ねる。
さらに苦しめる理由を見つけたことで口元を歪める天草は、クツクツと笑い、パキパキと指を鳴らした。
このまま腹部に手を突っ込んで臓物を引き出してもいいとさえ思えるくらい、残忍さに拍車をかけて昂っている。
好奇心だけで昆虫を引き千切って解体を愉しむ子どものそれだ。
「仲良く死ぬがいい。じきにあの男も、あとを追いかけてくるだろう」
天草の冷たい声に、レンはぼんやりと思う。
(死んだら、もう…、追うことも、追われることも…できねえんだよ…)
*****
夢の中で、レンは瞼を開ける。
あの世の存在は信じていない。夢だということは理解していた。
懐かしい光景だ。
目を開ければ、小学校の廊下に立っていた。
下校時間なのか、窓の外は夕方だ。
校庭にはランドセルを背負った小学生の集団が校門から出て行くのが見える。
教室をのぞくと、まだ数人の少年少女が残っていた。
けれど、様子がおかしい。
『返して! 返して!』
両目が隠れるほど前髪の長いひとりの少女が泣きながら数人の少年達に訴えている。
大柄の少年の片手には黒い石が握られていた。
『こいつ女のクセに石なんか大事に持ってやんの』
『え~~~。ヘンなやつ~~~』
バカにするように笑い声を上げる少年達。
少女は涙を拭いながら訴え続ける。
『お、お父様が…、持ってなさいって…。大事なものなの…、失くしたら叱られるから…、お願い…、返し…っ、返して!』
少女が必死に石に手を伸ばした。袖から覗く腕には竹刀で叩かれたような痣が見当たる。
『痛てっ!』
その時、大柄の少年の頬に爪が当たり、傷つけてしまった。
頭に血が上った少年は、目の前の少女を突き飛ばす。
『きゃっ』
『うるせえんだよ、ブス!!』
コブシを振り上げ、少女に殴りかかろうとした。
子供同士でも、見兼ねたレンは声をかけようと口を開く。
『やめなよ』
『!』
レンはまだ何も言っていない。
下を見ると、少し長めの髪の少女がそこにいた。
レンはすぐに少女の正体に気付く。
(あたしだ…)
『なんだよ、転校生か』
コブシを止めた男子がこちらに振り向いて言った。
『返してあげてよ。そのコの大事なものでしょ』
『女子はすっ込んでろよ。こいつ、オレの顔ひっかいたんだぜ』
大柄の少年が目の前の少女を殴ろうとする。
(そうだ…、この時あたしは…、おとーさんと母さんの姿を重ねたんだ…。そして…―――)
そう思った時、小さいレンは走り出していた。
大柄の少年につかみかかり、殴り合いになる。
髪を引っ張られて倒されるが、自分でもわけがわからなくなるくらい無茶苦茶に暴れたのだ。
何度も顔を殴られ、髪を引っ張られ、蹴られたりしたが、それでも暴れ続けた。
他の男子が手を出し始めて不利に回ろうとした時、大柄の少年の手から少女の石をひったくり、少女の手を引っ張ってそこから逃げ出した。
小さいレンの腫れ上がった顔を見て、少女は少し怯えたが、小さいレンに取り返した石を黙って渡され、震える両手で受け取る。
その両手も、傷と痣だらけだ。
手渡した黒い石は、小さな黒曜石だった。美しい漆黒だ。
『ご…、ごめんね…。本当は…私が取り返さないといけないのに…。でも、外でケンカしたら、お父様に…すごく…怒られるから…』
「ごめんね」ともう一度小さく言って、少女は背を向けて走り出してしまう。
ヘタな笑みを浮かべて見送る小さいレンは、内心、悔しかった。
片手を強く握りしめ、少女を見送ったあと、泣きそうになった。
ランドセルからハサミを取り出し、その場で自分の髪を無茶苦茶に切り始める。
あの時、長い髪が邪魔で仕方がなかったから。
家に帰った小さいレンは、リビングで水樹が帰ってくるのを待っていた。
しばらくして、『ただいま』の声とともに水樹が帰ってきた。
リビングのソファーにちょこんと座る小さいレンを見つけ、ぎょっとする。
『水樹にーちゃん…、いや、兄貴!』
泣きつきたかったわけでも、慰めてほしかったわけでもない。
『喧嘩の仕方、教えてくれ!』
誰かのために、自分のために、強くなりたかった。
水樹はきょとんとしていたが、困ったような笑みを浮かべ、小さいレンの頭を撫でながらこう言った。
『その前に、髪を整えてからだな』
結局、クラスが違うこともあってか、石の少女とはそれ以来会うことはなかったが、構わず小さなレンは臨んで水樹に鍛えられた。
元々、筋は悪くなった。
どこを殴れば、蹴れば、どう痛がるのかは、皮肉なことに父親の暴力をずっと見ていたから、人間の痛みの感じ方に関する理解は早かった。
成長するにつれ、水樹と張り合えるほどには強くはなった。
ルールなしの殴り合い蹴り合いだったため、父親のような野蛮な人間に勝つためなら何でも仕掛けた。
やりすぎて周りの人間に引かれたり、利用されそうになったり、何度も職員室で呼び出しを食らったりしたが、それでもやめなかった。
目的もなく暴力を続けていくうちに、自分と周りを見失い始めていたのかもしれない。
でも、由良達に出会ってから、守りたい人間のために強くありたいと思った。
(今の自分のザマはなんだ…。あたしが死んだら意味がねえじゃねえか…。森尾達も一緒にいるのに、ここにいるのに…)
胸の中心に手を当てた。
(あたしだけの命じゃないってわかってるのに…、あいつだって守るって決めたのに…!)
後ろから誰かに背中を叩かれる。
子どもの頃から支えてくれた手のひらだ。
*****
「まだ、死ねるかよ!!」
カッと目を見開き、天草のコブシを寸前で避けた。
背後のブロック塀に天草のコブシが突き刺さる。
「貴…様…!!」
「誰がテメーのために死んでやるかよ…。あたしだけの命じゃねえんだぞ…!!」
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