45:愛してたよ
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朝を迎え、朝食の時間より早く起きた南は身体が痛まない程度に軽く伸びをした。
コンパクトミラーで顔を見ると、目元の隈が少し薄くなっている。
(久しぶりに、よく眠れた気がする…)
現実か、夢か、どちらにせよ水樹と再会し、しっかりと別れを済ませたことで張り詰めていたものが緩んだ気がした。
窓越しに朝日でも浴びようかと身を起こして窓の方へ身体を向けた瞬間、ビクゥッと身体を震わせ硬直する。
「!?」
穴から地上へ出たモグラのように、2つの頭が窓からこの部屋を窺っているのが見えた。
窓をノックするかどうか迷っているレンと、いいからさっさと声かけろよと隣で促す由良の2人だ。
「なにしてるのよ…」
ベッド脇に置かれていた車椅子に乗り、窓際に近付いた南は自分から窓を開けて声をかけた。
「う!?」
その時、レンと由良の全体を目にし、南は衝撃を受ける。
ふたりの髪、肌、服が、絵の具まみれでどろどろに汚れていたからだ。加えて、油絵の具のつんとした匂いが鼻の奥を刺激した。
「「オフロ貸して―――」」
さすがにこの状態では病院の中に入れないと判断したレンと由良は、素直に南にお願いする。
「油くさっ! なにそれ絵の具!? そのへんの子どもが頑張ってはしゃいでもそんな汚し方しないわよ!?」
「いやぁ~。筆がノリにノっちまって…」
わざと恥ずかしそうな仕草をしてニタニタと笑いながら「なあ?」と同意を求めて視線を向けてくる由良に対し、顔を真っ赤にするレンは気まずそうに明後日の方に視線を向けて「さあ? ……見んな。こっち見んな」としらを切ろうとする。
色々と察した南は天井を見上げて深くため息をつき、レンと由良を手招きした。
「お風呂貸してあげるから、ここから入っちゃいなさい。わかってると思うけど、そのカッコで床やソファーに座らないでね」
「助かるー」
由良が先に窓から院長室に入り、レンもそれに続く。
南は車椅子で部屋の中を移動し、浴室を確認し、風呂の準備に取り掛かった。
「お風呂は溜めておくから適当に入りなさい」
声をかけると、どちらが先に入るか、「最初はグー」とレンと由良はジャンケンしている。
「もう、ニコイチなんだから一緒に入ればいいでしょ」
見兼ねた南の提案に、レンは「一緒に…」と躊躇ったが、由良は「たしかに」とレンの手をつかんで浴室へと引っ張った。由良と南が思ったよりレンの抵抗は弱い。
「あ、南さん、床の方はあたしがやっておくから…」
「いいからゆっくり浸かってきなさい」
「気にしないで」と手をしっしと突っぱねる南に、レンは申し訳なさそうな顔をしながらも由良と共に浴室へと入った。
湯船には温かい湯が溜められ、入浴剤が入れられて泡風呂になっている。
シャワーで身体にこびりついた絵の具を洗い流したレンは、湯船に肩まで浸かって「はぁ~」と気持ち良さげに息を吐いた。
由良も適当にシャワーで洗い流してから湯船に片足を浸けようとしたが、レンはその足首を掴んで阻止し、「頭洗ってやるから座れ」と目線を下に向ける。
言われるままに由良は胡坐を掻いて座り、湯船に背をもたせかけた。
湯船に入ったままレンはシャンプーやコンディショナーで由良の髪を洗いながら「おかゆいとこはございませんかー」と茶化す口調で言って、由良も「背中がカユイですー」と同じような口調で返す。
「誰かさんのせいで背中の爪痕が沁みるんですけどー。ここの噛み痕とか」
「ケダモノ~~」と口にする由良の背中には引っかき傷、肩口には噛み痕があった。一度出血・鬱血したが、どちらも薄くなっている。
「それはあたしも同じなんですけどー」
レンも口を尖らせながら、首筋の特徴的な噛み痕を見せつけた。こちらも消えかかっている。
「能力者だからすぐに消えるんだよな…。これくらいなら、残ってくれていいのに…」
拗ねる口調で言って、由良の肩甲骨に沿って指でなぞった。
「虫よけ代わり?」とからかう由良に、「悪い虫みたいな奴に言われてもなー」と苦笑する。
「…柑二さんに絵の具もらったとか言ってたけど、絶対それだけじゃないだろ。ヘソクリ隠してた?」
「おまえの兄貴の部屋から少しちょろまかした。一番下の引き出しの奥にあったぜ」
「ドロボー!」
「まあ、許してくれるって」
実際に本人から許可はとっていた。
「フラフラどこ行ってたのかと思ったら廃院って…」
「女遊びじゃねーって言っただろ~?」
「そ、そうだったけど…。……あ」
『昨日の夜、2階の窓からお外見たら、死神がいた…! ぼく、もうすぐ死ぬんだぁ~~』
『全身まっくろな服着てたし…、カマを引きずる音立ててた…』
レンは由良が夜に廃院に忍び込んでいたことを考えたところで、泣いていた幼い患者を思い出す。
「死神っておまえか…」
「藪から失礼だな」
(全身真っ黒な服=フード付きの黒いツナギ、カマを引きずる音=常に引きずってるベルトの金具の音)
頭に浮かべて納得したあと、由良に説明した。
由良は腹を抱えて「なるほどな」と笑う。レンは「紛らわしいし、勘違いした子どもがかわいそうだろ」と呆れた。
「そーかそーか、そりゃ悪いことしたな」
まったく悪びれていない様子だ。
「前にもそんな噂があったから尾を引いてるのかと思った」
「噂?」
「廃院のまわりで死神がうろついてるって噂。数年前もあったんだよ」
「けっこうブキミだもんな、あそこ。それっぽい噂もたつか」
「あとおまえ、廃院を勝手に使ってること南さんにも言ってなかったな?」
「もう使ってないし、いずれ取り壊すところなんだろ? あの部屋以外はほとんど劣化してたぞ。ミナミにとったら他に使い道も……。……いや、あるか」
「え?」
「考えてもみろよ。廃院から院長室(ここ)の窓まで近かっただろ。それに、最初にミナミに会った時も、オレが来ることも風呂に入ることも予想してなかったのに、用意のいい男物の服…」
「あ」
そこまで言われてレンははっとする。
「兄貴か」
「走ってくる」と言って、夜中に黒のパーカーと黒のランニングパンツを着て家を飛び出す水樹の姿を思い出した。
「逢引場所だったんだろな、あそこ」とニヤニヤしながら言う由良。
「どうりでウッキウキで走ってくわけだ」と顔を赤くして左手を口に当てるレン。新たに明らかになった身内の恋愛事情に気恥ずかしさを覚えた。
「このことは南さんには言わないでおこうな」
「だなー。いい思い出には触れない方がいい」
レンは泡だらけの手で親指と人差し指で輪を作り、息を吹きかけて小さなシャボン玉を飛ばした。
振り返った由良は、レンの右頬に付着したままの黄色の絵の具を親指の先で拭い、「洗い残し」と指に付いたそれを見せつける。
くすぐったそうに笑う、レンの声が浴室に反響した。
その頃、車椅子で待合室に現れた南を見つけ、ちょうどその場にいた柑二はぎょっとして慌てて駆け付けた。
「姉さん!? どうしたの、まだ安静にしてないと…」
「ちょっと……胸やけ……。砂糖吐きそう…」
ダダモレナンダヨ…バカップル…、と恨み言を漏らす南。
(由良君が家に持って帰ってきたあのラジカセ、廃院から持ってきたものだったのね…。どうりで見覚えがあると思ったのよ…)
あまり知られたくなかった恋人との逢瀬を知られ、顔の熱が止まらなかった。
「? どうしたの?」
一度落ち着こうとしたところで、南は周囲の異変に気付く。
待合室がざわついていたからだ。
「それが…、みんなニュースを見て不安がっちゃって…」
柑二としてはチャンネルを変えたいのだが、ほとんどの番組がその話題で持ちきりだった。
待合室の壁に設置されたニュースに、待合室にいる患者や保護者、通りがかりの看護師が釘付けだ。
テレビの画面には、上空から撮影された穴だらけの地面と、パニック状態に陥った外国の町の様子が映された。アナウンサーや町の人々は「テロだ」と騒ぎ、悲鳴を上げている。町のビルや車道や歩道などに、次々と穴が空けられた。
宙に浮かぶ謎の布切れ。南から見ても、人の顔らしき原型は確認できる。
「これは……」
数日ぶりに目にしたニュースは、不安を掻き立てられるには十分な内容だった。
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