46:あの時、出会ってなかったら…
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朝陽が昇る頃、レンと由良は屋上で手合わせをしていた。言い出したのはレンだ。隻腕の身体でも戦えるように慣らしておきたいのだ。
隻腕の状態で攻撃を繰り出してくるレンの動きを目を追いながら、由良はコブシや蹴りを避け続ける。
片腕がなくとも、2年前の動きとは違い、余計な動作も体幹の乱れも少なく、型のようなものも出来上がっていて明らかに上達していた。本人が言わずとも努力が見える。
「天草と比べて、どう?」
動きながらレンは由良に正直な意見を求めた。
「悪くねえ。だけど、たぶんあいつ、よちよちの小さい頃から武道・剣術を叩き込まれたんだろうな。精錬された動きに無駄がない…。“心臓”の力を解放した時、向こうが弄(あそ)ばず冷静なままだったら、オレ達なんて瞬殺だぜ」
「……ああ…、そうだろうな…」
それは認めるしかない。
今までも、不意打ちや、天草の心を乱したことで意表をついてきたのだ。
もう同じ手は通用しないだろう。努力だけでは経験の差を埋めることはできない。
悔しい思いのままに、レンは左手を地に付けて由良の顔面目掛け後ろ足を突き出すが、由良はひょいと首を傾けて紙一重でかわす。
「天草との勝負は、掻き乱される方が負ける…。そうだろ? レンの状況を把握する能力は天草より秀でてるはずなのに、すぐに熱くなるからな」
ちょい、とレンの伸ばされた脚に指先を当てる。もし刃物なら貫かれていただろう。
レンは体勢を立て直す勢いで由良に向かってコブシを突き出した。それも由良はひらりと身を反らして避ける。
最もなことを言われているのに言い方が気に食わなかった。レンは不機嫌そうな口調で言う。
「沸点低いみたいに言うなよ」
「いや、すぐにキレるってだけじゃなくて…」
どう説明したもんか、と頭を掻く由良は、「あ」と閃いた。同時に、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「レン、言いたいことがあるんだけどさー」
頭の上に「?」を浮かべるレン。由良のわざとらしい態度にじりじりと距離をとって警戒してしまう。
「まあ聞けよ」と由良の方から踏み込み、レンに一気にその距離を縮め、至近距離でその耳に吐息交じりに囁いた。
「おまえって、かわいいよな」
「へあ!!?」
耳慣れないワードと低音イケボに、一瞬で耳まで真っ赤になるレン。
動揺して思わず身を引く体勢は隙だらけだ。
「えい」と由良はレンの額を人差し指で軽く小突いた。「う」と唸るレン。
「オレが天草だったら、今のでおまえ死んでるぞ」
「~~~~ふっっざけんな、あいつ絶対そんな手使わねえだろ! あとおまえも普段全っ然そんな甘ったるいこと言わねえじゃねーか!」
吐息がこびりついたようなこそばゆい耳に手を押さえる。傍から見てもまんまと翻弄されている自身の醜態に恥ずかしさが止まらない。
「オーマイ、シュガー♪」(イケボ)
「それやめろ!! ずるいぞ!!」
黙らせるために「うりゃああああああああ」と真っ赤な顔のまま由良に攻撃を繰り出すが全く掠りもしなかった。
「うはは、当たらん当たらん」と余裕でかわされる。
数分後、散々翻弄された挙句に疲れ切って四つん這いになるレンの姿があった。
横に座る無傷の由良は、ポケットに入れていたビスケットをサクサクと食べている。
(こんな調子で天草に勝てんのかな…)
「食う?」
軽く叩いたポケットから別のビスケットをそのまま取り出してレンの口元に差し出す由良。
「そんな歌あったな…」と呟きながら口に咥えるレン。サクサクと噛めば噛むほど疲れた身体に糖分が染み渡った。
その時、上空を2機の軍用ヘリが通過する。プロペラの音がよく聞こえた。
未だに辺りからは騒がしい音が聞こえる。まだしばらく途絶える気配はなさそうだ。
車のクラクションの音、大人が大人を大声で急かす声、子供の泣き声。
大通りや駅付近はもっと混雑していることだろう。
世界各地で暴れ回る広瀬の到来のこともそうだが、核使用も想定されているとなれば一気に現実感が増し、足を早める。
「大移動だな」
屋上の端に移動した由良が呑気にそれを眺める。起き上がったレンも人の流れを見下ろした。
移動手段はバイクと決めているため、ある程度人の流れが落ち着かないと、とても逆走はできない。
「頃合いを見てから病院を出よう」とレンは由良に告げる。
それから、出来る限りの時間を使って運動を終え、勝手に3階にあるシャワー室を使わせてもらってから、院長室を訪れた。
ドアを開けて真っ先にレンと由良の視界に飛び込んできたのは、ロングソファーに死体の如く突っ伏す、変わり果てた南の姿だった。ソファーの下には、力尽きて放り出された松葉杖が落ちている。
「過労死!!?」
レンは慌てて、すぐに冷蔵庫から冷えピタとスポーツドリンクを取り出し、その額に冷えピタを貼り付け、手にはスポーツドリンクを持たせた。
南は唸りながら上半身を起こし、スポーツドリンクをゆっくりと飲んだ。
とりあえずは安心だ。
「患者達は全員、ご家族に迎えに来てもらったり、他の病院に転院してもらったわ…。他の医師も、看護師も、避難させたし…」
屋上から院長室に行くまで、レンと由良は病院スタッフや患者をひとりも見かけなかった。
柑二は先に避難の用意をどこかでしているのだろう。
南は自身のぐらつく頭を押さえながら言葉を継ぐ。
「あとはあたしと副院長(柑二)と、あなた達だけよ」
どうするの、と視線で尋ねる南に対し、レンは一度間を置いてから真っすぐに目を合わせて答えた。
「……あたしと由良は東京(ここ)に残る。やることがあるんだ」
南は驚かなかった。
「…そう」とだけ言って、スポーツドリンクを飲み干す。
「……ちょっと待ってて」
ソファーに落ちた松葉杖を拾ってソファーから腰を上げた南は、部屋の隅に置いていた長方形の大きめの木箱を脇に抱え、ローテーブルに置いた。
レンと由良は怪訝な顔でそれを凝視する。
南は包みを外し、箱の蓋を開けた。
中に収められていたのは、右腕用の前腕義手だ。5本指もあって一見人間の手に見える。
「あなたのよ、レンちゃん」
「あたしの…」
レンは左手を伸ばして義手に触れる。感触は人肌とは違うが、さらさらとしていた。
持ち上げると、本物の腕より少し軽い。
中は空洞だ。試しに右腕にはめてみると、サイズはぴったりだった。
測られた記憶はないが、南ならいくらでも機会があったはずだ。けっこう早い段階から注文していたのだろう。
「……いいの?」
「急いで作ってもらったから、簡易的だけどね。指を動かすとか、そういう器用な機能はついてないわ。レンちゃんの腕の長さ、太さ、形、肌の色だけの情報を元に即席で作ってもらったの。帰ってきたら、ちゃんとしっかりとしたものを用意するわ」
そう言いながら、南は向かい側のソファーに座って脚を組み、得意げな笑みを浮かべた。
由良はレンの手から義手を受け取り、「へぇ―――」と色んな角度から観察する。左腕用の義手が欲しいとは思ったことはないが、実際にどんな造りをしているのか興味はあった。
「……仕込みナイフが飛び出したり…」と由良。
「出ないわよ」
「手首からサイ〇ガン…」とレン。
「出ないっつってんでしょ」
自分の手首から高性能光線銃が発射される想像をしたレンのキラキラと輝く目に対し、呆れた目を返す南。
「皮膚も簡単に破れるものだから、気を付けてね」
入浴時と就寝時は外した方がよさそうだ。
「南さん…、あの……」
レンは礼を口にしようとしたが、南は手を上げて制する。
「義手のお代は出世払いでいいからね。そうじゃないと気が済まないでしょ?」
「もちろん」
レンは笑みをこぼした。無償で貰ってばかりでは心苦しかったのだ。
そのあと、南に義手の付け方を教えてもらう。生身の腕の部分にベルトをつけ、肘にはめるだけで片手で出来た。
「……止めても聞かないわよね?」
レンの答えを知っていながら、南は薄い笑みを浮かべながら尋ねた。
「ああ」
「…まったく…、血は繋がってなくても、やっぱり水樹の妹ね。水樹も…強情だから……」
伸ばされた手が、レンの頭に優しく触れる。
一瞬だけ、水樹の気配を覚えた。直接ではなくても、「ありがとう」と言うために。
「…バイク…乗っていくならいいものあげる」
一度レンから離れた南は、戸棚からある物を取り出し、再びレンのもとへ歩み寄り、それを渡した。
イエローカラーのライダースジャケットだ。今履いている黒のデニムパンツに合う。
さらにその頭に、ゴーグル付きの黒のハーフヘルメットを被せた。
「うん、よく似合う」
しばらく見つめ合ったあと、南が口を開く。
「全部終わったら連絡してよね。治療しに駆け付けるから。…身体、大事にしなさい」
含みのある言い方だった。
「……うん」
「レン」
「ああ」
背後から由良に呼ばれ、レンは南に背を向ける。
振り返ってはいけない、そんな気にさせられた。
由良もドアに真っ直ぐ向かっている。レンと同じく、南に振り向こうとしない。
「行こう」
ドアを開け、レンと由良は院長室を出た。
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