43:どちらだ?
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『使う時は、命を削る覚悟をもって』
勝又に言われたことだ。
“守護”の役割を持つ“心臓の欠片”を手に入れた瞬間、代償はあらかじめ知らされる、御霊を護る為に作られたシステム。
だからこそ、室銀夜は使用することを躊躇らっていた。
前の持ち主の想いは、こびりついたように天草の胸に流れ込んでいた。室銀夜の父親、室銀夜自身の想い、欠如していた感情…。
(一度も起動しなかったのは愚かだったな、室銀夜。初めてだ…。こんなに気持ちが満たされるのは、昂るのは…! 愛おしさが止まらない…!)
「アハハハハハハ!!」
高揚するままに大口を開けて笑う天草。狂喜のあまり涙まで流れた。
レンはそんな、初めて目にする天草の姿を凝視する。
「レン…、おい、レン!」
由良に呼びかけられ、はっとする。
由良の目が、逃げるぞ、と訴えていた。表情が強張っている。
好戦的な由良が逃げ腰になるのは珍しいことだった。それほど笑えない状況なのだ。
レンは「ダメだ…」と弱弱しく首を振る。
「ここで逃げても、あいつは…」
天草に視線を戻すと、天草の表情は人形のように真顔になっていた。
目を合わせたが、視線を逸らしたのは天草の方だ。
ギョロリと向けた視線の先には、由良がいた。
「貴様から…、ツブす」
反射的にレンの体が動く。
落とした鉄パイプを拾い、天草に突進した。
「バカ!! よせ!!」
背後から由良の怒声が聞こえたが、ブレーキはかけない。
由良が殺される、と焦りがレンの背中を押していたからだ。
ゴギッ!
力いっぱい天草の顔面を正面から撲りつけたが、天草は微動だにしなかった。
レンの手にビリビリと硬い衝撃が響く。手応えが生身の人間に対するそれではない。鉄パイプがくの字に曲がるほどだ。
「っ!」
天草を見て、その変わり果てた姿に思わず身体がビクッと震える。
目と口を残して、全身真っ黒に変色していたからだ。一瞬で硬化できる範囲が広がっていた。
「…ハエがとまったか?」
天草は口元を不気味に歪めて鉄パイプを握り、レンごと横へと振り投げる。
軽々と投げられたレンの体は、先程の仕返しのように、もうひとつの石の灯篭にぶつかった。手から離れた鉄パイプが参道を滑る。
「っ!」
(明らかに今までの動きとは違う…! 能力(ちから)も全身硬化出来るなら最初からそうするはずなのに…。今の天草は…、まるで……)
“アクロの心臓”を手にした、華音と広瀬の姿を思い出す。
あれと酷似していた。
能力が急激に上昇し、相手に圧倒的な差を見せつける。
すぐに顔を上げたレンは、天草の歩がこちらではなく由良に向けられていることに気付く。
天草の右手が、腰の小太刀にかけられた。折れているのは切っ先だけだ。刀身としての役割はまだ残っている。
レンは痛みで顔をしかめながら、由良に向かって叫んだ。
「逃げろ由良ぁ!!」
同時に天草は、早く切りたくて堪らないと笑みを浮かべ、由良に向かって踏み込む。
「っと!」
由良の反応は素早かった。顔面目掛けて横に振った天草の小太刀を、体を後ろに反らして避け、別方向からきた攻撃もさらに避け続ける。
しかし、避けたと思ってた刀身が鼻先や頬を掠った。
由良は内心で舌を打つ。
(速ェ…!!)
目で追っては避け続けるが、天草の方がさらに速くなっている。
「アハハッ」と笑いながら回転や体術を加えて攻撃を続けた。
由良は今まで戦った能力者を思い出す。奈美のように武道家らしい動きかと思ったが、品がなさすぎる。まるで遊ばれているようだ。
「!」
不意に天草が身を屈めた。手につかんだのは砂利だ。
由良は後ろに下がりながら、自身の目の前にシャボン玉を数個浮かばせた。
天草は砂利を下から振り上げて由良に向かって投擲する。
「ぐ!」
いくつかシャボン玉に当たったが、当たらなかった砂利は由良にぶつけられた。
ぶつかる直前に反射的に右腕で目を庇う由良。投げつけられた砂利の威力は衣服越しに肌を抉るほどだ。
ドッ
「か…っ」
すかさず接近した天草は、硬化した膝蹴りを由良の腹に打ち込んだ。
鉄球をぶつけられたかのような衝撃に由良は目を見開き、吐血する。
後ろに倒れる由良の腹の上に、天草は馬乗りになった。
小首を傾げて陶酔するような表情を浮かべ、右手の小太刀を振り上げる。
バシュッ
天草の左肩にシャボン玉が当たり、弾けた。左肩が爆弾を食らったかのように抉れる。
弾けた個所から血液が噴き出すが、それでもなお、天草は痛覚がマヒしているように表情を変えず、むしろ高らかに笑った。
「ハハハハ!! ―――だからどうした…?」
「「!?」」
由良とレンは、目を見開いて驚いた。
抉れた個所から肉塊が盛り上がり、元通りに再生していく。左肩の服だけが、円形に破れたままだ。
((これは…!))
由良とレンの脳裏に同時によぎったのは、“アクロの心臓”を手に入れた時の華音の姿だった。奈美にどれだけ切りつけられようと、傷口どころか切られた髪の毛まで再生したのだ。
「バ…ケモンかよ…」
ドス!
驚愕していたその時、由良の右前腕に小太刀が突き刺さる。
「ぐぁあ!」
由良は堪らず叫んだ。
「右腕(これ)…欲しい…。…あの女の前に…吊るしてやる…」
天草が、小太刀の柄に力を込めた瞬間だ。
辺りがピカッと真っ白に光った。
大気が震え、地面が揺れるほど雷鳴が轟くと同時に、レンが叫びながら天草に後ろから飛び掛かった。手負いの獣が喉に食らいつくようだ。
放電すれば由良が巻き添えを食らうため、天草の首に左腕を引っかけて無理やり引きはがす。
(黒焦げになりやがれ…!!)
バチッ!!
全力で電流を流し込んだ。レンと天草を中心に青白い光が眩く光った。由良も目を瞑るほどだ。
だが、天草は電流など物ともせず、レンの胸倉をつかんで社殿に向かって投げ飛ばした。
ドガッ!
「かは…っ」
社殿の障子に背中を打ちつける。
(電流が…効かない…!)
半身を起こして能力を発動させようとした時、天草の黒い顔面が目の前まで迫った。
「え?」と思った時には、首をつかまれ、そのまま障子を突き破って社殿の中に押し倒される。
しばらく使用されていなかったのか、ホコリと木くずが舞い、カビの臭いが鼻をついた。
「ぐっ…」
絞め殺される前に天草の腹を思い切って蹴飛ばす。天草は転ばず踏みとどまった。
レンはすぐに天草から目を離さず、自分の喉元を擦りながら立ち上がる。
「か…っ、ふっ…」
呼吸をすると喉に痛みが走った。「ゲホゲホ」と血液交じりの咳は出るのに、声が出にくい。
(喉が……)
首の骨は折れなかったが、つかまれた際に喉に大きなダメージを受けたのだ。
レンの首には、生々しい手痕の痣がつけられた。
天草は目の前のレンを見つめ、ゆらゆらと亡霊のように揺れながら、レンに向かって歩を進める。レンが逃げ出すのを、あえて待っているかのようだ。
レンは天草を睨みつけ、威嚇するように全身から電流を迸らせた。
「!!」
瞬間、天草はレンの背後にまわる。
「つっ…!」
振り返る直前、左腕をとられてねじ伏せられた。
「うぐっ…」
「守る腕が…、これ1本とは……。右腕は可愛らしくなったものだな…」
バキッ、とマネキンの右腕を踏みつけられ、粉々に砕かれる。
「……っ!!」
由良がくれたものだった。レンの中では大切な物だった。
無残になった右腕を見つめるレンの注意をこちらに向けるように、天草はわざと左手首を強く引っ張る。
「うあ゛…っ」
関節を外されそうになった。
「そのニセモノの腕と同じにしてやってもいいんだぞ」
その時、レンと天草を床から浮き上がったシャボン玉が取り囲んだ。
「とんだサディスト姉ちゃんだな。ラリッてんじゃねえぞ」
壊された社殿の出入口から由良が入ってきた。
不愉快そうに眉根を潜めている。口の中に溜まった血を唾ごと「ベッ」と足下へ感情のままに吐き捨てた。
「ゆ゛…っ、逃げ……」
逃げろ、と言い放ちたかったが、喉を潰されたせいでレンはうまく声が絞り出せない。
フンと鼻を鳴らす天草は、レンの左腕を放すと同時にその前髪をつかんだ。レンは痛みで顔を歪める。
「そのシャボン玉は脅威だが…、うまく私だけを壊せるのか?」
くつくつと笑いながら、天草は由良を見据えてレンを見せつけた。
人質のつもりだ。その気になれば、いつでもレンをシャボン玉の盾にすることができる。
「……………」
フワフワと浮かんでいたシャボン玉の動きが止まった。
「ウフフ」と嘲笑いながら、天草はレンの顔に頬擦りする。できるだけレンと至近距離になることでシャボン玉を当てにくくした。
ナメクジを顔に付けられるかのような嫌悪感がレンを襲う。
「いい顔をする…。「助けてください」と頼めば…、奴だけは助けてやるぞ」
天草はレンと目を合わせ、由良に向かってアゴをしゃくった。
レンは、冷めた笑いを浮かべる。
(うそつけよ…)
その顔を見た天草から表情が消えた。
レンは目で尋ねる。
(天草、おまえ…なににイラついてんだよ?)
天草にとっては不意打ちだった。
ただでさえ過剰に気分が高ぶり、情緒不安定となっていた天草を刺激するには十分だった。
「じっくりと…その顔の一部一部を潰してやろうか…!」
ぐい、と乱暴に髪を引っ張られる。
その際、レンは由良と視線を合わせた。
「!」
その顔を見た由良ははっとする。
レンの表情は、悪巧みする時のそれだ。目を細め、口元を三日月形に歪めていた。
「まさかおまえ…」
小さく呟く由良の口元に同じ笑みが浮かぶ。心地の良い鳥肌が立ち、雨と汗が混ざり、床に落ちた。
レンの身体から再び電流が迸る。
天草にとってはただの悪足掻きだ。
「無駄なことを…」
途中、天草は違和感を覚える。あのレンが、今更こんな足掻き方をするだろうか。
瞬間、社殿内がカッと赤く光った。
レンの放った電流が、周囲のシャボン玉に炸裂したのだ。
ドオォンッ!!
圧搾空気と電流がぶつかったことで連鎖的に起こる爆発。
爆風に吹き飛ばされた由良は社殿の外へ放り出された。
「うっ!」
参道に背中を打ち付け、痛みに顔をしかめながら半身を起こし、降り注ぐ雨を物ともせず轟轟と燃えゆく社殿を見上げる。
辺りは一気に熱気に包まれ、黒煙の臭いが立ち込めた。
「レン!!」
立ち上がって声を上げると同時に、年季が入った社殿があっという間にガラガラと音を立ててバランスの悪い積み木のように崩れていく。
舞い上がる煤と火の粉にたまらず、顔を右腕で庇った。
「………ッ」
「!」
その時、別方向から聞こえた、呻き声。名前を呼ばれた気がした。
社殿の近くだ。由良は社殿の左側へ走り出す。
暗くて見えづらかったが、人影が地面を這っていた。
「レン!」
レンの状態は、顔左半分、左腕、両脚に火傷を負っている。焦げた匂いが由良の鼻をついた。
「っ…」
レンは仰向けに体勢を変え、駆け寄る由良に顔を向けたが、喉を潰されているため「由良…」と口元が動くだけだ。
「オレとマジで戦った時にやられた手だろ。テメーも巻き添え食らうってのに…」
呆れる由良の様子に、レンは場違いにも小さく笑ってしまう。懐かしかったのだ。
じきに騒ぎを聞きつけて消防車もやってくるだろう。
天草の状態も確認できず、もたもたしていられない。
由良は「抱えるぞ」と声をかけ、レンの身体を片腕で掬い上げるように抱えた。
動かされ、衣服が肌に擦れるだけで火傷がひりつくが、レンは我慢する。振り落とされないように由良の首に軽くしがみついた。
雨も止み、視界はクリアだ。闇雲に走り回らなくて済む。
由良はレンを抱えながら高くジャンプし、その場から離脱した。
*****
社殿が完全に崩れる前に脱出した天草は、鳥居の前に立ち、町を見下ろした。
服が焦げたこと以外はほとんど無傷だ。
(逃げたか……)
2人分の能力者の反応が薄れていく。
追いかけたいというのに、もはや、そんな気力はなかった。
「私としたことが…」
鳥居に背をもたせかけ、息を弾ませる。
押し寄せるのは後悔だ。
(―――とっとと片付けてしまえばいいものを…。感情の高ぶりが制御できないのが問題だな…)
戯れが過ぎた、と反省する。
“心臓の欠片”のスイッチを切った途端、息が詰まったかと思えば、その場にゲェッと込み上げた血を吐き出した。
「がはっ、ごほ、ごほっ」
見た目からはわかりづらいが、内臓が掻き混ぜられたように損傷している。
「……出直しだ…」
『なににイラついてんだ?』
レンの、溜め息をつきそうな目を思い出す。子どもが好き勝手に喚いている様子を見て呆れているかのようだった。
かっと湧き上がる怒りのままに、鳥居を強く殴りつける。
塗料がわずかに剥がれただけだ。先程のパワーなら粉砕していただろう。
「北条レン…!!」
“心臓の欠片”を持っているわけでもないのに、見られたくない気持ちを見透かされたようだった。
最後のほとんど捨て身と言っていい行動も見切れず、屈辱感だけが残る。
どうしてこれほどレンに対して異常なほど苛立つのか、天草自身もわからない。
ただ、勝又の指示通りに、2年前に仕留めきれなかっただけではないことだけは確かだ。
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