46:あの時、出会ってなかったら…
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
白い霧の中を進んでいくうち、徐々に視界がひらけていく。
懐かしい景色だ。
レンの前には、北海道で拠点にしていた屋敷がそびえ立っている。
踏み込む前に、なくしたはずの右手を上げた。ぐっぱと動かすと、指先まで感覚が戻っている気がする。
この意識の中では、現実の身体の有無は関係ないようだ。やはり夢に近いのだろう。
躊躇なく自分の家に戻るような足取りで玄関を潜り、廊下を進んで奥にあるリビングのドアを開けた。
そこにいた森尾と華音が驚いて振り返る。
どちらもロングソファーに腰掛けていた。
「華音、森尾、ここにいたのか」
夢では何度か会っていたため、あまり久しぶりという気持ちはなかった。
「レンちゃんからここに来るの、めっずらしい~」とはしゃぐ華音。
「水樹が深く関わったからだろうな…」と肩を落とす森尾。
華音も森尾は驚いたものの、いつかレン自らこちらに来ると、どこかでわかっていた口ぶりだ。
こちらの意図を汲み取ってくれている様子に、レンは申し訳なさそうに目を伏せ、薄笑みを浮かべて言った。
「気付くのが遅れてごめん」
森尾は「いや…」と首を横に振ってソファーから腰を上げる。
「オレ達が隠れてただけなんだ」
「ひゃはっ。ついに見つかっちゃったね~」
ぴょん、と跳ねるように華音もソファーから立ち上がった。
「……能力(ちから)の使い方は?」
腕を組みながら問いかける森尾に、ふたりの前に立つレンは、左手のひらに視線を落とす。
「すぐには慣れないと思うけど、2年前からおまえらがちょくちょくカバーしてくれてたんだよな…。―――だから…、助けてほしい…」
素直な言葉に、森尾と華音はお互いに視線をやった。
「大人になったな、レン…」
「ほんとほんと、最初に会った時はこんなに小さかったのに…」
じーん、と感動する森尾。
泣きまねをしながら宙で手を下げる動きをする華音だったが、初対面の時からレンの方が背が高い。
「どういう目線で言ってんだよ…」
途端に恥ずかしくなって唸るレン。「そんなにガキっぽく見えたのかよ」と口を尖らせた。
「オレ達がフォローするから、ムリはするなよ」
「そーそー、あの天草って全っ然可愛げのない生意気ブスなんて、今度こそボッコボコにブッ飛ばしてやるんだから!」
よほどリベンジがしたいのだろう。俄然やる気になっている華音の様子に、「口悪いな」と苦笑が漏れる。
「ありがとう…。―――……なあ」
「「?」」
「覚えてないだけかもしれないけど、今まであたしから森尾と華音に触れたことあるか?」
覚えていても、ほとんどが食卓で雑談する風景ばかりだ。
この空間内で直接触れた記憶が一切ない。
「いや…」
森尾から答えを聞いた直後、両腕があるのをいいことにレンは華音と森尾に勢いよくまとめて抱き着いた。
「ずっとここに閉じ込めるつもりはない…。いつか外に出すから、もう少し待ってて…」
華音は「ほんとにー? 約束だからねー」と笑い、森尾は「居心地はいいよ。2年もここに一緒にいるんだ。気長に待つさ」と優しくその頭を撫でる。
夢に似た空間だというのに、頬を伝う涙は熱かった。
零れた涙を掬い上げるように、目元に誰かの指が触れる。
瞼を持ち上げると、こちらを窺う由良と目が合った。
ここは、天草と戦って逃げ込んできた時からレンが借りている病室だ。ベッドに2人は少し窮屈だったが、ダンボールよりはだいぶマシである。
「あんま眠れねえか?」
「いや…」
「まあ、外がそこそこ騒がしいからな」
時刻は深夜3時をまわっていたが、窓から見える町の風景がざわついている気がした。
緊急声明のせいで眠れない近隣住民も少なくないのだろう。猶予は3日しかないのだ。東京全域に避難勧告が発令されたことで、渋滞になる前に、と今夜中に家を空けるところもある。
ニュースのあと、病院には夜遅くに迎えに来た患者の家族もいたので、予定より早い退院が続いた。
猶予期間中、南は声が涸れるほど携帯電話や受話器に向かって目つきを鋭くさせ、電話越しにいる別の病院の院長に向かって声を荒げていた。
『できないってどういうことよ!? 昨日、あれだけ頼んだでしょ!! はあ!? 他の病院からも殺到!? だったら、さっさと別の病院紹介しなさいよ!!』
電話越しからは『ひぃぃ』と悲鳴が聞こえた。
レンと由良はその様子をソファーに座りながら眺めることしかできなかった。
『激しく荒んでるなぁ』
レンはそう言って、マグカップに入れた温かいココアを一口飲んだ。
『もう全然時間ねえからな。そこそこでけえ病院だし』
レンの隣に座るの由良は、冷凍庫の中にあったソフトクリームを舐めている。
南が次の病院に電話をかけようと電話帳を開いたとき、柑二が院長室に入ってきた。
『301~310室の患者の退院が完了したよー!』
『残りの交渉ももうちょっと待って! もしもしぃ!?』
再び電話越しで怒鳴り合う南を見ていると、その腹の傷が開いてしまわないか心配になる。
見兼ねて腰を上げたレンはおそるおそる声をかけた。
『み…、南さん…。なにか…手伝うこと…』
『冷凍庫の中のもの片付けてて! 持って行けないから!』
あっさりと気圧されてしまい、『あ、はい』ともう一度ソファーに座り直すレン。
『おなか冷えそ…。レン、ココアちょっとくれ』と手を伸ばす由良。
余計なことをした途端に、南からメスや注射器が飛んできてもおかしくない雰囲気だ。
スケジュールを大いに乱されたことで南も多忙を強いられ、柑二はできるだけそのサポートに自ら回っていた。
今は落ち着いているが、レン達と違い、この時間帯は少ない仮眠を無理矢理とっている頃だろう。早朝はまだ少しやるべきことが残っている。
レンは「大丈夫…」と自分に言い聞かせるように、隣で横になっている由良の頬に触れた。
「明日には、世界が終わってるかもな…」
縁起でもないことを笑みを含めて言うのは由良だ。「どうする?」と言葉を継ぐ。
「人間が全部消されて、オレ達だけになっちまったら…」
「案外、最初に困るのは由良かもな…」
「なんで?」
「お菓子を作る人間も、画材を作る人間もいなくなるってことだろ? おまえにクッキーが作れるのか? …ああ、その前に砂糖を作るところから始めないと…」
くつくつと笑うレン。由良は呆気にとられていた。
「…………たしかに困る。少しは残っててもらわないとな…」
「んふふっ…。すっごい上から目線…。おまえらしい」
「う~ん」と眉を小さな八の字にする由良に、レンは身体を震わせて笑った。
こうして他愛のない会話をしている時も、広瀬が東京に向かって徐々に近づいているのだろうと思うと、なかなか実感が湧かないものだ。
この夜も、最後かもしれないというのに。
「起き立てだっつーのにスゲー元気じゃねーか。吐き気の方はもういいのか?」
「ん…」
吹っ切れたつもりだったが、未だに吐き気に襲われることもある。
数時間前も少しえずいていたが、それでも栄養を摂ろうと、病院食を摂取した。
この先、引き下がることのできない戦いが待っているのだから。
(でも、けっこう長いな…)
どれだけストレスが溜まっていようとも、ここまで長続きする吐き気はなかった。
風邪症状かと思ったが、熱もそれほど高くないうえ、そもそも、能力者の身体で体調不良になることなど滅多にない。
(……………)
ひとつの可能性を脳内に浮上させたレンは、無意識に自身の腹部を撫でた。
.