39:これから
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
朝を迎え、天草達が宿泊しているホテルの一室の窓から、朝日が差し込む。
天草はベランダに出て、眩しい光に目を細めた。
ジャスパーをこの手にかけてから、一睡もしていない。
(ジャスパーが裏切るとは意外だった…。だからといって、始末するのは早まったか…。それとも…これも、勝又様の計画の内なのか…)
仕方のないことだ、と言い聞かせる。
(今、使える仲間を引き抜かれでもしたら、お困りになるのは勝又様だ。そう、全ては勝又様のため…。……いや、もうひとつは、自分のためだ)
単純に言えば、情が移らないためだ。
躊躇いが生まれてしまうのを恐れた。
(この調子で、ただ己の使命を全うすればいい…。それが私の生き方。それが私の意味。たとえ、“欠片”を御霊に差し出すことになろうとも、それが私の宿命。それで勝又様のためとなるならば、私は喜んで自分の運命を受け入れよう。ジャスパーは愚かだ。お父様は愚かだ。この喜びが理解できないのだから…)
歪んだ笑みを浮かべた時だ。
「天草さん」
「!」
振り返ると、パジャマ姿の恵が立っていた。
大きい牛乳瓶を抱えている。
「ジャスパー、どこへ行ったか知りませんか?」
「……勝又様のところへお戻りになったと思います」
笑みを作り、恵に向けた。
恵は「え―――」と声を出して肩を落とす。
「元気なさそうだったから、大好きなミルク買ってきたのに―――」
不意にチクリと天草の胸が痛んだ。
「戻るのはいつトカ、聞いてナイのか?」
恵の背後に、風呂上がりで首にタオルをかけたミケーレが近寄って声をかけた。
天草はなんでもない顔をして首を横に振り、「まったく、勝手がすぎる男だ」と呆れたふりをする。
恵とミケーレはジャスパーのことを話しながら、部屋へと戻っていった。
天草は海の向こうを眺め、ぽつりと呟く。
「本当に、勝手がすぎる…」
(黙っていれば、命を縮めなかったものを…)
あの日の夜、ホテルに戻ると御霊が待っていた。
御霊が笑みを浮かべながら天草を見つめる。
“心臓の欠片”を差し出す覚悟はできている。
“心臓”がどこかへ消えた、と聞いた時からだ。
いつ、「“欠片”を渡せ」と御霊の口から発せられるのかと、御霊の瞳を見つめながら待っていると、御霊の口がようやく開かれる。
『安心しろ。おまえは最後と決めている』
「え」と天草が言うと、御霊は背を向け、「出かけるぞ」と言った。
(間抜けな顔を晒してしまったのかもしれない…)
御霊を背負い、目的地へと真っ直ぐに向かって走る。
その時、耳元で囁かれた。
『天草の“欠片”は、私が“心臓”を手に入れたその時に、もらう』
(……さしずめ私は、料理で言うとデザートに値するのだろう。ならば、今から御霊殿が食べるものは、前菜だ。いずれは、勝又様も…)
目的地の軍施設に到着した。
ここに、同じ“欠片”の持ち主がいるのだ。
監視カメラを難なく潜り抜け、基地内に侵入する。
施設を目前に、御霊に「おろせ」と命令され、言うとおりにその場に下ろした。
『私から、逃れられると思っているのか…』
不気味な笑みを浮かべる御霊に戦慄を覚える。
(ダン・フリードキンもとんだ愚か者だ。御霊から逃れる術などない…)
こんな逃げ場のない場所に身を潜めていると思うと、本当に逃げているつもりなのか、と鼻で笑ってしまう。
逃げ場所がないことくらい、わかっているというのに。
御霊が先導し、堂々と入口から入っていく。
天草はただ、その後ろについていくだけだ。
邪魔する者は、天草が血に沈める。
扉を開けると、暗い部屋の中でうなされながら眠っていたフリードキンは、気配を感じ取り、目を覚ました。
体を起こそうとしたところで、瞳に映った御霊に動きを止める。
『【“御霊”…】』
御霊がベッドの傍らに立ち、笑みを浮かべながらフリードキンを見つめる。
そのすぐ傍で、天草は腕を組んでフリードキンを見下ろした。
同じ運命をたどるだろう、フリードキンがこれから御霊にされることをこの目に焼き付けるために。
そこでようやく理解した。御霊が天草の同行を命じた理由。
(これは、見せしめだ…。自分の逃れることができない宿命を…)
人間はいずれ死ぬ。
なのに、それが理解できてないかのような余裕を見せる。
しかし、「おまえは今すぐ死ぬ」と宣告された人間はどうなるのか。
今まで死ぬことに余裕を見せていた者は普通ではなくなるだろう。
怯え、どうやって死ぬのだと狂う者もいれば、その死から逃れようと必死に抗う者もいるに違いない。人間は知らないことを恐れる。
天草は正直、御霊がひとりで待ち構えていた時は、怯えを隠すのに必死だった。
覚悟はできていたというのに。
死を目の当たりにする、というのはまさにそれだ。
御霊は天草にとって、“死”そのもの。
目の前のフリードキンも、それを目の当たりにして、ガタガタと身震いしている。
御霊は笑みを浮かべたまま、人差し指を舐め、子どもがねだるように言った。
『“心臓の欠片”、ちょうだい』
『【あ…】』
フリードキンは涙を浮かべ、顔に笑みを貼り付けてこくりと頷く。
天草は、その先も目を逸らさず、フリードキンの最期を見届けた。
そして、己の未来を知る。
次に御霊が唐突に“欠片”を求めても、怯えることはないだろう。
そこで、ああ、と気付いたことがあった。
ジャスパーも、自分達がどうなるかわからなかったから、あんなに喚いたのだと。
(これを見せつければ、ジャスパーも「しょうがないだろう」と納得したのかもしれない…)
小さな後悔が生まれたが、もう遅かった。
ジャスパー、ミケーレ、ルドガー、ハン、そして恵とアジトで過ごした2年の日々が脳裏を過ぎ、ヒビ割れる音を聞く。
(勝又様が望むのならば、私自ら全てを壊そう…)
改めて誓いを立てる。
その為に今まで生きてきたのだ。
たとえ情が移った物でも、人間でも、主の一声で自ら壊す。
それが天草の理だ。
.