37:拝啓、神様へ
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“心臓(こえ)”の望みは、かつての友。
プラットホームの上空を、恵と御霊の乗った飛行機が通過する。
恵の気配を感じ取り、由紀恵ははっと上空を飛んでいくその飛行機を見上げた。
「まさか…! ふたりが揃うことなんて…!?」
広瀬の能力が暴走し、プラットホームが徐々に破壊されていく。
プラットホーム全体が小さな地震のように揺れた。
「【!?】」
「【ひっ!!】」
「……!」
プラットホームにいる者全員が動揺していた。
太輔と奈美は顔を見合わせ、同時に声を揃える。
「「これって…!」」
“アクロの心臓”が目覚めてしまったうえ、太輔と恵も少しの間だが、広瀬の望みどおり揃ってしまった事態に、由紀恵はうつむいて思考を巡らせていた。
自分が着ているワンピースの裾をつかんで急な事態に動揺を抑えようとするが、足が震えている。
ジャスパーは付近のフェンスにつかまり、震動に耐えていた。
(ついに…、アレが…!)
手首から骨の刃を構えながら、飛び出していいものかと戸惑う。
「ユータ…。レイ兄は……」
プラットホームの下にいる勇太と伶のことが気になり、太輔は心配のあまりブツブツと呟いていた。
由紀恵はそんな太輔に駆け寄り、声をかける。
「太輔! 恵―――」
由紀恵の声が聞こえてなかったのか、太輔は振り返って「え?」と聞き返した。
「……………」
言葉を切った由紀恵は、しばらく黙ってその先を言おうか迷った挙句、首を横に振って言葉を変える。
「いえ…、“心臓”が上がってくるわ! 広瀬雄一も一緒よ!!」
その言葉に、太輔の緊張感が高まった。
海面からなにかが飛び出す。
救命ボートを運転し、広瀬の能力から回避していた伶がそれに気付いて声を上げた。
「―――おい勇太、あれ!」
「そう…」
「!」
勇太は涙を流しながらそれを見上げている。
「あれが“アクロの心臓”。……また会えて、嬉しい…」
待ち焦がれていたかのように、愛おしそうに呟く。
「……!?」
能力者ではない伶は、どうして勇太が泣いているのか理解できなかった。
確かに、見たこともない優しい光を放っているが、それが恐ろしいものに変わりはない。
“アクロの心臓”はゆっくりとプラットホームの真上へと上昇し、太輔達から見えるようにその姿を現した。
マクファーソンは「ふーん」と関心を示すと、周りの能力者達の異変に気付く。
(……なんだ? 泣いてる…?)
純も葵も奈美も泣いている。
隠れたところでは、ジャスパーも鼻を啜らせながら泣いていた。
大声で泣かないように、口を右手の甲で押さえて耐えている。
(どうしてこんなに温かいんだ…?)
見入っていると、懐かしさと愛しさが込み上げた。
(オレはこんなの忘れたはずなんだ…。―――はずなのに…っ)
懐かしいスラム街と、仲間達。
匂い、声、景色が目の前にあるようだ。
それはいつかの優しく愛おしい思い出だった。
違う場所ではアンジェラも、“アクロの心臓”を見上げ、静かに涙を流していた。
アンジェラは溢れ出る涙に動揺を隠せないでいる。
「【な…に…? ああ…、アレね…。アレが…“心臓”……】」
手の甲で拭っても拭っても、涙と愛おしさは止まらない。
「【ユラ君が追いかけるのもわかる…。アレはどんな“罰”を受けても、欲しくなる……】」
「【でもね…】」と目を伏せ、仰向けの体勢の由良を見下ろした。
ゴールドリングが優しく光る。
由良の欠損した右腕の部分に、切り離されたレンの右腕を結合・上書きしている間、断末魔の如く絶叫する由良。
傍には、力づくで右腕を切り離し、疲弊したレンが横たわっていた。ベルトで縛っているとはいえ、肘の切断面から血が漏れて小さな赤い水溜まりを作っている。
「【本当に死んじゃったら、意味ないのに…】」
静かに見下ろすアンジェラは、イザベラとその恋人を思い出す。
『【姉さん、お願い、彼を助けて】』
久々に聞いた妹のイザベラの声は、悲哀に満ちていた。
懇願の電話に、アンジェラはすぐにイザベラのもとへ向かい、指定された病院で会ってすぐに、知らされることになる。
イザベラの恋人は、有名な陸上競技選手だ。
その彼が、1年前に交通事故で右足を失っていた。膝から下を欠損している状態だ。
イザベラは、恋人の足を元通りに治してほしい、とのことだった。
アンジェラの噂を聞きつけ、一度は躊躇したものの、すぐに連絡を取ったのだ。
アンジェラはわざと怯えさせるように、能力の条件と代償を口にするが、ムキになるイザベラは自身の右足を代償にすると言ってきかない。
それでも、アンジェラはすぐに首を縦には振らなかった。デメリットの方を懸念したからだ。
『【人間の一部の移植はできるかもしれないけど、成功例はないの。そもそも実験すらままならなかった。みんな、激痛のあまり途中で中断せざるを得なかったし…】』
『【姉さん! 彼は、幼い頃から競技に命をかけてるの!「また走りたい」って何度も何度も言ってた…! 内臓ならともかく、失くした体の一部を元通りに治せるなんて、姉さんの不思議な能力(ちから)じゃないと到底無理な話なの! 大丈夫…、彼は強いわ。どんな痛みにも、罰にも、耐えてみせるから!】』
『【イザベラ…】』
『【お願い姉さん、ママとパパのことで庇えなかったのは本当に申し訳ないと思ってるの。この苦しみも、神様からの罰だと思ってる…。だから…、私が右足を差し出すから、彼を助けて…!】』
『【罰……】』
気持ちが冷ややかになり、わずかな憤りを覚える。
罰を与えるほど、イザベラが、ましてやあの頃の幼いクリスが何かしたのか。
ベッドで眠る、イザベラの恋人の無くなった右足を見る。
交通事故で右足を無残にも引き千切られた、クリスの姿を思い出した。
今なら、やり直せるだろうか、とアンジェラは自身の両手を見つめる。
『【……彼のことを本当に愛しているのね…。…わかったわ、イザベラ。やりましょう。……片足で生きるのは、辛いわよ】』
『【辛いものですか。また、彼の走る姿が見れるのなら…!】』
「【あ…】」
そこで、過去を振り返るアンジェラの思考が停止する。
治療が終わったからだ。
由良の右腕は、消滅されたことなど忘れたかのように存在していた。
「【……あの時と、同じね…】」
アンジェラは苦笑する。
由良の呼吸は、再び止まっていた。
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