43:どちらだ?
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レンの家から神社までの距離はさほど遠くはない。
徒歩でも十分行ける距離だ。石段は50段ほど、上がったところで色あせた朱色の鳥居が構えている。社殿、手水舎、参道を挟んで灯篭が2つ、小さな神社である。社務所はなかった。
その奥でひとり、古びた社殿の前で強い雨に打たれながら静かに待つ天草は、ふと思い出す。
『天草、おまえにとって“生”とはなんだ?』
ルドガーが仲間になって間もない頃に投げかけられた質問だった。
天草は『愚問だな』と一笑して即答する。
『主(あるじ)に必要とされてこそ…』
(さて、ルドガーの問いかけに、北条はなんと答えるだろうか…。きっとくだらない答えだ…。どちらにしろ…、今夜でその“生”も終わる…)
ゆっくりと、しかし確実に、能力者の気配が近づいてきていた。
実物よりも先に、漏れ出る青白い電流を隠しきれていない。
キン、キン、と金属音が聞こえる。石段の角にぶつかっては鳴っているのだろう。
「……待っていた…。アレを見て、貴様が来ないわけがない…」
石段を上がり切ったレンに天草は声をかける。
レンの左手には、その辺で手に入れたのだろう、腕ほどの長さの鉄パイプが握りしめられていた。
天草は一瞬、見間違えかと目を細め、レンのマネキンの右腕を捉える。
(あの右腕…、ニセモノか?)
ジャスパーからプラットホームの出来事はあらかた聞いていた。
レンの中を見据え、今まで失ってきたもの、恐れているもの、痛みを辿る。
「……そうか…。右腕を与えたのか…。愚かな…」
にわかには信じがたいが、治癒に長けた能力者の存在を改めて認識した。
片腕を失ったことで全力で戦える気がせず、拍子抜けする。
レンの濡れた前髪から覗く、血走った瞳が天草を鋭く睨んだ。
レンの憤りが体現されるように、レンの背後で空が光り、雷鳴が唸る。
「平和ボケしてた自分を殴りてえよ…」「許してたまるか」「ぬるま湯に浸かる前より先に、勝又とテメーを殺すべきだった…!」「今ここで殺してやる」
ノイズがかかったようだった。レンの口から、レンと男の声が混ざるように発される。
「貴様は今、“どちら”だ?」
天草の目に映るレンの姿が乱れる。レン本人かと思えば、水樹の姿に変わり、こちらを睨んでいた。
天草は挑発的な笑みを浮かべ、腰に差した小太刀を右手で引き抜く。
「あの女…、水樹、水樹、と泣きながら逃げ惑っていたぞ。実に滑稽だった」
「「ああああああああ!!」」
それが引き金となった。
繋がれていた糸がぷつりと切れたかのように、レンは参道を駆け、左手に握りしめた鉄パイプを振り下ろす。
天草は硬化させた左腕でそれを受け止め、右手に握る小太刀の切っ先でレンの左肩口を貫く。
「!?」
天草ははっとした。
レンの表情が変わらない。痛覚などないように。
バチッ!
近距離で放電したことで少し感電した天草は、手に握りしめた小太刀ごと後方へ飛んで石の灯篭に背中をぶつけた。
すぐに顔を上げた天草は、背中の鈍痛に顔をしかめながらレンを見据える。
肩口から出血しているわりに表情に変化がないレン。しかしその中にいる水樹は、肩の部分に手を当てて脂汗をかきながらこちらを睨んでいた。
(北条の痛覚を、代わりに引き受けているのか…!)
出来るだけ、レンが優位に戦えるように。
「足掻くな、亡霊のくせに!」
そう吐き捨てた天草はすぐに立ち上がり、小太刀を構えてレンに切りかかった。
レンも鉄パイプに電流を纏わせ迎え撃つ。
小太刀と鉄パイプがぶつかった。雨音に混ざって金属音が辺りに響き渡り、火花が散る。
レンは腕や脚、顔を切りつけられようと怯むどころか瞬きさえしなかった。
視線はずっと天草を捉え、射抜いている。
(逃げも、逃がしもしない。こいつはどこまでも追ってくる…。南さんと同じように、あたしの大事な存在を傷つけながら…)
鉄パイプを握りしめる手に力がこもった。
そんなレンの心を、天草は見透かす。
「ああ…。貴様の残したいものは、すべて私が壊してやる」
由良、太輔と勇太と奈美、手塚家、雨宮と小田と論、稜、アンジェラ、南野姉弟、恵…。今まで出会った残したい存在が次々とレンの脳裏をよぎる。
「させるわけねえだろ!!」
小太刀が振り下ろされ、マネキンの右腕で受け止める。右腕の繋ぎ目に強く引っ張られる衝撃が伝わった。右腕の中央まで小太刀の刃が食い込む。
レンの振り回した鉄パイプが天草の右側頭部にぶつけられた。左手に伝わるのは、石を撲った時と同じ衝撃だ。
天草は頭部の右半分を真っ黒に硬化させていた。左の口角が不気味に歪む。
そして、同じく硬化させた左コブシをレンの右胸に打ち込んだ。同時にレンは衝撃を少しでも逃がすために後ろに跳ぶ。
「っ…!」
一瞬、呼吸が止まった。喉の奥から生温かいものが込み上げ、吐き出す。
足下の血だまりを見下ろし、レンは不思議な感覚に包まれた。
(痛くねえ…)
「はは…っ。痛くねえ…!」
天草を早く殺したくてたまらないのに、気分が高揚する。
自分の身体ではないみたいだ。隣に、水樹が肩を並べているようだった。
(南さんを傷つけられたんだ…。兄貴も…怒るよな…)
漠然とした意識でそんなことを思った。生きているなら、水樹が直接殴ってやりたい相手だろう。
再び激突する天草とレン。
レンの中では、水樹は痛みに呻きながら戦いに集中していた。
「やめろ水樹!!」
「レンちゃん殺す気!?」
その背中に怒号を上げたのは森尾と華音だ。
水樹は「うるせえ!!」と一喝する。
「あの天草って奴、オレの女を弄ぶように傷つけやがった…! こっちが死んでるからっていい気になりやがって…!!」
これほど怒り狂った水樹は目にしたことがない。
「オレが完全にレンの体を乗っ取れるなら、オレ自身があいつに復讐してやるのに…!!」
もどかしい思いに、水樹は苦し気に自身の胸の中央を握りしめた。
怒りの炎に燃やされ、身を捩るようだ。
「水樹…」
「……………」
華音は黙ったままつかつかと水樹の背後に近付き、「ちょっと!」と声をかけて振り向かせる。
「邪魔す…」
ゴッ!
邪魔するな、と言いたかったが、股間を襲う衝撃で言葉が詰まり、その場に倒れた。
華音が水樹の股間を蹴り上げたからだ。
体の中心からバラバラになりそうな痛みに水樹は悶えた。
「か、華音…」
(一応ソコにも痛みはあるのか…)
一部始終を見ていた森尾は顔を真っ青にして震える。
「バカじゃないの!? レンちゃん死んじゃったら華音達も消えるっつってんでしょ!! ほら健ちゃん、行くよ!」
「あ、ああ…」
レンに異変が起こった。
「っっあああああああっ!!」
先程まで感じなかった痛覚が突然息を吹き返したように、レンの身体を巡る。一気に襲ってきた痛みにレンは耐え切れず叫んだ。
天草は何事かと一度動きを止める。
(なにが…)
次にレンと目が合った瞬間、天草は華音を見た。レンと意識が反転したのだ。
「頭、吹っ飛ばしてあげる♪」
鉄パイプを握りしめたまま、人差し指がこちらに向けられる。
同時に天草は小太刀を鞘に収めた。
「!!」
予想外の行動に驚愕する華音。
音波を放って爆破する前に、爆破対象の刀身を隠されたことで能力を発揮することができない。
天草が踏み込み、硬化させた右コブシを振った。
「きゃ!!」
華音が委縮したことで、天草のコブシは鉄パイプに当たり、華音は後ろに吹っ飛んで砂利の地面を転がる。鉄パイプも手放してしまった。
「う…っ」
レンの意識は混濁状態だ。一度落ち着けというように押し込められたレンは、少し離れた場所から、自身の代わりに満身創痍となった華音の姿を見た。
(華音…?)
「華音! 替われ!」
鋭く発したのは森尾だ。
(森尾…)
華音から森尾へ意識が交代する。
生身の身体を一時的に得ることでその体が負った傷の痛覚に襲われるも、森尾は半身を起こしてこちらに近付く天草に向けて左手を振り上げ、カマイタチを飛ばす。
縦に飛ばされた三日月型の風の刃を見切り、天草は余裕の笑みを浮かべたまま、わずかに身体を反らして避けた。
「誰を相手にしていると思っている…。“欠片持ち”だぞ。おまえ達のことは見えている…。2度と不意打ちができると思うな…。ああ…、不意打ちくらいしか出来ないのか…。その身体では、わずかな時間でしか元の能力(ちから)を存分に振るえないのだから……」
「く…っ!」
森尾はふらつきながら立ち上がり、左手で何度もカマイタチを飛ばすが、天草は歩を進めながら軽々とそれらを避けていく。
「お守りはほどほどにしておけ。貴様ら…北条の身に囚われた亡霊に出来ることなど、なにひとつない…」
淡々と言って、天草は森尾に接近して鞘に手をかけ、小太刀を引き抜いた。
居合いだ。刃先がその喉を掻き切ろうとする。
バシュッ
刃先が消えた、というより、粉砕された。
「!」
周囲に浮かぶのはシャボン玉だ。
「やっと見つけた」
その声に、レンの意識が一気に引っ張り上げられる。
天草もそちらに振り向いた。
石段を上がってきたのは、由良だ。
「由良…」とこぼすレン。そこで、雨脚が弱まっていることに気づいた。
「由良匠か…」と天草は内心で舌打ちし、一度後ろに跳んで距離を取って身構え、シャボン玉がぎりぎり届かない範囲を見極める。
防ぎきれなかった鉄パイプによる打撲と、放電によって焦げた肌と服の臭いに眉を顰めた。
由良は天草の動きに気を配りながらレンに声をかける。
「ミナミに道聞いたのはいいが、ちょっと出遅れちまった…」
それを聞いたレンは、部屋で横たわっていた南の姿が脳裏をよぎり、はっとした。
「南さんは!?」
「心配すんな。今頃、自分の病院に運ばれてるはずだ。あいつ思ったよりタフ」
そのしぶとさに驚かされたくらいだ。
レンはホッと胸を撫で下ろす。気のせいか、さらに奥で荒ぶっていた心も落ち着いたように思う。
「……………」
こちらを見据える天草の視線に気づき、レンと由良は同時にそちらに振り返った。
「あいつがおまえが言ってた、天草って奴?」
「……そう…。さっきは助かった…。ありがとな…」
「おお、感謝もできるのか、大人になったなー。てっきり「手ェ出すな」って怒られるかと思った」
後ろ近付き、すっかり濡れたレンの頭部を撫でる由良。
「いちいち一言二言多いんだよてめーは…」と顔をしかめるレンは、ペチ、とその手を軽く叩いた。
「……さっきから…身体が…自分のものじゃないような…。……いや、この感覚は何度もあった…。森尾…、華音…、あと……」
湖の戦いの時、軍事施設の脱出時、海で広瀬と対面した時、もう気のせいで片付けられることではない。意識がぼんやりするたびに見えない何かに助けられているのだ。その正体も、本当は見えている。
「……………」
由良の表情が一瞬真顔になる。レンはそれを見逃さなかった。
「由良、なにか知って……」
天草はじっとレンを見据える。
レンの傍には由良だけではない、水樹、森尾、華音が守るようにレンに寄り添い、こちらを睨んでいた。レンの身に囚われている、と口にしたものの、彼らがそれを思ったところでレンを恨むわけがなかった。
(くだらない…)
茶番だ、と一笑する。
そして、自身でも驚くほど憤っていることに気付いた。
「……全員でかかってきてもいいぞ」
「あ?」
レンの片眉がつり上がる。違和感を覚えた。
(全員…?)
構わず天草は挑発的な笑みを浮かべ、壊された小太刀をいったん鞘に収めた。
「目障りだ」
“心臓の欠片”がある自身の胸の中心に手を当てた時、その瞳が妖しく光る。
どくん
天草の心音に共鳴するように、大気が震えた。
レンは目を見張る。
(な…、なんだ…?)
空気が薄くなった気がして、息苦しい。
能力者の瞳は何度も見てきた。
だが、今の天草は、今まで見てきたそれとはどこか違う。
目を合わせただけで、冷たい手のひらが心臓をつかみ、トマトのようにブチュリと音を立てて握り潰されそうになる。
「北条。貴様の心、私が粉々に砕いてやろう」
同時に、レンの全身が総毛立った。
神社の周りの木々で眠っていた野鳥が全て目覚め、不気味な鳴き声とともに飛び去る。
天草は先程とは違う威圧感を放っていた。
(これは…、まるで……)
由良も息が詰まりそうだった。そこで、既視感を覚える。
思い返すのは、あの視線。こちらを尊大な目で見下ろす、幼い子どもの皮を被った得体のしれない存在。
肌が一気に粟立ち、額から冷たい汗がどっと流れた。
「逃げるぞ…、レン…」
「え…」
震えるその声に、レンは思わず由良に視線を移す。
由良は目が離せないといった様子だ。
警告の言葉を続ける。
「あいつ…、かなりヤベえ…!」
ヘビに睨まれたカエルとは、まさにこのことだ。
天草は不気味な笑みを浮かべる。
この場に存在する命を、全て八つ裂きにする気だ。
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