45:愛してたよ
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稜には、病院の電話から連絡を取り合っていた。
「ここにいてくれてよかった。空振りだったら出直そうと思ってたんだ」
病院の駐車場にデコトラを駐車した稜は、コンテナの後ろに回ってドアを開け、あるものを地面に下ろす。
「やっぱり、サプライズは直接渡したいからさ」
そう言って稜はニヤリと笑った。
レンの前に置かれたのは、隻腕になったことでもう2度と乗ることはないと思っていた、赤と黒の大型バイクだった。
レンははっと目を見開く。一目見ただけで、人の手が加えられたことがわかった。
後ろから傍観している由良も「へぇ」と声を出し、南も「もしかして」と思わず口に手を当てる。
「稜…、まさか…、こ…、これ…」
口から漏れる声は震えていた。
改造されたのは、左アクセル、左クラッチ、左フロントサムブレーキ、左スタートスイッチ、左ウィンカースイッチ。
前のバージョンと比べると、必要な部分が逆になっていた。
「ああ。こーゆーの得意な奴らに頼んで、左腕用にカスタムしてもらった」
空港から都内に送ってもらった際、乗ることができなくなったバイクを、中古バイクで売るしかないのか、廃棄はしたくない、どうしたものかとレンが頭を抱えていたところ、稜が『いったん、あたしに預けてくれるか』と申し出てくれたのだ。
その時の稜は、『悪いようにしねえよ』と煙草を咥えたまま口角を上げていた。
昔レディースだった稜ならバイクを丁寧に扱ってくれるだろうと信用したレンは、一度稜に預けたのだった。廃棄はされずとも、快く貰ってくれる人間を探してくれるのだろうと、この時は思っていた。
まさか左利き用に改造されて持ち主の元へ帰って来るとは。
「あたし…、なんて礼を言っていいか…。バイクの料金は絶対返すから…」
「そんなのいいから、乗ってみろよ」
「……………」
稜に背中を叩かれて促されるまま、レンはバイクに跨った。
左手でエンジンをかけるのは初めてだというのに、久しぶりの感覚に包まれる。
バイクが微かに震え、「ただいま」というように心地の良いエンジン音が辺りに響き渡った。
(また…、乗れるんだ…)
空を仰いでぐっと込み上げる熱を、目をぎゅっと閉じて押し込めようとする。
自身の右手を切り離す際、「もう2度と愛車に乗ることはない」と諦めたことだった。
じわりと目尻に涙が浮き、隠すようにフルフェイスのヘルメットを被る。それでも傍から見るとシールド越しでもその目元はよく見えた。
「試しに走らせてみるか?」と稜。
「片腕で初乗りなら、長時間は危ないからタイミングを見て帰ってきなさい」と南。
「由良!」
「!」
レンは由良に白の半ヘルメットを投げ渡す。反射的に片手で受け止める由良。
「付き合え!」
レンはそう言って後ろのシートを軽く叩いて誘った。
ヘルメット越しでもわかりやすく、その声は弾んでいる。
(スゲー嬉しそうな顔しやがって…。―――でも…、また絵が描けるって思った時のオレも、あんな感じだったか…)
由良は小さく笑い、ヘルメットを被った。留め具は南に付けてもらう。
由良が跨ったタイミングで、レンは上機嫌にエンジンをふかした。
タイヤがキュルキュルと摩擦音を立て、走り出す。序盤から明らかにスピード違反をしているため見送った南ははらはらしてしまう。
レンと由良を乗せた大型バイクは駐車場を飛び出し、エンジンを加速させて車道を走らせた。
隻腕といえど平衡感覚が安定しているため真っすぐに突っ切る。
由良も「お―――っ、速ぇ―――っ」とテンションが上がった。
後ろの声を聞きながら、レンは数時間前の墓参りを思い出す。
『レンちゃん、お墓って、亡くなった人に今まで言えなかった気持ちを伝える場所でもあるの。縁起でもないけど、死人に口なし、なんていうじゃない。ここに、その人の部分だったものがあるんだから、今のうちに文句のひとつやふたつ、言ったっていいのよ。相手はもう言い返したりできないんだから』
北条家の墓前にユリの花を供えながら南が言った。
なるほど、とレンは、そういう考え方もあるのか、と少し驚かされる。
南は気を遣って『水を汲んでくるから』と少しの間そこから離れた。
『…………母さん…、父さん…――――』
自分でも驚くほど、母親と義父に対しての文句が口から壊れた水道管のように漏れ出た。決して本人達の前では言えなかった言葉ばかりだ。
母親には実父と密かに繋がっていたこと、義父には亡き妻が忘れられないからといって母親を代わりに仕立てたこと、「ムカついた」「いい加減にしてくれって思った」「正直キモい」「未練たらたら夫婦」とレン自身でも引くほどの悪態が出た。遅めの反抗期にも程がある。
思えば、家族で喧嘩したことがあるのは水樹だけだ。
吐けば吐くほど、心のどこかに詰まっていた汚れが落ちていくようだった。
『そんなに溜め込んでたのかよ…』
ふと、背後から苦笑交じりに水樹の声が聞こえた気がした。
いや、もう気がしたとは言えないほど、その気配はかなり間近に在る。
『オレへの文句は?』
『まだ死人じゃないからここじゃなくてもいいだろ。……―――あえて今言うなら…、いつまでもガキ扱いしてんじゃねーよ、バカ兄貴。あたしなら、もう…大丈夫だから』
ふ、と寂しそうに笑う水樹の声が聞こえた。
最後に、レンは墓前に言葉を添える。
『……母さん、父さん…。……ここにはいないけど…、おとーさん…。スゲー文句言っといてなんだけど、それでもあたしは、愛してたよ』
『……あと…、好きなやつもできた』と恥ずかしそうに付け加えた言葉を思い出し、バイクを走らせるレンはさらにスピードを上げるのだった。
*****
ひとしきり走り回ったあと、病院の駐車場で待機していた稜に挨拶と礼をを言って、レンは由良と肩を並べて病院の出入口から帰ってきた。
待合室には誰もいない。
院長室に足を向けようとしたところで、廊下の奥から慌ただしい2人分の足音が近づいてきた。
「レンちゃん! 由良君!」
南と柑二が並んでこちらに走り寄ってくる。
「ふたりともどうしたんだ?」
どちらも焦った表情を浮かべていた。
「いいタイミングで帰ってきた!」
「今ちょうどニュースで…」
すぐさま見てほしいのか、「これ見て」と柑二は待合室のテレビを点ける。
普段はバラエティ番組をやっている時間帯なのに、臨時放送に切り替わっていた。
画面には、合衆国の女性大統領―――ワスプが映っている。
“【我が国を攻撃していた“敵”の正体が判明しました。“敵”は人間ではなく、未知の生命体―――無抵抗な市民を攻撃する人類の敵です。我々は全人類を守るために立ち上がり、“敵”と戦うことを決意しました】”
「「!」」
緊急声明だ。
レンと由良の顔色が変わり、テレビ画面に釘付けになった。
“敵”とは、広瀬のことを指しているに違いない。
静かな待合室にテレビのサウンドが響き渡る。
“【“敵”は次に日本の東京に現れることが予測され、その際の作戦行動に全面協力することを日本国の首相は快諾してくれました。日本の皆さんのご理解とご協力に感謝します。これより東京全域を危険区域と見なし、立ち入りを禁じます。猶予は3日。東京在住の皆さんは軍の指示に従い、できるだけ速やかに避難してください。これは人類のための、正義の戦いなのです】”
ワスプの話は終わった。
すぐにスタジオのキャスターの画面に切り替わり、内容を繰り返す。
レン達はテレビを見つめたまま、動けずにいた。
その時、沈黙を破ったのは、待合室にいる南と柑二を見つけて急いで駆け寄ってきた看護師達だった。
「院長! テレビを見ていた患者達が騒いでます!」
はっとした南は、はっきりした声で柑二と副院長に指示を出す。
「患者達を落ち着かせて! ご家族にも連絡を! あたしは他の病院に患者の転院・受け入れを頼んでみるわ! 柑二(副院長)も手伝って!」
「わ、わかった!」
一気に院内が騒然となる。都内全域が同じ状態だろう。
南は院長室へと走ってデスクに駆け寄り、受話器を片手にメモ帳に書かれた他の病院の電話番号を押していく。それだけでは足りないので携帯電話も手に取った。
緊迫した空気の中、待合室に取り残されたレンと由良はテレビの前から動かない。
「……由良…」
「ああ…、いよいよか…」
災厄の足音が、ようやく気が向いたように、こちらに近づいてきた。
.To be continued