48:空っぽの怪物
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ふと、天草は勝又の言葉を思い出す。
『生命に価値はあると思うか?』
(“心臓の欠片”を手に入れた瞬間、私は全てを知った。“心臓”の記憶も、能力者達の闇の部分も、あの方自身のことも…。あの方のことを理解できるのは私だけでいい。ついてこれないというのなら、邪魔立てするというのなあら、私がすぐに始末してやる。―――貴様もその類だろう? 北条レン)
レンと天草は住宅街を走っていた。あちこち、瓦礫と化した家もある。
歩道でレンと天草は睨み合った。
レンは切り傷だらけの体で息を弾ませ、そろそろ限界だというのに、その状態でも諦めの片鱗を見せはしない。
左手の指先から電気を漏電させる。パチッ、と静電気ほどの電力しか出すことができなかった。
そこで、レンは左手を上に向けて振る。
飛ばした小さなカマイタチは、歩道側にあった電柱の電線を切った。
漏電しながら落下してきた切れた電線を片手でつかみ取り、首に直接当ててバチバチと音を立て、盛大に充電する。
その際、レンの身体が青白い光に包まれた。
「無駄だ…」
天草は呟くように言う。
(ありったけの電撃を浴びせたところで、私には効かない…。貴様もわかっているはずだ。…なのに、なぜ屈しない…?)
神社で戦った時も、天草に雷の如く放電し、電撃が全く効かないと思い知らされたはずだ。
天草にはレンの諦めの悪さが理解できなかった。
充電を終えて電線を投げ捨てたレンは、天草が動き出す前に、すぐ隣の家の塀を飛び越えて中に侵入した。
「ハハハ、かくれんぼか?」
天草もすぐにあとを追いかける。
レンは庭にいた。
左手には庭で拾った金属バットが握りしめられている。
天草が塀を飛び越えてきたタイミングを狙ってバットを大きく振り被り、宙にいる天草の右頬に直撃させた。
「…ぐ…っ」
呻いたのはレンの方だ。硬い物を撲った反動がビリビリと左手に伝わる。
天草は嘲笑の笑みを浮かべた。
「懲りない奴だな。無駄だと言って…アハハハハハッ!!」
昂り続ける感情が抑えきれず、大口を開けて下品な笑い声を出す。
気味の悪さを覚えながら、レンは一度距離を置いて離れた。
天草は「クククク…」と腹を抱え、自身の感情を落ち着かせようとしている。
レンは金属バットを握りしめたまま天草を観察した。
(……痛みすら感じてる様子はない…。これが、“心臓の欠片”で引き出された、天草の能力(ちから)か…。けど、だからこそ、天草自身は負けるはずがないって過信してる…。それに、テンションが勝手に上がったりしてるし、制御が難しそうだな…。無敵モードになっても、ああはなりたくねえや…)
今の天草の体には傷ひとつつけられないだろう。
切っても、爆破しても、抉っても、“心臓の欠片”の力ですぐに修復してしまう。
レンには成す術もないはずだ。
「もっと遊ぼう!!」
「!!」
レンが一歩たじろいだ瞬間、天草が一気に詰め寄ってきた。
最初の時とは比べ物にならないほど疲弊しているレンの反応は鈍い。
それでも金属バットを振るおうとしたが、天草の手が早かった。
レンの胸倉をつかみ、振り被って地面に叩きつける。その拍子に金属バットを手放してしまった。
「ぐ!! …っ、かはっ…」
受け身も取れず、その衝撃に地面を一度バウンドするレンの身体。
叩きつけられる前に、レンは咄嗟に腹部を左腕で庇っていた。
息を止めたくなるほど全身を鈍い痛みが襲う。すぐに立てる状態ではなかった。
「はぁっ、ハハハハ…、ここまでだ…。私と勝又様の勝利だ…北条」
わずかに落ち着きを取り戻した天草は、確信した勝利に内心安堵する。
これ以上先に進ませていれば、レンは広瀬がいる目的地に到着していただろう。
レンはキッと天草を睨み、奥歯を噛みしめた。
天草は左手を伸ばし、横たわった状態のレンの髪をつかむ。
「う…っ」
勝率は皆無に等しい状況だというのに、“生”に執着するその瞳が気に入らなかった。
盛岡の屋敷で見せたはずの、あの水底のような黒く絶望を孕んだ瞳はどこへ行ってしまったのか。
「貴様も、勝又様の意志を理解していれば、考えも変わったかもしれないのに…」
「はっ…、今更じゃねえか。意志ってなんだよ…。ジジイがどう思ってようが、知ったこっちゃねえな。意志なんか知ったところで、あいつに利用された奴らが納得するのかよ? …どれだけの人間を巻き込んだと思ってやがる…!」
ふざけるな、と言いたげな怒りに満ちた表情だ。
天草はニヤリと口角を上げる。
「果たしてそれはどうだろうか…」
そう言ってレンの髪から手を離し、頭をつかんだ。
「!」
「教えてやろう…」
ドクンッ!
“心臓の欠片”が脈打ち、レンの鼓動と共鳴する。
天草は“心臓の欠片”が持つ記憶を、レンの脳内に注ぎ込んだ。
「…っ!? うわああああああああああ!!」
たとえ壊れてしまっても、天草の知ったことではない。
頭部を脳ごと限界まで締め付けられるような頭痛と共に、レンの頭の中に、誰かの膨大な記憶が流れ込んでくる。
ビデオの早送りのように、景色と言葉が、目に映り、耳に入る。
かつての星の歴史、星の最期、宇宙、精神体、究極の進化、死、捜していた生命の星、最終進化、自殺、能力者、小さき者、御霊、再び精神体へ。
「見えるか? わかっただろう、御霊の目的が」
遠くから天草の声が聞こえる。
「わかっただろう? 私達…能力者という存在が」
次に見えたのは、レンの記憶だ。
両親、水樹、森尾、華音の大切な者達の死に顔。
レンが殺した人間の死に様。焦げた感触や匂いまでが蘇る。
「やめろ…」
涙が頬を伝った。
今度は、“欠片持ち”の記憶と感情が流れ込んでくる。
由紀恵の過去の過ち、太輔の罪悪感、御霊に対する銀夜の憎悪、ダン・フリードキンの恐怖、広瀬の虚無感、天草の存在理由。
そして、勝又の真の目的。
―――人類を救いたいのだ。
醒めたものの、余韻が抜けきれず、身体が痙攣を起こしている。
いきなり脳に詰め込まれすぎて頭が弾けそうになり、おかしくなりそうだ。
地を這いずり、手探りで何かを探すような動きを見せた。手足をもがれた昆虫のようだ。
そんなレンの姿を、天草は「無様だな」と見下ろす。
「勝又様は人類を救われるお方だ。暴走する広瀬雄一をうまく利用し、御霊を消滅させることが狙い…。御霊の“守護”の役割を担いながら、私は常に御霊を監視していた。御霊の気まぐれで勝又様が“心臓の欠片”を失えば、私と違って、人間に戻ったことで命を落としてしまう…。もし、御霊が勝又様の“心臓の欠片”を欲しがれば、喜んで身代わりをするつもりだった…。なんとしても、この命を賭しても、彼の本懐を遂げさせたい…」
誰も御霊には従っていなかった。御霊と戦っていた。
それでも、レンは勝又を許すことが到底できない。
「その…救世主様が…、散々人を利用しまくって…高みの見物かよ…」
「なに…?」
「壊れるまで手のひらの上で踊らせておきながら…、自分の手を汚さないやり方が…気に食わねえっつってんだよ…!」
手探りの動きをしていたレンの左手が、近くに落ちていた金属バットを掴み、それを支えにしながらよろよろと立ち上がった。
レンの戦意は喪失していない。
天草は、無駄な足掻きをしようとするレンを流し目で見て、鼻を鳴らした。
「つくづく…、貴様は…」
「「人類を救う」? あいつは、あたし達を救わなかったじゃねえか!!」
湧き上がる怒りのままに腹の底から怒鳴ると、天草はビクッと怯む。
「救いたいと思うんだったら…、森尾も、華音も、岡田も、広瀬も…、どうして…、あんな目に…! なんで…一番近くにいた仲間を犠牲に出来るんだよ…。由良だって慕ってたのに、あいつ、死にかけた挙句に左腕を失くしたんだぞ…。仲間も救えない奴に、人類を救えるわけねえだろ…! 御霊を破壊して…全部なかったことにしたいって…? ふざけんな…! テメーのエゴのせいで死んでいった奴らのことも、なかったことにするつもりかよ!!?」
レンは身体は怒りで震えていた。悔しさのあまり涙が流れるほどだ。
天草はただ、凍てついた瞳でその光景を見据え、口を開く。
「……なんとも見苦しい…。やはり貴様とは一生分かり合えないな…。―――この世に言い残したいことは、それだけか?」
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