39:これから
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ホテルに戻ってきたレンは、脱衣所で着替えようとする。
ズボンはともかく、左腕だけの着替えや脱衣はまだやりにくかった。
「もういっそオレみたいにツナギにするか? 下から着るから楽だぞー。ボタンじゃなくてチャックだし」
「そこまで苦戦してるわけじゃねーし…。つーか、こっち入ってくんな! ナチュラルにいるんじゃねえ!」
「はーいバンザーイ」とレンの脱衣を手伝う由良につっこみながら脱がされそうになる服を引っ張って抵抗するレン。
「なにを今更。真っ裸(まっぱ)の仲だろ」
「最低の言い方!!」
「アンジェラが下着も買ってたけど、ブラトップ付きの服が着やすいか。ホックないし」
新品のピンクのブラジャーと紐の下着を見せつける由良。
「着ねえよ! どこでそんなもん買ってきたんだあいつ!」と真っ赤な顔で拒否するレン。
「片腕だと風呂も入りづらいだろ。お兄ちゃんが手伝ってやる」
「遠慮すんな」と言う顔と手つきがやらしい。洗われるだけでは済まなさそうだ。
「練習してんだから邪魔すんな!!」
ポイッ、と脱衣所から追い出される由良。
「人の体は洗っといて!」
解せぬと言いたげな由良は、脱衣所の扉を爪でカリカリと引っ掻くが、向こう側からカギがかけられていた。
数十分後、シャワーを浴び、ルームウェアに着替えてタオルで髪を拭きながら脱衣所から出るレンは、ベッドに腰掛けてクッキー缶のクッキーを口にしながらスケッチブックに鉛筆を走らせる由良の姿を見て、自然と口元が綻ぶ。
「……さっき、どこ行ってたんだよ」
そのまま声をかけられ、不意打ちを食らったように表情を硬くした。
行先を告げずに勝手に出たのだ。気にしていないと思っていたが、意外だった。
「……太輔んとこ」
「あいつら、生きてたか?」
「…由紀恵さんが死んだらしい。広瀬に殺されたって」
由良の手が止まる。
「……………」
黙る由良の反応を窺いながら、レンは言葉を継いだ。
「挨拶するつもりはなかったけど、探し物してたら、太輔と鉢合わせしてさ…」
「探し物?」
由良の顔がレンに向けられる。
レンはサイドテーブルの引き出しを開けて回収した物を取り出した。
それを持って由良の右隣に腰掛け、由良の膝に置く。
パスポートだった。
「おまえのパスポート」
「おおっ。失くしたと思ってたんだ」
「別荘のベッドの下に落ちてた」
由良が別荘を訪れて絵を描いていた時にツナギのポケットから落ち、ベッドの下に入ってしまったようだ。
念のために探し回って良かったが、由良は「さんきゅー」とアメでも貰ったかのように喜ぶだけだ。
帰国するのに大事な必需品だというのに、反応が思ったより薄い。
「おまえ…、それなしでどうやって帰るつもりだったんだよ…」
「ハイジャック♪」
「……………」
肩を落とすレン。冗談なのだろうが、由良が言うと冗談に聞こえない。
そもそもプラットホームへ向かうのにシージャックしようとしたレンも人の事は言えなかった。
「……由良…、これから………」
(どうする…………)
「?」
目を合わせて名前を呼ばれたものの、口を開いたまま固まるレンに、由良は口にクッキーを咥えたまま首を傾げた。
レンは一度視線を逸らし、「その…」とどう言ったものかと言葉選びに悩み、渋い顔をして切り出す。
「し…、“心臓”がどこ行ったかわかんなくなったし…、そろそろ、一度…日本に戻ろうと思ってるんだ…、あたし…」
あくまで自身のこれからのことを告げるレン。
由良は、歯切れの悪そうなレンの態度に、怪訝に目を細め、咥えていたクッキーを咀嚼して飲み込んだ。
「それなら、オレも戻るか…。向こうでも“心臓”の情報は集められるわけだし…」
レンの肩が震える。由良の口から発せられる言葉に少し気を張っている様子だ。
それは由良にも伝わった。
「“心臓”…まだ追うのか? 死にかけたくせに…。つーか、死んでた……」
「そうだな…。こうしてしぶとく生き残ったからこそ、次こそはって気になっちまうよ。アレはそれだけの魅力がある…。レンはどうしたい? 追うんだろ?」
「……あたしは…、次こそ、アレを壊す」
自身に言い聞かせるようなレンの力強い声が震える。
“アクロの心臓”を突き付けられた時、抗いがたい欲望に支配されそうになった。由良と同じく、死んでもいいから手に入れたいという気持ちに。
華音の声が聞こえて一瞬の正気を取り戻し、壊そうと思ったが、爆破の対象はその向こうにいた広瀬だった。
イタチの最後っ屁のような攻撃だったが、おかげでその場を脱することができたのだ。
もう一度対峙したその時、同じ奇跡が起きるとは限らない。
「壊す…? ははっ。大きく出たもんだな。そもそもおまえ……」
一笑した由良だったが、言いかけて口を噤む。その先は口にしてはいけないことだと判断したからだ。
由良の言葉を待っていたレンだったが、「そっか…。やっぱり、目的が違うな…」と落胆した口調だった。
「……由良、アンジェラから旅費も貰ったんだろ? おまえだっていつでも日本に戻ることができるんだ…。日本どころか、ひとりでどこにだって行ける…」
由良の右腕にそっと触れ、言葉を継ぐ。
「ここ数日、おまえなりにあたしのこと気にかけてくれてるのはありがたいけど…、別にこの腕は、鎖じゃねえから。由良はいつも通り、由良の好きにすればいい。片腕でも、そこまで不便じゃねーし」
引きつった、精一杯の作り笑い。
「……………」
由良の眉間に皴が不愉快そうに寄った。鉛筆を一度置いてレンの頬を若干強めにつねる。
「痛い痛い痛いっ」
「描き甲斐のねえ顔しやがって。もうちょっと愉快な顔しろよ。おまえは意外とそういうの描くの上手いくせに」
「はあ!?」
「これ、アンジェラから貰った、レンが描いたオレの似顔絵」
由良がポケットから取り出したのは、お尋ね者用にレンが描いた由良の似顔絵だった。顔どころか全体像で描かれてある。
「!!?」
まさか本人に見られるとは思ってなかったのだろう、真っ赤な顔のレンは「わ―――っ!! 返せ―――っ!!」と慌てて取り上げようとするが、由良は右腕を上まで伸ばし、「ウヒャヒャ」と笑いながらひょいひょいとその手をかわす。
「こ…のっ!」
「お」
由良の眼前にレンの胸が迫った。飛びつくように由良を押し倒したレンは、今の状況に目もくれず左手を伸ばして似顔絵を奪取する。
「と、取ったど―――!」
奪取に成功して喜ぼうとしたが、由良の顔面を思いっきり胸で圧し潰していた。息ができない由良はレンの背中や腰をタップする。
「ギャ―――ッ!!」
はっとして新たに生まれた羞恥にレンは、水を掛けられた猫の如く、すぐに部屋の隅まで離れた。
「必死すぎ…」
起き上がった由良は、自身の顔に右手を当てながら「ノーブラ…」と呟く。
「お、おまえがさっさと返さないから…!」
レンは大事に折り畳み、自分のカバンに入れながら威嚇した。
「……見られたくなかったら破いて捨てりゃいいのに…」
「ヤだよ! せっかく描いたのに…!」
面食らう由良。深いため息をつき、苛立ちまじりに自身の頭をガシガシと掻いた。
「……………おまえのそういうとこが……」
「…?」
由良の拗ねるような顔を怪訝そうに窺うレン。
「……なんでもねーよ。おこちゃまはさっさと寝ろ」
「おこちゃまって…!」
あしらわれた言い方にむっとした。
そこで由良はいつもの意地悪な笑みを浮かべて「ああ、そうだったな~」とわざと思い出すように言う。
「オレがオトナにしたんだっけ? 相性も良かったし、いつでも……」
その時、由良はレンの背景に、怒り狂った雷神を見た。
パ―――ンッ!
数十分後、わずかに髪を焦がされた由良は床に胡坐をかき、手のひら形の腫れができた右頬を擦りながら、タオルケットもかけずにふて寝しているレンのスケッチをしていた。
顔をしかめて眠るレンからは、寝てる間に手え出したらブッ殺すぞオーラが醸し出されている。
(調子に乗り過ぎた…)
舌を出して、やや反省する由良。
似顔絵を取り出すまでのレンの様子を思い出す。
『おまえだっていつでも日本に戻ることができるんだ…。日本どころか、ひとりでどこにだって行ける…』
自分を誤魔化し無理している態度が気に食わなかった。
思い出したことでまた腹を立てる。
(こいつ…、できるだけ自分が傷つかない保険かけやがった…。オレがその気なら、自分が寝てる間にどこへなりと行けってか?)
『鎖じゃねえからな』
(つけた覚えも、つけられた覚えもねーよ。オレだって……。……オレ自身は…こいつと、どうなりたいんだろうな…。恩人ではあるし…、ほっとくのはさすがに薄情か? オレってそんな殊勝な奴だったっけ?)
胸の中がモヤモヤしてきた。鉛筆の先に不必要な力が入る。
落ち着かせるように、ビスケットを齧りながら考えた。
不意に、どこからか、パチッ、と火花が散る音が聞こえた気がする。
ふと、鉛筆を止めた。レンの顔が、描きにくい。
「あ?」
スケッチブックから視線を上げると、いつの間に起きていたのか、コブシを振り被ったレンがすぐそこにいた。
「!!」
ブンッ、と振られると同時に、由良は反射的に身を反らして回避する。
コブシの先が由良の鼻先を掠った。
レンの体はバランスを崩してベッドから落下し、床に肩をぶつける。
「クッソ…、ブン殴りにくい…!」「なにしてるんだ、落ち着け! レンの体だぞ!」「ひゃははっ、不意打ち食らわせようとしたくせに避けられてやんの~」
ひとりの体が、3人分の声で喋っている。どれもレンの声ではない。
しかしどれも聞き覚えのある声に、由良は「おお」と嬉しそうな顔をする。
「やっぱり、夢じゃなかったんだな。モリヲ、カノン、それから…レンの兄ちゃん…ミズキだっけ?」
あまり驚いていない由良の様子に、3人は目を丸くした。
「……ゆ、由良…、少し話しづらいかもしれないが…」
「ああ、モリヲ。気にすんな。ちゃんと…3人、見えてるぜ」
由良の目にはレンを通して、森尾、華音、水樹の3人が映っていた。
水樹が意外そうな声を漏らす。
「……そういうのは、“心臓の欠片”持ってる奴だけかと…」
「オレが一度“そっち”に入ったってこともあるんじゃねーか? 認識次第なのか…面白いな…。これがレンの能力(ちから)ってわけ? ただの“電撃”じゃないとは思ってたけど…」
「……………」
まじまじと眺める由良に、先程の怒りはどこへ行ったのか、水樹は呆気にとられてしまう。変に騒がれず、話が早くて正直助かるくらいだ。調子は狂ってしまうが。
思いついたように膝を叩いて立ち上がった由良は、テーブルから零れ落ちるくらいに積み上げた菓子類の中から、ドーナツの入った箱をつかみとって戻ってきた。
「まあ、お互い、積もる話もあるだろ…。ドーナツ食べるか?」
顔の前に突き出されたドーナツの箱に、水樹は心を揺さぶられる。
「……イチゴはあるんだろうな?」
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