44:いつだって
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南が大怪我を負い、天草と死闘を繰り広げた翌日から、レンは南野病院の3階にある病室に入院していた。
由良がレンを廃院に残して深夜の南野病院を訪れたところ、待っていたかのように手術衣を着た柑二が出迎えた。
追い出されると思った由良だったが、「レンちゃんはどこ!? ケガしてない!? キミもどうしたの!?」と柑二に詰め寄られた。
南は、由良を促してレンを追わせたあと、「おおごとにしたくない」という理由で大怪我を負っていたのにも構わず、救急ではなく弟の柑二個人の電話をかけて迎えに来させた。
『もしレンちゃんと由良君が病院に来たら、すぐに匿ってあげて』
自分の病院に運ばれ、柑二にそう言い残して手術に臨んだ。
柑二から見ても、南の怪我は人の手で負わされたものだとわかるほどの裂傷だ。本来なら警察に連絡するべきだが、南がそれを望まなかった。
あとから来た由良とレンの怪我も只事ではない。レンに関しては身体のほとんどに大火傷を負っていた。
柑二は先にレンの治療を終えて包帯を巻き、病室で寝かせたあと、由良を診察室に招いて治療にあたった。
由良とレンが来る前に姉の治療は無事に終わった、と由良に知らせた柑二は憔悴した状態だ。
『一命は取り留めた…、というか姉さんが自分でほとんどなんとかしちゃったよ…』
由良の右腕に包帯を巻きながら話した。
『……自分で?』と由良は耳を疑う。
『局所麻酔を使って、自分で出来そうな部分は切開・縫合してた…。見えにくいところは鏡使いながらね。前に「あたしのことはあたしが治す」って言ってたこと本気で実践してるし…。確かに姉の方が縫合スピードが速いけどさ…』
最後に、『我が姉ながらムチャクチャだ…』とこぼして頭を掻く柑二。その際にまた数本髪が抜けた。
応急処置とはいえ、ホッチキスで留めた部分も数ミリずれていたことで、神経質な南はかなり苛立っていた。縫合もできるだけ自分自身でしたかったのだろう。
『ガチのセルフ手術じゃねえか…』
『実際に、大昔の医者で自分で虫垂炎の手術をした人もいるみたいだけど危険極まりないよ…』
その時の柑二のため息まで思い出しながら、由良は院長室を訪れた。その片腕にはスケッチブックを挟んでいる。
(レンといい、南といい、うちの女共はムチャしやがる…。あいつら本当に血繋がってねえのか?)
繋がってない方に驚かされる。
院長室の鍵は開いていた。ノックはせず、少し開けて中の様子を窺う。
テーブルとソファーがあった場所は壁際にどけられ、代わりにベッドが置かれていた。病室のベッドではなく、自宅から持ってきたらしい。シングルサイズなのでかさ張らず、背上げ・脚上げ機能もあって身体の負担も少ない。ベッド脇のボタンで角度の調節も可能だ。
その上で仰向けになりながら、スペアの赤い眼鏡をかけて患者のカルテの束に目を通す南の姿があった。
体中傷つけられたせいで南の身体には包帯が巻かれ、点滴の管が通されていた。
そんな状態になってもスケジュールの整理が気になるのだろう、目の下にくっきりと出来た隈が睡眠不足を物語っている。
「由良君」
ドアの音に気付いた南が由良の方へ目を向けた。
由良が入ってくる前に「ちょっと待って」と声をかけて足下に視線を落とす。
「履いてる履いてる」
病院内ではクロックスを履くよう南にもレンにも言われているので、由良は右足を上げて今にも脱げそうなそれを見せつけた。
南が「そう」と頷いたタイミングで入室する。
「ケガ人は安静にしてた方がいいんじゃねーか? おまえの弟がそろそろツルッパゲになるぞ」
「あら、それならそれで、床に散らばる毛がなくなるから助かるわね」
「フフ」と笑いながら再びカルテに目を通す南はデスクをあごで指した。
デスクの上には、確かにレンの家のノートパソコンが置かれてある。
「こっちに運ばれる前に、ノートパソコンは回収しておいたわよ。壊れてなければいいけど」
「部屋あんだけ破壊されたのに無事だったんだな」
由良がデスクの方へ足を向けた時だ。
「由良君、キャラメル食べる?」
「お、食べるー♪」
小さなサイコロ型の箱を出した南に、由良は無警戒でふらふらと近付いた。
「!」
受け取ろうとした瞬間、南の腕が由良の右手首をつかんで袖を肘の上まで捲る。
「ちょっと失礼」
「あ」
袖の下は、右前腕部分が包帯で巻かれていた。南は躊躇せず由良の包帯を取り去る。
医者の南から見て、怪我を負っているはずの由良の動作が普段通りにスムーズなのが気になったのだ。
「傷が…」
そして露わになった由良の前腕に、目を見開いて驚いた。柑二から聞かされていた由良の怪我は、貫通するほどの刀傷がつけられていたはずだった。
なのに、今はそれが目立たないほど薄くなっていた。明日には痕も残っていないだろう。
由良は「あちゃー」と面倒くさそうに目線を上にあげた。
「……説明…してくれるわよね?」
「説明ねぇ…」
さてどうしたものか、と視線を彷徨わせ、南の布団の上に落ちたキャラメルの箱を手に取り、中身を口に放り込んでから、空箱を天井へと軽く放る。
南は投げられた空箱を目で追った。
パシュ
「!?」
瞬間、突如として現れたシャボン玉がそれを塵へと変えてしまった。
ぽこ、ぽこ、と由良の足下から次々とシャボン玉が浮かぶ。
由良は口の中でころころとキャラメルを転がしながら、「触るなよ」と忠告した。
「薄々気付いてたと思うけど、人間じゃねーんだ。オレも、レンも、おまえを襲った天草って奴も…。―――2年前の自殺ウイルス騒動…覚えてるか?」
周囲のシャボン玉に首を巡らせていた南の動きが止まった。
「…忘れるわけないでしょ…。いろんな人が亡くなった…。レンちゃんの家族も、水樹も…。あたし達医師は…ほとんどなにもできなかった…。……そう…、すべて…関連していたのね…」
自分なりに理解しようと、口にした得体のしれないものをよく噛んでゆっくりと嚥下するようだった。
物分かりがいいのは説明する側に余計なストレスがかからなくて済む。
騒がれたらどうしようかと思った由良だったが、落ち着いた南の様子に安心した。
「理解が早くて助かる」
デスクの椅子に座り、ノートパソコンを起動させる。電源が普段通りに点いたので壊れてはいないようだ。
そのまま、今まで何があったかを長々と説明するのは面倒だったので、必要な部分だけを繋ぎ合わせ、ここ2年の出来事を話し出した。
自殺ウイルス、悪夢の1週間、能力者、リーダーだった勝又、アクロの心臓…。
南は黙って耳を傾けていた。時折、現実離れした話に気を落ち着かせようと、眼鏡を外して目を擦る。
世界を滅ぼしかねない“アクロの心臓”を追って、一度日本に帰国してきたところまで話し、ようやく終わりが見えかけたところで南は問いかけた。
「レンちゃんにも、その…なんでも消せるシャボン玉が出せたり、体を岩みたいに硬くすることもできるの?」
「あいつの場合、体から電気を放電することができる能力(ちから)だ。充電式だけどな…。それに……」
本来の能力を言いかけ、おっと、と口を噤んだ。
水樹のことまで話すことになってしまう。南に対して本人に口止めされたわけではないが余計なことはしない。
「しかも能力者って、実際に診たところ、回復力も早いのね。あたしくらいのケガでも数日で治っちゃうの?」
「そうだな。寝れば治る」
「…羨ましいけど…、なんて医者泣かせの体質なの…」
「身体能力も高いから、ここの屋上から飛び降りてもへっちゃらだぜ」
「……一回色々調べさせて…」
「やだ」
「でしょうね」
あっさりと引き下がる南。視線は由良の左腕に移った。
「―――でも、腕は生えてこないのね」
「レンみたいに言うなよ。生えてきたら怖いだろ…」
由良は、いつかの屋敷でそんな話をしていたことを思い出す。
不意に、ピコ、とノートパソコンが鳴った。由良の視線が画面に移る。
ノートパソコンの画面の右下にポップアップが表示されていた。
(メール?)
送信者は、レインからだ。レンからは前に一緒に“アクロの心臓”を追っていた記者だと聞かされていた。
本人が見るより先にメールを開く。
画像が添付されていたのでそちらも開いた。
瞬間、由良の目が大きく見開かれる。
そこに映っていたのは、衛星写真で撮影されたと思われる、とある海外の軍事基地の写真だ。地上のところどころが穴だらけになっている。現地の被害は相当なものだろう。
「ヒロセ…」
右腕を消滅された際に生じた苦痛を思い出し、背筋が凍りつく。
レンに知らせるべきか、一瞬考え、そのままノートパソコンを閉じた。
はあ、と深い息を吐く。衛星写真を見た時から息を止めていたようだ。
「大丈夫? 顔色悪いわよ」と声をかける南に、由良はひらひらと手を振って返す。
「…レンちゃん…、元気にしてる? レンちゃんも能力者なら、酷い火傷も治るってことよね?」
「まあな…」
(あいつの場合、今の問題はそれじゃねえんだよな…)
由良は持ってきたスケッチブックを開く。
レンを描いたつもりだったが、顔が思うように描けず、顔の部分は広瀬の時のように鉛筆で雑に塗りつぶされていた。
あれだけ描きまくった顔だというのに。
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