43:どちらだ?
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雷鳴と共に雨が一気に降り出した頃、レンと由良は急ぎ足でマンションへと駆け込んだ。
「はぁ~、濡れた濡れた」
由良はぷるぷると頭を振って濡れた髪の水を払う。傍にいたレンは「犬か」と由良が払った水滴が頭にかかり眉を顰めた。
空を見上げれば曇天が微かにピカピカと光り、数秒後に雷鳴が轟く。
雨脚はまだまだ強くなりそうだ。
「のんびり歩いてたら、あっという間だったな…」
そう言いながらレンはシャツの裾を片手でつかみ、絞ってできるだけ吸水した水分を出す。
「南さんのところから傘借りてくればよかった…」
「こんだけ降ってたらあんまり意味ない気も…へっくし!」
耐え切れず由良がくしゃみをした。
鼻を啜る由良を見上げ、レンは「帰ったらすぐ風呂だな」と苦笑する。
「今夜は出かけられそうにないな…」
由良の呟きが引っかかり、いい機会だと思ったレンは躊躇いがちに尋ねた。
「出かけるって…、おまえいつもどこに行ってんだ?」
自然に聞いたつもりだったが、声に緊張が纏わりつく。
由良は「ん―――」と視線を上げて考える仕草をしてから、レンに顔を向けて意地悪な笑みを浮かべ、舌を出した。
「ナイショ♪」
「な…っ」
(内緒にされた…!)
ガーン、とショックを受ける表情が露骨に出てしまい、由良は「ギャハハ」と笑いながらレンの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「安心しろ。女遊びはしてねえ」
「ぅぐ…っ。どーだか! べ、別にあたしは気にしないし…」
「ウソツキー」
心配事を言い当てられてしまい、レンは思わず強がって言い返した。
茶化されて言われるといまいち信用できない。
階段を上がって片廊下を渡り、302号室の前に着く。
鍵を差し込んだレンは「あれ…?」と首を傾げた。
「どうした?」
「鍵が開いてる…。ちゃんと閉めたのに…」
レンは鍵をかけてから一度ドアノブを引っ張る癖がある。しっかり戸締りができたかの確認だ。
「由良、病院に来る前にここに帰ってたか?」
「いや…。…ミナミじゃねーの?」
「そっか。あの人、たまに閉め忘れることあるよな…」
こちらに来る時、南は車を使う。
今日はゆっくり徒歩で帰宅したため、あとから病院を出た南が先に到着したのだろう。302号室の合鍵も持たせたままだ。
ドアを開けて玄関を見ると、南の靴が並べられていた。
「やっぱり来てる…」
「暗くね?」
それに静かすぎる。自分の家なのに、薄気味悪く感じた。
先に中へと足を踏み入れた由良は、充満する鉄の臭いに顔つきが変わる。
(血の匂い…)
異様な空気を察し、少し警戒しながらレンより先に廊下に上がった。
「由良、足拭いて」とレンが声をかけると同時に、由良のつま先が何かに軽く当たる。
「!」
視線を落とした由良は、壊れた赤い眼鏡を見つけ、拾い上げた。左のレンズは割れ、フレームの部分がへしゃげていた。
「レン…」
一度下がった由良は、前方を警戒しながらレンに声をかける。
「!」
声を落とした由良に、レンも警戒心を身に纏った。
「それなに…、!?」
由良が拾い上げた眼鏡に、目を見張る。
言葉を失ったレンを背中で察した由良は、周囲を警戒しながらゆっくりと廊下の電気のスイッチに手を伸ばした。
カチッ、と電気を点けた瞬間、レンと由良は同時に息を呑む。
壁や床の至る所がいたずらに切りつけられ、血飛沫が飛び散っていた。廊下には何かを引き摺った血の道がある。
凄惨な現場に、由良は侵入者の残忍さを窺った。
(“仲間”の気配はねえが…、こいつは…)
人間の仕業とは思えなかった。
由良は壁の疵を指でなぞり、鋭利な刃物を想像する。
「これは…刀疵みたいだな…」
一般の包丁や刃渡りの短いナイフでは出来ないものだ。
瞬間、レンの脳裏に、小太刀を構えた天草の姿が浮かぶ。
「南さん…!!」
由良が動いたことをきっかけに、レンは飛び込むように慌てて土足で廊下へ駆けあがり、ドアが開けっぱなしのリビングへと走る。
電気を点けると、こちらは廊下以上に荒れていた。
ベランダの窓ガラスは割れ、テーブル、椅子、ソファーは破損し、皿やカップの破片が床に散らばっている。写真立てのガラスも無残に割れていた。わざと散らかしたようだ。
床には見せつけるような血の跡が目立つ。
レンは表情を険しくしたまま必死に南を探した。
両親の部屋、ベランダ、水樹の部屋、そして、血の道が続く自身の部屋へ…。
「南さ…」
レンは絶句する。
部屋のベッドには、血まみれの南が腹を抱えるように横たわっていたからだ。
弄ばれたかのように体中切り傷だらけで、痛々しい姿だ。
その南の背後の壁には、南の血で書かれたであろう血文字があった。
“――――神社で待つ”
ドクン、と自分の心臓と、あるはずのない2つ目の心臓が同時に大きく跳ね、目の前が真っ赤になり、気が狂いそうなほど全身が熱くなる。
由良は南に近付き、その半開きの口元に耳を近づけた。
弱弱しいが、微かに息をしている。
「おい、こいつ、まだ息が…」
「由良…、悪い…、おまえが…救急車呼んでくれ…」
バチッ、バチッ、という鋭い音に伴い室内が発光する。レンの身体が青白く光っているからだ。
「今、電子機器に触れたら…壊れる……」
声を震わせるレンは、見るからに己を抑えることが不可能な状態だ。
漏れ出る電流に、近くにいる由良の肌がわずかにぴりつく。
「レン…」
「ブッ殺してやる…」
「!?」
その声は、水樹の声だ。
由良の目には一瞬、目を血走らせ怒りの形相を浮かべる水樹の姿が映った。
「ミズ…」
「あいつだ…、あの女……」
かと思えば、レンの声と姿に戻る。
「天草…」「よくも…」「殺してやる…!」「許さねえ…!」
レンと水樹の唸り声が交互に聞こえた。
入り混じる様子に危うさを感じた由良は、レンに手を伸ばす。
しかし、指先が触れる前に、殺気立ったレンは部屋を飛び出し、ベランダの方へと駆けて下へと飛び降りる。3階の高さだが、能力者には関係ない。
「レン!!」
由良は声を張り上げたが、タイミング悪く、雷鳴に搔き消された。
「クソッ、電話電話……」
先に南を助けなければ。このまま放置すれば出血多量で死んでしまう。
人間とはいえ、こちらに拠点を置いてからも随分と世話になった。見捨てるほど由良も冷酷ではない。
南が着ている、いまや血塗れとなった白衣のポケットを探ると、案の定、携帯電話が入っていた。
「!」
救急車の電話を押そうとした時、いきなり手首をつかまれて驚く。
同時に、何かがコッと音を立てて床に落ちた。青色のホッチキスだ。
「ゆ、由良…く……」
血を吐き出しながら、南が振り絞るように声を出した。
「びっくりした…。意識あったのか…。出血もヒドいってのに…」
「応急処置…したから…」
南は自身の着ているブラウスの裾を捲り上げ、応急処置を見せつける。
横に切り裂かれた腹部は、ホッチキスの針で数ヵ所留められていた。麻酔もない状態でかなり痛かったはずだ。それでも内臓が零れるよりはマシだろう。
由良は思わず「うお…」とわずかに仰け反る。
「あとで…ちゃんと消毒して、無菌のもので縫い直さないと…」
由良の手から携帯電話を取り戻した南は、「絶対ややこしくなるから、自分でかける」と携帯電話の中の電話帳を開いた。
(タフすぎるだろ…。こいつ本当は能力者じゃねーの?)
怪訝な目を向ける由良に、南は「なにやってんの!」と声を上げる。
「あたしのことはいいから…、レンちゃんを追って…! 早く…! やばい奴に狙われてるの…! あいつ…、人間じゃなかった…!」
由良は冷静に内心で、だろうな、と思うだけだ。
(オレも、レンも、人間じゃないけどな…)
「―――だったら、相手が指定してきた神社に行く道だけ教えてくれ。このへん土地勘ねえんだよ」
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