46:あの時、出会ってなかったら…
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レンと由良が院長室のドアを出てから数十分が経過し、出発の支度ができた柑二が部屋に入ってきた。
「姉さん…?」
南は顔を上げることができなかった。
ソファーに座ったままうつむき、右手で両目を覆い、涙を流していたからだ。
眼鏡を上げ、指先で何度もそれを拭う。
「…どうしようもないわね…。あたしは、引き止め役だったのに…」
本当は引き止めるつもりだったが、どう考えても怪我だけで済まないところへ向かおうとする、レンと由良を止めることができなかった。
(水樹なら、レンちゃんと喧嘩をしてでも止めていたかしら…。自分だって、よくひとりで突っ走るのにね…)
「姉さん…、今は…レンちゃん達の無事を祈ろう…。さあ、早く…」
空気を察した柑二に優しく促されるまま、荷物を持って院長室から出る。
院内は静寂に包まれていた。2人分だけの足音が空間に反響する。
本来なら今日の午前中は診療時間だ。南は、あるべき風景を瞼の裏に浮かべながら外へと出た。
「ニャー」
「ニャア」
「「!」」
正面玄関の近くに、廃院で暮らす黒猫と三毛猫が来ていた。警戒心の強い三毛猫が南を見上げる。
普段ならば、人間が近付くだけで「シャー」と牙を向き毛を逆立てて威嚇していたというのに、今はそんな素振りを微塵も見せない。珍しいことだった。
動物なりに何かを察知しているのだろう。
「……あなた達も一緒に逃げる?」
ふ、と笑う南が優しく声をかける。
「いいかしら?」
「いいけどさ…。…猫…苦手じゃなかったっけ?」
「嫌いじゃないだけよ。この子達もそこそこ汚れてるから洗ってあげなきゃね」
「ニャー」
答えたのは黒猫だった。
それから三毛猫に気を遣うように、何度も止まっては振り返り、辺りを警戒しながら歩く。
黒猫は普段は撫でさせてくれるほど人懐っこいのだが、この時ばかりは近寄りがたい空気を出していた。いつもの満月のように丸い瞳が、半月のように鋭い。
「……なるほど」
動物の医者ではないが、南は三毛猫の身体を見て察した。
三毛猫の突出した乳首はピンク色だ。それから、以前見た時よりもわずかにおなかが膨れている気がする。
病院関係者用の駐車場には、柑二の車が一台停められてあるだけだ。
薄水色のボルボのトランクに荷物を載せて乗り込む。運転席には柑二、助手席には南が座った。猫達は後部座席に乗ってもらう。
エンジンをかけてゆっくりと発進させる。だいぶ出遅れてしまったが、少し急げば、午後を迎える前に都内を出て、指定の避難所に到着できるはずだ。
南は、サイドミラー越しに自分の病院を見た。またここに帰ってくることができるだろうか、と不安げに目を細める。
車が門を潜ろうとした時だ。
「うわ!?」
突然、驚いた柑二がブレーキを踏んだ。
南は前にのめり、シートベルトに圧迫される。
黒猫は三毛猫を守るように覆い被さり、何事かと警戒した。
「なに!?」
目の前から人が飛び出してきたのだ。
しかも、行く手を阻むように両腕を広げて通せんぼしている。
外国人の女性だ。ダッシュで駆けつけてきたのか、肩で息をしていた。
「はぁっ、ちょ…、ちょお…待ってください…っ」
意外にも口から出たのは関西弁だ。
息が整うまで待ってくれ、というように、ボンネットに両手を当てて抑え込むような体勢だった。
運転席の窓を開け、柑二が顔を出す。
「どうしたの? 急患?」
南は助手席から降りて疲弊した身体を支えた。彼女自身が怪我をしているわけではなさそうだ。
「話を聞くから落ち着いて…」
「っ、レンちゃんと…、由良君は…?」
外国人の女性―――アンジェラは顔を上げ、はっはっと息を弾ませながら尋ねる。
その名前を耳にした南と柑二が目を見開いた。
さらに南は、アンジェラの瞳を見つめ、ごくりと唾を呑み込む。
レン、由良、天草の瞳と同じだと思ったからだ。
「あなた…。……レンちゃん達なら…さっき…」
正直に答えていいのか迷ったが、
「なんや…、すれ違いかいな…」
その反応を見たアンジェラは、空振りだと察して肩を落とした。
「ウチとおんなじ肌の色の外国人も来てへん? 男やねんけど」
南は不思議そうな顔をして、「いいえ…」と首を横に振る。心当たりもない。
アンジェラは苛立ち交じりに息を吐き出して宙を睨み、自身の不甲斐なさに奥歯を噛みしめた。
「どこ行っとんねん、あの、アホボケカス…!」
一緒にいたはずのジャスパーは、どこにもいない。
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