37:拝啓、神様へ
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“アクロの心臓”を目にしてしまい、その場にしゃがんで泣いている奈美は、何度も何度も涙を拭っていた。
「な…、なんでこんなに…!?」
ついには耐えきれず、わあっと幼い子どものように大声で泣き出してしまう。
由紀恵は奈美に近寄り、その場に両膝をついて奈美の肩に触れた。
「とってもいいものだからよ。狂おしいほどにね…」
その言葉は、太輔が記憶喪失の時にトレーラーハウスの前で言った言葉だ。
「奈美さんには、どう見える?」
「……懐かしい…っ」
「失ったもの…。欲しかったもの…。私達にはそんなふうに感じられる。だから、手を伸ばしたくなる…。死んでも欲しくなる…」
奈美ははっとして、太輔を見上げた。
太輔の横顔を窺うと、太輔は悲しそうな顔をしていたが、他の能力者と違って涙を流してはいなかった。
それどころか、目を逸らしていた。罪悪感を感じているように。
「……叶は、なぜ平気なの…?」
奈美が涙を拭いながら由紀恵に尋ねると、由紀恵は気の毒そうに答える。
「平気じゃないわ。…でも、太輔はアレに縋ってはいけないと思ってる」
「え…?」
奈美が首を傾げていると、由紀恵はじっと太輔の心を見据えた。
(たぶんあの子には、アレが、自分が死なせた両親に見えている。だから“心臓”に縋れない)
太輔の失ったものと欲しかったものは両親だ。
しかし、罪悪感が優先され、安易に手を伸ばすことができないでいる。
(やっぱりこの子なら、使える…)
確信した。
“器”にふさわしいのは、広瀬でもレンでもない、太輔だと。
「……………」
“アクロの心臓”から目を逸らし、茫然としている太輔を見て、由紀恵はほくそ笑んだ。
これ以上の適合者はいない。
「…“器”になれる……!」
「なんで叶なんですか!」
由紀恵が驚いて顔を向けると、涙を拭って奈美は声を荒げた。
「叶じゃなきゃダメなんですか!?」
「知ってたの…」
由紀恵は一度目を逸らして呟いたあと、再び奈美と目を合わせ、太輔について語る。
「……太輔は特種なの。……初め、あの子に違和感感じなかった?」
「……っ」
ぐす、と鼻を啜り、奈美は初めて会った時の太輔を思い出しながら口にした。
「……まるで、能力者の自覚がなかった…」
「あの子に落ちてきたものはね、とても小さかった。元々小さかったものが“心臓”を手にしても、溢れて弾けはしない…。広瀬雄一もそう…。北条さんも…。当時勝又のもとにいた北条さんは、穴の深さと元々の能力(ちから)のことも相まって、“心臓”の“保管”も可能だと思われたけど、洗脳しようにも、彼女の体にはすでに“水樹(守る者)”がいたから迂闊に手は出せなかった…。だから優先的に広瀬雄一が選ばれた…」
(北条の、元々の能力(ちから)…?)
初耳だと言わんばかりに疑問を浮かべる奈美。
由紀恵は言葉を継ぐ。
「でも勝又はさらにと思って手を加えた。心の穴を、もっと深く、深くして、“器”に仕立てたようだけど、逆にそれが彼の自我を強めさせた。「力が欲しい」と…。だから失敗した。でも太輔は、自分と“心臓”との間に、絶対的な隔たりがある! あの子なら……」
顔を上げて太輔を見据える由紀恵に、奈美はキッと由紀恵を睨みつけ、鋭い声で反対した。
「私は嫌です!!」
「……エゴね…」
由紀恵は自嘲するように微笑んだあと、立ち上がって奈美を見下ろす。
「―――私も同じ理由よ。このコを見張って!」
「え…」
命令を発すると、由紀恵が操作していた、葵を抱えた兵士がこちらにやってきて、片膝をついたままの奈美に拳銃を向けた。
「!?」
奈美は下手に動くことができない。
由紀恵は奈美の目の前を横切ったあと、“アクロの心臓”に足先を向けて歩きながら、自身の胸に手を当てた。
「情けないけど初めてなの。子供達のためになにかしたいって。これが、ここに落ちてこなきゃ、わからなかったなんてね…」
皮肉に笑い、胸の中心に爪を立て、ぐっと力を入れる。
「―――なっ…!?」
奈美はその光景に、驚いて目を見開く。由紀恵の胸元からボタボタと血が落ちた。
由紀恵は自ら自分の胸をこじ開けようとしている。
その様子を見た葵がビクッと体を震わせた。
「……私、お母さんを……やり直したい…!!」
痛みに耐えるように歯を食いしばり、無理矢理皮膚を破ってこじ開けた自身の胸の中に指を入れ、何かを取り出す。
由紀恵が胸から取り出したものは、“アクロの心臓”と同じ形をしていたが、ビー玉のように小さい。
「心臓の……欠片…!」
息を弾ませ、左手で胸の傷口を押さえた。
(【アレが“心臓の欠片”…。勝又のおっさんとアキセンパイと同じ……】)
近くにある建物の陰に身を潜めながら、ジャスパーがそれにじっと見入っていると、由紀恵は取り出したばかりの“心臓の欠片”を、上空に浮いている“アクロの心臓”に向けてかざす。
すると、宙高く浮いていた“アクロの心臓”がゆっくりと引き寄せられ、由紀恵のもとへ降下してきた。
「そうよ…、いらっしゃい…!」
由紀恵は静かにほくそ笑む。
ジャスパーはタイミングを窺った。
(【どうする…。今飛び出して、奪っちまうか?】)
だが、溢れ出てくる涙がそれを妨害する。
「【……っ】」
ゆっくりと降りてくる“アクロの心臓”を茫然と見上げていた奈美ははっとした。茫然としている自分を覚ますように首を横に振る。
(あれを止めなきゃ、叶が…)
「うっ…」
“アクロの心臓”を一目見ただけでも涙が浮かび、思うように体も動かなかった。
「【……………】」
マクファーソンとD4はその光景を黙って眺めていた。
すでに普通の人間が踏み込んではいけない領域となってしまったからだ。この先、なにが起こるのかという好奇心もある。
ゆっくりと降下した“アクロの心臓”は、太輔の目の前で停止した。
「……………」
太輔は茫然と目の前に浮かぶ“アクロの心臓”を見つめ、無意識に拒絶を示してしまう。
「…さ、それを受け取りなさい……」
太輔の背後で由紀恵が促す。
しかし、太輔はそれを受け取るどころか、躊躇するあまり、顔を強張らせて一歩たじろいだ。
「……でも、オレ…、受け取れない…!」
そんな太輔に、由紀恵は息を弾ませながら近付き、不気味な笑みを浮かべた。
「あなたの両親は、許すわ…! 早く…」
躊躇している太輔の手首をつかみ、嫌でも受け取らせようとする。
「御霊…、私の勝ちよ…!」
由紀恵が勝ち誇った笑みを浮かべた時だった。
由紀恵の横を布切れのようなものが通過した。
(なんだアレ……)
それと同じ布切れのようなものが、プラットホームの下から、ヒュルリヒュルリと風に伴い、“アクロの心臓”の元に集まり、纏わりついてきた。
徐々に塊となり、形を成していく。
茫然と見ていた太輔は、はっとした。
「退がって!!」
「!?」
それがなにかを理解したからだ。
「広瀬…!!」
太輔が“アクロの心臓”を纏う布を警戒する。
後ろに下がって少しずつ距離を置いた。
ジャスパーは“アクロの心臓”を奪うのは今がチャンスだと思ったが、体が行動を強く拒絶している。本能が、アレがとてつもなく危険なものだと信号を出している。
「“心臓”…、“心臓”が…」
「退がって!!」
由紀恵は手を伸ばすが、太輔は前を向いたまま声を上げ、それを止める。
「ナミ!! おまえも逃げろ! 広瀬だ!!」
その名を聞いて、マクファーソンは“アクロの心臓”に纏う布をじっと眺めた。
(【ヒロセ……。広瀬雄一。あいつか】)
以前、写真で目にしたことを思い出す。写真から見て、おとなしそうな少年だという印象があったというのに。
(あれが…、人?)
誰がどう見ても人間には見えなかった。
“アクロの心臓”は完全に包まれてしまい、人間のような姿を取り戻していったが、素材が人間のものではない。
布に包まれているようにも見えるが、先程から歪んだり剥がれたりしている。顔は髪で隠れ、よく見えない。
「……広瀬」
太輔は、じりっ、とたじろいだあと、弾かれたように突っ込んだ。
「! 叶、よせ!!」
奈美が止めようと声を上げたが、太輔の勢いは止まらない。
広瀬に接近し、殴ろうと振りかぶった。
その時、広瀬の顔の部分に大きな穴が、ぐぱっ、と開く。穴の向こうは暗闇だ。
咄嗟に太輔が仰向けに倒れると、開いた穴から大きな閃光が放たれる。
それは一直線に由紀恵と純のすぐ横を通過し、純の背後にあった壁に大きな穴を空けた。
それだけでは終わらない。
閃光が放たれた暗闇の中に、広瀬の両目が妖しく光った。
危険を察した太輔はすぐに起き上がる。
同時に、広瀬が塊の姿となって浮かび上がり、
ゴッ!
塊から、閃光が色んな角度から無差別に乱射された。子どもが駄々をこねて泣きながらその辺の物を投げつけるようだ。
弾けたように乱射される閃光は、プラットホームにいくつもの穴を空けていく。
大きな穴から小さな穴まで様々だ。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
「【ぐああ!?】」
ジャスパーの左肩が一部、抉り取られたかのように欠けた。
圧倒的な恐怖に突き動かされるままに、ジャスパーは右手で傷口を押さえ、反対の方向を向いて駆け出す。
「【……っ! 無差別かよ!】」
その場にじっとしていることができず、広瀬から離れるために必死で走った。
振り返ると、自分が隠れていた場所に大きな穴が空き、背筋が凍りつく。
あそこにずっと隠れてたら、今頃上半身を消し飛ばされていただろう。
嫌でも身の程を痛感する。
(【あんなとんでもないモンから“心臓”を奪うなんて無理だ!! なに頼んでくれてんだ、あのおっさん!!】)
勝又への恨み言はあとだ。無謀なことは考えず、自分が助かることだけを考えた。
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