45:愛してたよ
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午後の診察時間が終わった頃、院長室で留守番中の由良は南の席に座り、スティック状のチョコレート菓子をポキポキと音を立てて食べながらデスクに足を投げ出していた。
腕を頭の後ろに組み、汚れひとつない白い天井を見上げる。天井まで磨かれているのかシミひとつない。
「ヒマだな―――…」
(ついにテレビにまで映ったか…。一躍世界中の人気者だな、ヒロセ)
レインのサイトでも、報道された話題で持ちきりだった。
パソコンからレインのサイトに入り、映像を見た時のレンの横顔を思い出す。塞ぎ込んでいる時に届いた、雨宮のメールに添付された衛星写真もその時に確認した。
静かに、ついに来たか、と目を伏せていた。怖気づいた様子はない。
(描きやすくなるくらい持ち直したかと思ったが…、天草のこともあるし、無理しているようにも見える…)
そこで由良は、菓子を咀嚼する口を止め、視線を横に向けた。
(“仲間”の反応…。ひとり…、いや…、ふたりか…)
仲間の位置は把握できるが、人物の特定はできない。
ちょうどカラになった袋を右手で握り潰し、宙へ投げてシャボン玉で消し飛ばしたあと、院長室を出た。
仲間の気配は、歩くスピードでこちらに近付いている。
廊下を渡る由良の横を、腹の大きな妊婦や、患者服を着た子ども達が通り過ぎた。
院内で暴れることはできない、能力を使っただけでパニックが起きる。少し前の由良なら、微塵も気にしなかったことだ。
能力者達が院内に入る前に、診察室で休憩していた柑二に短く伝えた。「患者を外に出すな」と。
相手はすぐそこまで来ていた。
由良は出入口から外へと出て、門の近くにいるだろう能力者を探す。
「!」
「あ、由良くーん、まいどおおきに―――」
待ち構えていたのは、アンジェラだった。ぱっと明るい顔で手を振って挨拶する。
その隣に、アンジェラとは対照的に、暗い顔をしたジャスパーが立っていた。
「なんだ、おまえらだったのか」
「えらい挨拶やな。誰やと思たんや? ちょっと怖い顔で出てきたから、レンちゃんってことはなさそうやな…。レンちゃんはお出かけ?」
「そ。オレは留守番…なんだけど……」
アンジェラとジャスパーを見比べた由良は、気だるそうに頭をガシガシと掻く。
「―――おいおい、アンジェラ。まさか…」
由良の言いたいことを察したアンジェラは、顔の前で手を横に振って否定した。
「誤解せんといてや。ウチは勝又の仲間になっとらんで」
「あーそう。この前、ジジイのお仲間にヒデー目に遭わされたんだぞ」
指をさされ、その言葉にはっとするジャスパー。
「【アキか…】」
出会った時の明るく調子のよさげな印象はどこへ行ったのか、由良はジャスパーの様子を窺いながらアンジェラに小声で尋ねた。
「惚れ込んでた女にフラれたみたいな顔してるけど、そっちもなんかあったんでっか?」
わざと下手な関西弁を使う由良に対し、アンジェラも同じくジャスパーを窺いながら声を潜める。
「ある意味、的射とるわ。大ありやで。情報交換しとく?」
由良は帰国してから今までの流れを話し、アンジェラもジャスパーと行動を始めたところから話し始める。
門に背をもたせかけるジャスパーは腕を組み、その様子を気にも留めず、日本に入国する前の出来事を思い返した。
『【ミッキー、電話に出ろ…!】』
宿泊していたホテルはもぬけの殻だった。
アジトに戻ったのだろうとホテルの電話を借りてミケーレの携帯電話を何度もコールするが、相手が出る気配はなかった。
勝又のところへ直接赴くのは危険と判断し、空港に着いたところでもう一度電話をかける。
コール音が止まった。通話状態になったのだ。
ようやく出てくれた、と目を輝かせ、弾ける声で名を呼ぶ。
『【ミッキー!】』
しかし、返ってきた声は携帯電話の持ち主ではなかった。
『ミケーレ君とルドガー君なら、もう帰ってくることはないよ』
勝又だ。
『【おっさん…! それ…、ミッキーの携帯だろ…?】』
震える声に対し、返事は無言だ。わかっているだろう、と諭すように。
『【あいつらどこに行った…? どこに行かせたんだ!?】』
耐え切れず怒鳴るジャスパー。
通行人が何事かと視線を送るが、傍にいるアンジェラはなんでもないと周囲に愛想笑いを浮かべ、窘めるようにジャスパーの背中に手を添えた。
勝又は、淡々と場所を告げ、『もう間に合わないだろうけどね』と冷たく付け加える。
「【待て】」と言う前に勝又から切られ、ジャスパーは苛立ちのままに受話器を地面に叩きつけた。
アンジェラは『コラ! 物に当たったらあかん!』とジャスパーの頭を叩いて叱咤する。
『友達の居場所聞いたんやろ!? 怒っとらんと早よ行くで!』
すぐにアンジェラと共に、ルドガーとミケーレを追いかけた。
空港を出るなり、レンタカーショップからジープを借りて夜中なのにも構わず、勝又が指定した場所へと向かう。罠かもしれないが考えている余裕はない。嘘だとしても、一度アジトに戻る時間の方が惜しかった。
車のヘッドライトを頼りに直進し、砂埃を巻き上げながら荒れた土地をひらすら走らせる。
『止まって!』
アンジェラが叫ぶと同時に急ブレーキをかける。
それはフロントガラス越しでも確認できた。
辺りが暗くてわかりにくかったが、目の前の地面に、大きな穴が空いている。
気付かずに走行を続けていたら落下事故を起こしていただろう。
ジャスパーとアンジェラの中をよぎったのは、プラットホームの惨状だ。
後ろから心臓をつかまれるかのような恐怖が2人の身体を走り抜ける。
ジャスパーは身震いする体を無理やり動かし、穴に気を付けながら先を急いだ。
『あれは!?』
助手席の窓から顔を出したアンジェラが指をさす。
ジャスパーはハンドルを切ってそちらを目指した。
破壊された小さな田舎町。原型を留めているものがほとんど存在しない。
激戦の跡地のような場所に車を停車し、ヘッドライトを点けたまま車から飛び降りた。
『【ミッキ―――!! ルドガ―――!!】』
死体だらけの瓦礫の中を走りながら、ジャスパーは仲間の姿を探す。
『【!】』
そこで、微かに仲間の反応をキャッチし、そちらへと走った。
見つけたのは、座り込んで項垂れたルドガーの姿だ。
『【ルドガー!!】』
駆け寄り、今にも倒れそうな身体を支える。
『【…ジャス…パー…?】』
『【アンジェラ! こっちだ!】』
息せき切って追いついたアンジェラは、すぐにルドガーの治療に取り掛かった。ルドガーの身体に両手を伸ばし、ゴールドリングを出現させる。
本来なら、アンジェラの治療を受ける対象は傷の修復と共にそれ相応の痛覚に襲われるのだが、ルドガーは呻くどころか眉一つ動かさない。
今までになかった反応にアンジェラは驚き、思わず母国語で声を上げた。
『【!? あなた、痛くないの!?】』
『【ああ…、それは…】』
元々痛覚がないことをルドガーが説明しようとした時だ。
『【ミッキー!!】』
ルドガーの傍には、下半身と左腕を失ったミケーレが地面に転がっていた。
右手の指もすべて欠損し、胴体にも小さな穴が空けられいる。
ミケーレの亡骸に駆け寄ったジャスパーはその軽くなった身体を抱き起こし、アンジェラを呼んだ。
『【アンジェラ! こっちも治してくれ!】』
成す術のない状態を視認したアンジェラは悲しげに目を伏せ、首を横に振った。
『……ジャスパー…、その人は…、もう…』
アンジェラの能力でも、すでに事切れた人間を治すことはできない。
『【うう~~~~っ!】』
大粒の涙を流すジャスパーの喉の奥から、苦しげな唸り声が漏れた。
ジャスパーはアンジェラと協力し合い、重傷のルドガーとミケーレの亡骸をジープに乗せて破壊された町から離れたのだった。
(アキはいなかった…。御霊の傍にいるんだろうな…。知ってるのか…? ミッキーが…死んだんだぞ……)
知っても知らなくても、天草は勝又のやり方を肯定するのだろう。
利用された挙句にミケーレを失ったルドガーは、ジャスパーから見て表情からは捉えにくかったが、腸が煮えくり返っている様子だった。
『【アレはおそらく、いずれ故郷(日本)に帰るだろう…。ジャスパー…、おまえはどうする?】』
「……………」
ルドガーとは日本の空港で一度別れた。
「おまえら…、よくここがわかったな」
「ほら、誰かさんが有名人やさかい、目撃情報を頼りに特定してなー」
にやつくアンジェラは、レインのサイトを見たことを報告する。
北条様とあるネットカフェで目撃、北条様はどこどこの町にいるかも、とスレッドの情報を頼りにここまで来たのだ。
「ウチらは能力者同士の反応でキャッチし合えるから、人間より特定が可能♪」
「イエーイ」とピースするアンジェラに対し、「ネット社会怖ェ―――!」と他人事のように、どっ、と笑う由良。レンがいれば「どっ、じゃねーよ。なにわろとんねん」とつっこんでいるところだ。
「ところで、サイトのレンちゃん体が完全に男の子なんやけど…」
「あ~~~、そのへんに関してはメンドクセーから本人に聞いてくれ。絶対嫌がるだろうけど」
プクク、と笑いながら由良は右手をひらひらとさせた。
ジャスパーに目をやると、見るからに気落ちしているのが伝わる。様子を窺う由良も気分が滅入りそうになった。
はー、と小さなため息をつき、ジャスパーに声をかける。
「……だから、言っただろ、勝又からは離れろって…」
忠告を無視したことを窘められ、ジャスパーはハッと一笑する。
「【ご忠告通りにしようとして、一緒に逃げようとした相手に殺されかけたんだよ。……アンタが羨ましい…。勝又のおっさんから離れたって…、一緒に手を繋いで逃げてくれる人がいるんだ】」
誰のことを指しているかはわかっている。
『由良、逃げよう!』
不意に思い出したのは、2年前の湖の戦いのレンの必死な顔だ。
仲間内で勝又を一番警戒していたのはレンだった。思惑を全て読んでいたわけではないが、「逃げよう」としがみつかれたことがあった。
あとで会おう、と約束を交わしたというのに、結局2年もかかってしまったのだ。
あの時すぐに一緒に逃げていればまた何か変わっていたのか、ひとり“アクロの心臓”を追っていた時も、由良は時々思うこともあった。
「【そっちの話は聞いていた…。オレからも忠告させてもらう…。―――これ以上、“心臓”を追いかけるのをやめろ】」
「あ?」
「【アキと戦うことになるのは目に見えてる。懲りてくれよ…】」
ジャスパーの目つきが鋭くなる。余計なことをしかねない由良に対し、苛立ちを隠している様子だ。
マシな顔つきになったジャスパーに対し、由良は小さく笑った。
「心配してくれてんの? いや…、おまえが心配してるのは惚れてる女の方か…」
茶化すような口調に、ジャスパーは眉間の皺を深くしてコブシを握り締める。
「【なんとでも言いやがれ】」
「……そりゃ心配もするか…。“心臓”の力があれば、オレ達を追いかけ回して息の根を止めることだってできたはずだ。そもそも初めから全力出してたらいつでもレンを殺すことだってできたんだ。…時間制限付きか、取り返しのつかねえ代償があるんだろうな…」
「【……………】」
由良の核心を突いた言葉に、ジャスパーは奥歯を噛みしめた。
他の仲間と違って天草とは距離が近かったため、何気なく“心臓の欠片”の役割や、日ごろから御霊と恵から離れない役目について疑問を投げたところ、天草本人の口から答えを聞いていた。
どれほど重要な役割を担っているのか、天草なりに知ってほしかったのだろう。
「【アンタなら…】」と声を絞り出す。
「【アンタなら、レンセンパイを止められる…。 わかってるはずだ。“心臓”は絶対に手に入らない! どちらにしろ、“心臓”に届く前に、アキが全力で止めにかかってくる…。“心臓”とほぼ同格の力を持った人間に勝てるはずがねえだろ…! 死にに行くつもりかよ…!】」
切羽詰まった様子で必死に訴えるが、由良は肩を竦めるだけだ。
「勝つかもしれねーだろ。あいつはテメーみたいに、裏切られたからって、いつまでもいじけたりはしねえよ」
ジャスパーは目をカッと見開き、手首から白い骨の刃が飛び出し、由良の顔面に向かって伸ばす。
「あかん! ジャスパー!!」
アンジェラが叫んだことで、伸ばされた骨の刃の切っ先は、由良の眉間ギリギリで止まった。
ポケットに手を入れたまま、由良は眉一つ動かさない。駄々をこねる子どもを見据えるようだった。
ジャスパーは舌打ちをして骨の刃を収め、背を向ける。
「【オレから言いたいことは全部言った。あとは好きに死ねばいい】」
そう言い捨て、肩をいからせて歩き出した。
「嫌われたか…」と苦笑する由良。
「あ、ちょ…っ、ホンマ勝手やなぁ…」
「アンジェラ」
由良は、呆れながらもジャスパーを追いかけようとするアンジェラを呼び止めた。
「もう少しでレンが帰ってくるけど、待たねえのか?」
「そうしたいけどなあ、ツレが危なっかしくて目え離せへんわ。まあ、あんさんが元気なら、向こうも元気っちゅーことで。ほな、また! レンちゃんによろしゅう伝えといてな~」
そう言って手を小さく上げ、アンジェラは「待ちぃな!」とジャスパーを追いかけた。
由良は、視界から見えなくなるまで、ふたつの背中を眺める。
(……あいつらのことも、一度描いてみたいな…)
「由良ー」
そして、ジャスパーとアンジェラとは反対の方向から呼ぶ声に振り返った。
夕陽を背に、少し離れたところからレンがこちらに手を振っている。
ふと、「アンタが羨ましい」と言ったジャスパーの言葉を思い出した。
「……………」
「なに、ボ―――っとしてんだよ」
足早に近付いて由良の顔を覗き込むレン。その顔は、今朝と違い、どこか吹っ切れていた。
由良は黙ったまま、レンの左手をとって軽く握りしめる。
瞬間、レンの身体が硬直した。いつものように調子良くくっついてじゃれてこようものなら「人前でくっつくな」と引き剥がすところだが、今回は雰囲気が違う。
(え―――、いきなりなに―――!? いやもう手を繋いできただけでびっくりするあたしもあたしだけどさ! なにかあったのかこいつ…。と、とりあえず、冷静にリアクション返さないと…、気まずい!)
「ど、どど、ドドドド、度、℃、どうした?」
「おまえ狼狽えすぎ!」
噴き出す由良。あからさまに冷静を装うとするから余計に面白かったのか、ひぃひぃと涙を浮かべるほど、手を繋いだままめっちゃ笑った。
「きぃぃぃぃっ、はなせバカ―――っ! 電気流すぞこのヤロ―――っ!」
「笑かしたのそっちだろ~~~」
居たたまれなくなってブンブンと由良の手を払おうとするが、由良は笑ったまま放そうとしない。
「病院前で騒ぐなイチャつくなバカップル!」
遅れて病院前に到着した南は、松葉杖を上げて叱った。
その時、少し離れたところからクラクションが聞こえた。
レン、由良、南はそちらに振り返る。
デコトラが徐行しながらこちらに近付いてきた。南は「デコトラ!?」と仰け反って驚いている。
「レン―――!」
運転席の窓から、デコトラの持ち主・稜が顔を出して呼びかけた。
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