45:愛してたよ
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レンと南は電車でとある場所へと移動していた。ドア付近のロングシートに並んで座り、揺られている。
人の乗り降りが激しい電車を嫌う南に対し、レンはタクシーを提案したが、南は「電車を使う方が短時間で済む」と仕方なさそうに答えた。
準急各駅停車のおかげか乗客の数はまばらだ。
南の手には雑誌と、電車に乗る前に購入したユリの花束がある。2本の松葉杖はレンが代わりに持った。
レンは、向かい側の誰も座っていない席の窓から流れる景色を眺めながら、ぼんやりと考えた。
(墓参り…。……全然してなかったな…)
当時、立て続けに人が死んだ“悪夢の一週間”は、葬儀屋・火葬場がパンク状態だった。なので、葬式を執り行われる前にレンは由良に誘われるままに勝又のもとへと赴き、両親と水樹の葬式には出ず、遺骨も目にしていなかった。
ほとんど南野家が面倒を見てくれていたのだ。
人間、命が終わればそれまで。
死ねばなにもなくなる、と教えたのは水樹だった。
レンにとって、仏壇や墓石はただの遺骨を残しておくための置物に過ぎなかった。
水樹と付き合っていた南のことだ。水樹が持つ死生観は聞かされ、わかっているはずだった。
アナウンスと共に電車がホームに停車する。目的の駅まであと少し。
その時、横からじっとこちらを見つめる南の視線に気づき、そちらに顔を向ける。
「……どうしたの?」
「……ヘアピンなんてオシャレしちゃって…」
「!」
レンは反射的にさっと上げた左手で、左耳が見えるように留めたゴールドカラーのヘアピンに触れた。
「昔は、「かわいいから」ってあたしがアクセサリーとか髪留めとかあげても、ま~ったく付けてくれなかったのに…、さては由良君に言われてちょっと意識するようになった?」
意地の悪そうな笑みを浮かべて指摘する南に、図星を突かれて顔を赤くしながら「ごめんって」とぶっきらぼうに返すレン。
「フフ」と笑いながら、南は、そりゃそうか…、と静かに思った。
(母親からはあまりそういうことも指摘されてなかったみたいだし…、気付いたら水樹の服装に寄ってたわけだし…)
レンには言えないことだが、南はレンの母親のことはあまり好きではなかった。
挨拶をしても、貼り付けたような愛想笑いを返されるだけ。
水樹は「新しい家庭に馴染もうとしてくれている」とフォローしていたが、そんな健気な女性には見えなかった。
さらに言うと、自身の叔父であり水樹の父親のことも良くは思っていない。水樹との交際のことをとやかく言う人間ではなかったが、今思えば興味がなかっただけかもしれない。
妻と腹の中にいた娘を失ったことで、叔父は人らしい何かを失っていた。レンの母親は、事故で亡くなった叔父の妻に面影が似ていたので、心の埋め合わせにされたのだろうとすぐにわかった。
荒んだ家庭から一転、暴力は存在せずともそんな複雑な家庭の中、レンはどんな気持ちでいたのか、かつての冷めた目から想像に難くない。
カタチはどうあれ、今のレンは幸せそうだ。
願わくば、ずっと平穏な生活が続けばいいのに、と思っていたが、そうはいかないのだろう。
能力者という存在に関わったことで、今も世界のどこかに出現しては破壊の限りを尽くしている謎の生命体が無関係とは思わなかった。
数時間前、浴室から出てきて久しぶりに自身のパソコンを開いたレンは、添付されたメールを開き、画像や、ニュースにあった映像を目にした瞬間、緩んだ表情を一変させ、食い入るように眺めていた。
先にパソコンを目にしていた由良は、そんなレンの傍に立ち、その様子を静かに見守るだけだ。
2人は風呂上がりだというのに、部屋を包む緊迫した空気のせいで、南までひやりとした気持ちになった。
テレビの映像を見ていた患者や看護師達とは反応がまったく異なる。
謎の生命体の存在のことは、初めから知っているような素振りだった。
レンはパソコンを閉じてからしばらく考え込んだあと、用意された朝食を口にし、「体を慣らしたいから」と動きやすい服に着替えて走り込みに行ってしまう。
詳しくは教えてくれなかったが、きっと、レンと由良の中で何かのカウントダウンが始まったのだ、と南は察した。
墓参りに行くことを提案したのは、レンがランニングから帰ってきたあとだった。
少し早めに出たため、帰るのは夕方以降になるだろう。由良には病院で留守番してもらっている。天草が南野病院を襲撃する可能性を考慮してだ。
電車が次の駅へと向かうため発車する。
「……………」
「レンちゃん?」
多少の雑談でわずかに頬を緩めていたレンの顔つきが変わった。
刃物のような鋭い目つきは隣の車両に向けられ、纏う空気が張り詰める。
「南さん、ここにいて」
レンは腰を上げて他の車両へと足を向けた。
「ど、どこに…」
「能力者がいる…。さっきこの電車に乗ったみたいだ…。……能力者同士、ある程度範囲内に入ったら、互いの位置がわかるんだよ」
戸惑う南に、レンは隣の車両を見据えたまま声を落として言う。
人物の特定ができないため、天草かどうかもわからない。
「騒ぎになったらすぐに反対方向へ逃げてくれ」
大事な人間が血まみれで横たわっている姿は2度と見たくなかった。
南は眉をひそめ、天草に斬られた腹部を無意識に擦る。再び接触することがあれば、今度こそ息の根を止められてしまうだろう。
レンの判断に、静かに頷いた。
「気を付けて…」
レンは仲間の反応に集中しながら隣の車両へと移る。
相手に動きはない。こちらの様子を息を潜めて窺っているのかと思ったが、ロングシートに座るその人物を見て、張り詰めていた空気が緩んだ。
「太輔…」
これから運動会にでも行くような重箱包みを抱えた太輔が座っていた。何かあったのか、その表情は曇っている。
この時、家で作りすぎて余った昼飯を抱え、太輔は伶達の家へと電車で向かっていたところだった。
電車に乗ってる間も、御霊から強引に胸に押し込められた“心臓の欠片”の影響で、近くにいる人間の心の闇の部分が見たくなくても見えてしまう。
いい加減うんざりだ、と俯いたところに、聞き覚えのある声が降ってきた。
「よっ」
「! レン!?」
はっと顔を上げると、目の前に、すぐ横の手すりにつかまったレンに見下ろされていた。
「!!」
太輔の脳内に画像が自動再生された。
見えたのは、工事用スコップの先端が喉元に突き刺さった男の姿だ。
「…っ!!」
意図せず情報が流れ込んでくる。
レンの実の父親。
殺したのは…。
太輔は顔を強張らせた。
「? 大丈夫か?」
「あ…、ああ。…大丈夫…。びっくりしすぎて……」
心配そうに窺うレンに対し、無理やり笑みを作る。
「…太輔もやっぱり日本に戻ってたのか」
「うん。レンは、いつ東京(こっち)に?」
「太輔達と別れて少ししてから」
プラットホームのあと以来だ。
由良と一緒に行動してるはずだと思った太輔は周囲を見回したが、由良の姿はない。
「その…、あいつは?」
由良のことを言っているのだと察したレンは「ああ…」と声を出して答える。
「今日は留守番。代わりに、いとこと一緒なんだ」
本当なら水樹のいとこだが、ややこしくない言い方がそれしか思いつかなかった。
「ちょっとレンちゃん、和気あいあいしてるところ悪いけど、結局大丈夫だったの?」
レンがそう言ったあと、レンの背後から松葉杖をついた南がひょっこりと現れた。
「ごめん、友達だった。太輔、さっき言った、いとこの南さん」
「初めましてー。レンちゃんって男の子の友達もいるのね」
ただの友人でなさそうなのは無視ができず「あとで説明してよね」と肘で突く南に対し、レンは小声で「わかってる」と返す。
「ど、ども」
(美人…)
ぎょっとするほどの美女の登場に太輔が緊張気味に挨拶したとき、また誰かの心の闇が脳内に再生された。
遺骨の入った箱を抱え、葬式場の前で泣き崩れている南だ。
「水樹…」と何度も呟きながら泣いていた。
「それは?」
レンに、抱えているものを指さされて聞かれた太輔は、はっとして慌てて答える。
「あ…、ああ、昼飯作りすぎちゃってさ。伶兄達に持っていくとこ」
「そっか。みんな元気にしてる?」
「元気元気。“心臓”の動きがあるまで、ナミとユータもいったん自分の家に帰ってるからな。あ、そうだ、メグのこと…」
そう言った途端、そういえばと思い出したレンは、太輔の肩を勢いよくつかんで顔を近付けた。
「恵に会えたんだってな! 勝又のことはなにか知らないのか!?」
「……!!」
レンの瞳を通じて、次から次へと画像が太輔の脳内に流れ込んでは再生される。
首を吊って自殺したレンの両親、レンを庇って殺された水樹、“心臓”を手に入れて弾けた華音、一筋の涙を流して息絶えた森尾、仲間を亡くして嘆くレン。
とどめが、恵を攫っていく勝又の背中だ。
「ちょ…、ちょっと…、レンちゃん…」
南は乗客の視線を気にしている。
ただでさえ、片腕で目立っているというのに。
「ご、ごめん…、雨宮から色々聞いてたんだけど……」
我に返って身を引くレンに、太輔は戸惑いながらも安心を与えるようにゆっくりと答える。
「……メグには会えたけど、勝又には直接会ってない。“御霊”と一緒に…」
「“御霊”…」
「“あの方”の名だ。レンも聞いたことがあるだろ? でも、会わない方がいい。ユータもナミも避けてるし…。……………」
太輔の脳裏に、御霊によって“心臓の欠片”を胸に無理矢理埋め込まれた夜を思い出した。
その影響もあり、近くの人間の過去やトラウマが見えるようになったのだが、とても本人の前では言えない内容のものばかりだ。
「悪い…。取り乱した…。…なんにせよ、恵と再会できてよかったな。屋敷にいた時も、恵…、おまえにすごく会いたがってたし…」
「そ…、そっか…」
それを聞いた太輔の頬が紅潮する。
レンは、もしかして、と勘繰った。これ以上つつくのはやめておく。
「元気そうでよかった…」
太輔は、そう呟くレンの表情に目をやる。恵については心底ホッとしている様子だ。ずっと気がかりだったのだろう。
それから多少の雑談をしたのち、レンと南が降りる駅に到着し、別れ際に太輔は言った。
「メグにも、レンのこと伝えておくから」
レンは薄く微笑んで頷き、「今度はあたしから会いに行くよ」と言って電車から降りる。
レンに手を振られ、太輔が手を振り返して応えたタイミングで、車両のドアが閉まった。
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