40:帰ってみる
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ジャスパーは、昔の夢を見ていた。
街のはずれにある、一般人も滅多に近付くこともない、あの場所。
ジャスパーの住処だ。
他のスラム街より一際汚く、野良猫のたまり場のような場所だった。
そこにいつの間にか存在していたルールさえ守れば、住み心地も良く、争い事も少なかった。
集まる人間は、親や世間から捨てられた人間ばかり。
ジャスパーも、幼いの頃に親に捨てられ、そこで育った。
面白半分で来る観光客から金を巻き上げ、腹がすけば街に出て食料を盗みに走ることもあった。
(【なんでもやった。仲間も良い奴らばかりだったし、恋人のシイラもいたから楽しかった】)
しかし、2年前の第一の集団自殺事件ですべてが変わってしまった。
集中的に“アレ”がスラム街に降り注ぎ、自殺した人間も続出し、ジャスパーと、他の仲間は能力者になった。
結果、生まれてしまったものが、殺戮の日々。
力のない人間も力のある人間も、能力者になったことで、それまでの均衡が一気に崩れた。
陰で募らせていた不満が爆発したのか、仲間同士の殺し合いも次々と起こった。
今まで敵わないからといって下にへりくだっていた人間の逆襲、抵抗する人間、街に出向いて復讐を果たそうとする人間、止める人間。
いつの間にか、2つのグループに分かれ、戦争紛いなことになってしまった。
2ヶ月にも満たない短期間のことだった。
ジャスパーは普通の人間が多い、弱者側のチームについた。
能力者はジャスパーと、杜多(トダ)という日本人の血が混じったハーフの男と、昔からつるんでたジャンという男の3人だけ。
なぜ、ジャスパーが弱者のチームについたか。シイラがいたからだ。
あの日、トダから『【シイラがつれていかれた】』と聞かされ、急いで指定された場所へと向かった。
『【ジャスパーひとりでこい】』とのことだった。
その日の天気はよく覚えている。
黒と灰色の雲で、なのに、降り注ぐ雨は優しかった。
まるで、油断をさせるように。
ジャスパーが指定された場所に行っても、相手はいつまで経っても現れなかった。
10数人の能力者集団。
静かすぎた。
胸騒ぎを覚えたジャスパーは、すぐにアジトへと帰った。
アジトには、誰もいなかった。
残っていたのは、大量の血液。
アジトを飛び出し、闇雲に走りまわり、仲間を捜した。
そして、捜し回って間もなく、大切な仲間はゴミため場に捨てられていた。
無残な姿で。中には、幼くか弱い子供まで転がっていた。
ジャスパーにいつもくっついていた子共もいた。
そして見つけた、シイラの死体。
裸に剥かれて死んでいた。
絶望を覚えると同時に、雨が突然、無慈悲に大笑いするように強く降ってきた。
血の臭いとゴミの臭い。
慣れたはずの臭いが鼻をつき、吐き気が込み上げ、耐え切れずにその場で嘔吐する。
(【全滅…】)
『【ジャン…ッ、マイク! トーマス!】』
ひたすら叫んだ。
誰か生きていないのか、と。
『【…ジャス…パ……】』
『【!!】』
絞り出すような声が聞こえ、死体を掻き分けて声の主を捜した。
ジャンだ。
ジャンが死体の山に埋まっていた。
『【ジャン!】』
力任せに死体の山から引っ張り出すと、ジャンは両脚と右腕が弾け飛んでる。
小さくなった体を抱き抱え、ジャスパーは必死に呼びかけた。
『【しっかりしろ! なにがあった!? なんで全滅してんだ!?】』
ジャンはか細い声で答える。
『【……あ…いつ…、あいつが…っ、トダが…っ】』
『【トダがどうした!?】』
慌てて辺りを見回したが、トダの死体が見当たらない。
つれていかれたのだろうか。
しかし、ジャンの口からとんでもないことを聞かされる。
『【……裏……切り……】』
『【!?】』
ジャスパーははっとした。
(【オレを誘導したのは誰だった…?】)
トダだ。
シイラはここにいたのに。
気付けば、ジャンの呼吸が止まっていた。
冷たい雨の中、目元の熱を感じ、涙が流れた。雨と混じり、血だまりの中に落ちる。
恐怖心は感じなかった。
激しい怒りで頭がうまく回らない。気付いたら、アジトに乗り込んでいた。
崩れかけの廃墟の建物に囲まれた広場。
廃墟の建物から、ジャスパーを複数の目が見下ろした。
ひとりでなにができるのかと嘲笑っている。
能力者になるまで仲が良かった人間ばかりだ。
今のジャスパーは、そんな過去はどうでもよかった。
目の前の2階建ての建物から誰かが窓から飛び降りて着地した。
トダだ。
このスラム街の中で最年長の人間。そろそろ50に入る年齢だった。
『【なんで裏切った、トダァ!! なんでそっちにいんだよ!!】』
怒りに任せて吐き捨てると、トダは嘲笑の笑みを浮かべながら当然のように言い放つ。
『【なにリーダー面してんだ、ジャスパー。簡単な話だ。疲れたんだよ、オレは】』
『【なに!?】』
『【オレなりに真面目に考えて導き出した結果だ。わざわざ、たかが人間を守ってなんになる? なんの価値がある? 守っても守っても結局は誰かが死ぬ。それならもういっそ0にして、付く側を変えた方がいいってな】』
ジャスパーは耳を疑った。
これが、あの温厚で全員を引っ張っていたトダの本性なのか。
能力者は、突然、人の人格まで変えてしまうのか。
『【あんた、なにがしたいんだ? あれだけ、「もう一度人間に戻れればなぁ」とか言って、人間であることに執着してただろ!「またみんなでやり直したい」って……】』
『【だからおまえはガキなんだよ、ジャスパー】』
『【!】』
『【能力者はもう人間には戻れない。もうやり直せない。再生できなくなるくらい粉々に砕け散っちまったんだよ、完全に。塵よりも細かくな】』
トダは疲れていたのかもしれない。
引っ張るのはやめて、相手の流れに任せたくなったのかもしれない。
(【トダは飽きたんだ、前の自分に。壊してしまったんのだ、前の自分を】)
トダは言葉を続ける。
『【シイラは残しておきたかったが、あいつは自分で死んだ。舌を噛み切ってな。詳しく教えようか?】』
カッとジャスパーの全身が熱くなった。
同時に、両手の手首を皮膚を突き破り骨の刃を伸ばす。
『【トダアアアア!!】』
トダの能力は、“粉砕”。
手に触れたものすべてを内側から砕く。
ジャスパーが切りかかり、トダは紙一重で屈んでかわし、ジャスパーの懐に潜り込んだ。
『【!】』
両手を伸ばし、ジャスパーの両脚の太ももに触れる。
ジャスパーはすぐに後ろに飛んだが、間に合わなかった。
バァンッ!
『【が…っ!】』
左脚が内側から粉砕され、皮膚から血が噴き出し、その場に倒れて呻き声を漏らす。
『【う…っ、ぐ…っ】』
観衆は下卑た笑い声を上げた。
トダはジャスパーに近付き、凍てついた目で見下ろす。
『【ははははっ、脆い! 脆いなぁ!】』
右足の爪先でジャスパーの顔を蹴り上げた。
間違いなく、ここにいるのは、あの頃のトダではない。
ジャスパーは確信を得て、右手を握りしめてコブシを作り、地面に叩きつけて能力を発動させた。
ドドドドドドッ!
『【がはっ…!?】』
トダの足下から8本の太い骨の刃が飛び出し、トダの体を貫いた。
骨を伸ばし、地面の下でトダ目掛け屈折させたのだ。
骨を一度縮め、再び手首から発動させて杖のようにし、それを支えに立ち上がる。
『【脆ぇんだよ、おっさん】』
地に伏した穴だらけのトダの亡骸に唾を吐いた。
そのあと、周りを見回し、観衆に向かって言葉を放つ。
『【皆殺しにしてやる…!!】』
だが、ジャスパーが手を下すまでもなかった。
観衆がいきなり、その場で自殺を始めたからだ。
『【…!?】』
ある者はそのまま建物の屋上から飛び降り、ある者は自身の能力で死に、ある者はその場に落ちてあったガラスの破片などを拾って自分の喉を掻っ切った。
これが第二の集団自殺事件と知ったのは、そのあとの話だ。
「あ、やっと起きた…」
「【……お迎えか? 天使ってやっぱり美人なんだな】」
「寝言喋っとんやったら、どついてもっかい寝かせたろか」
覗き込んだアンジェラの顔が呆れている。
天草に刺されて崖から落とされたあと、溺死しかけてたところをアンジェラに助けられ、近くの安ホテルに運ばれた。
偶然にしては発見が早かったので、桟橋で別れてからも気にされていたと察する。
あれから数日が経った。
目が覚めて上半身を起こすが、ベッドから出る気にはなれなかった。
傷はもう完治しているのに、どこかズキズキと痛みを感じる。
何度も昔の夢を見た。
「……動く気にはなれんか?」
朝食をトレーに載せて運んできたアンジェラに気付く。
アンジェラはトレーをテーブルに置き、ジャスパーの脇に立って見下ろした。
「いつまでそこにおるつもりや? そろそろ臭ってきたで。せめてフロには入らなあかん。ウチが迷惑や」
(【姑みたいにうるさい女だな…】)
口にしたら本当にどつかれそうなので言わない。
「【2度目なんだよ】」
「?」
「【2度目…、なんだ…】」
(【昔の仲間の代わりだと思って勝又のおっさん達についていったのに、また裏切られてしまった。あのまま殺されてもよかったのかもしれない。なんでオレばかりこんなに苦しまなきゃならないんだ…。レンセンパイもユラセンパイも同じ目にあってるはずなのに…、ずるいじゃないか】)
アンジェラがこちらをじっと見つめる。
憐れんでいるのか、呆れているのか、ジャスパーにはわからない。
自嘲の笑みを浮かべ、ボソリと言った。
「【……もう、ほっといてくれ…】」
スパアンッ!
「【!!?】」
かなりきつめのビンタを食らってしまった。
首に痛みを覚え、アンジェラを睨みつける。
「【突然なにす……】」
「ちゃうやろ!!「ありがとうございました!!」やろ、そこは!!」
「【は、はあ?】」
勢いに気圧されかける。
アンジェラは声を荒げて捲くし立てた。
「わからんやっちゃなあ! 気合いや、気合入れたんや!」
「【気合…】」
思わず小さい声が出る。
「いつまでもうっとうしゅうてかなわんわ! ウチはあんたの世話係ちゃうねんぞ! ウジウジするくらいなら、いっそ蛆虫になってまえ!!」
『【うじむし…】』
酷い言われようだ。
だったら勝手に出ていけばいいだろ、と言いたいところだが、先程のビンタが効いたのか、ジャスパーの頭の中がすっきりしていた。
フッと笑い、毛布を捲る。
「【ありがとうございました】」
(【もう一度、アキと話をしよう…。戦ってでも止めるしかないんだ…】)
自分に何ができるのか、考えるのは後にすることにした。
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