37:拝啓、神様へ
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由良を抱いたレンは、広瀬から放たれた全てを消滅させる閃光を浴びる前に、巻き起こった風に包まれ勢いよく引き上げられるように海から飛び出した。
そのまま、プラットホームのヘリコプターデッキに落ち、そこに転がっていた兵士の死体がクッションとなり、バウンドして背中を打ちつけ、その際抱いていた由良も投げ出される。
うつ伏せの状態からわずかに呻きながら半身を起こしたレンは、その場でげえげえと飲んでしまった海水を吐き出し、酸素を貪った。
あの危機から脱せられたことが信じられない。どこも欠損していないかと自身の身体を触って確認する。
もし数秒脱出が遅れていたら、ほんの僅かな差で由良ごと消滅していたかもしれない恐怖に、真っ青な顔で身を震わせた。
しかし、身体を竦めている暇はない。
レンは体を引きずるように這い、傍に横たわる由良の顔を覗き込んだ。
由良の顔は蒼白で、ピクリとも動かない。
大怪我を負っているうえに、無理に潜水したせいで海水を大量に飲んでしまった状態だ。唇も紫色で、息もしていなかった。
レンは自らの体に鞭を打つように行動に出た。由良の体勢を仰向けにし、ツナギのチャックを胸の下まで下ろす。
その際、右胸の銃創を見つけ、周りにある兵士の死体から剥ぎ取った服で止血し、欠損した右腕も縛った。
それから、気道を確保し、人工呼吸を始める。
息を吹き込んだあと、何度も何度も胸の中心を重ねた両手で力強く押し続けた。
昔見た映画の見よう見まねだが、下手でもやらないよりはいい。
震える両手に強い想いを込め、由良の意識を呼び起こそうとする。
*****
由良の意識は、いまだに水中で漂っていた。
(ここは…、まだ…水の中か…。オレ…、どうなって……)
記憶が朧気だ。
“アクロの心臓”に手が届きそうになったところまでは覚えている。
水の中は海の水というより淡水のようだ。不思議と息苦しさも感じない。
水面からは陽の光が射していた。少し眩しくて片目を瞑りながらゆっくりと浮上する。
「ぶは…っ……。……はぁ?」
水面から顔だけ出した由良は、目の前の景色に大きく目を見開いた。
そこは、レンと初めて出会った交差点だ。
電柱、壊れた歩行者用の信号機、横断歩道の白線、現実味が著しく欠落していたのは、アスファルトの部分がすべて水となっていたことだ。
由良はちょうど横断歩道の白線と白線の間から顔を出していた。
「なんだここ……?」
真上の空は鮮やかな快晴だ。反射した静かな水面も美しいほど青い。
しかし、どこからか不吉な亀裂音を聞いた。そちらに目を向けると、近くの建物に壁にヒビが入り、白い砂となって音もなく崩れていく。少しして、他の建物も同じ現象が起こっていた。
ここにずっと居続けるのは危険かもしれない、と一度白線から上がろうとした時だ。
「あ―――! 由良いた―――!!」
「やっと見つけた…!」
歩道から声をかけたのは、華音と森尾だった。
「え…」と目を丸くする由良に、慌てた様子の2人が、横断歩道の白線部分を飛び石のように跳んで駆けつけてくる。ふと、白線から落ちれば、マグマに落ちる、サメに襲われる、と遊んでいた子どもの姿を思い出した。
「華音と…森尾…?」
懐かしい姿だ。
華音は最後に見た時のままで、森尾に至っては顔の火傷が綺麗になくなっている。
華音と森尾が自分の傍に来て、こちらを見下ろしたタイミングで声をかけた。
「おお…、久しぶりだな、おまえら。元気にしてたか?」
「久しぶり、じゃないだろ! 呑気に言ってる場合か!」
「ひゃはっ。元気ってカンジでもないけどねぇー」
「え…、なに、ここって天国?」
「おま…っ、おこがましいな…!」
「天国に行けると思ってるのか」とつっこみ呆れる森尾。
「ここはねえ、レンちゃんの中♪」
「……レンの…? なに言って……」
「相変わらずアタマおかしい奴だな」と怪訝そうな由良に、森尾は「本当のことだよ」ときっぱりと言った。
「オレも、華音も、あとわずかで死んでいたところを、レンに助けられたんだ。肉体は失ったが、命はレンの中に……」
「森尾。悠長にそんな話してる場合じゃねえだろ。“ここ”が崩壊しかけてる…」
由良の後ろから、別の誰かの気配と男の声。
「水樹」
森尾の口から出た名前には、聞き覚えがあった。
(ミズキ…?)
「!」
振り返った際、頭を手のひらでつかまれる。
「オレ達はともかく、テメーの体、まだ生きてるだろ。ほら、あいつに呼ばれてんぞ。戻れ」
しゃがんで目を合わせるガラの悪そうな青年は、苛立ったように由良を睨んでいた。
頭をつかむ指の力は強く、由良は痛みに顔をしかめる。
「おまえ……」
「定員オーバーだ」
思いっきり水中に押し込められ、無理やり水面下に戻された。
「ガボッ!」
沈みゆく体。もがこうとしたが、両腕が思うように動かない。
どちらも失っていることに気付いたのは、再び、あの火花の音が耳元に聞こえた瞬間だ。
*****
「ゲホッ、ゴボッ」
「!」
由良はようやく海水を吐き出し、呼吸をした。意識がまだ朦朧としている様子で、薄く開いた目から見える焦点が合わない。
レンがホッとしたのも束の間、由良の欠損した右腕を見て表情を強張らせた。
息を吹き返したところで、由良が今の自身の身体を受け入れるとは思えない。
右手は由良にとって、もうひとつの心臓だ。
それはレンもわかっていた。由良が完全に意識を取り戻す前にどうにかできないかと思考を巡らせる。
何度も、何度も、自分自身に能力を使用して自害しようとする由良のイメージが邪魔をした。
きっと、レンの言葉だけでは止めることはできない。どんな言葉も届かないだろう。
「まいどー。お困りでっか?」
いつからそこにいたのか、アンジェラはレンの背後に立ち、レンと由良を見下ろしていた。
アンジェラの言葉はおどけているように聞こえるが、この時を待ち焦がれていたかのようだ。口元に笑みを含んでいる。
レンは由良の右腕が在った部分を見つめながら、背後にいるアンジェラに尋ねた。
「……アンジェラ…、おまえの能力(ちから)で由良の右腕を…どこまで元通りに治せる?」
「せやなあ…、よくて肘まで…。前腕から右手は諦めた方がええ。完全に無(の)うなってる状態や…。細胞の記憶が細胞を呼び覚まして復活はさせるけど、元がひとかけらもない限り、限度がある…」
「……“元”?」
「カタチや。本当にその場所や人やなくても、似た景色や他人の空似みたいなヒントが目の前にあったら、忘れてた記憶を思い起こす時あるやろ? 要は、体に思い出させたらええ。ここにあったんは、右腕の前腕・右手やったということ…」
そう言って、アンジェラは由良の右腕があった部分を指さした。
「前も説明したと思うけど、ウチの能力(ちから)は、血縁のない他人同士の血液や体の一部を上書きして移植することができる…。だから―――」
「誰かの右腕があれば、由良の細胞が、前腕から先の“カタチ”を思い出して上書きで元に戻せるってこと…? ……形状記憶ってやつ?」
「そういうこと…。よう知っとるな」
小さく笑ったレンは「まあな…」と言いながら、教えてくれた本人を見下ろす。
「ただし、与える側も生きてる細胞やないとあかん…」
「つまり、そこらへんの死体からは無理ってことだろ。そもそも、そんな気は毛頭ねえよ」
レンは振り返って真剣な眼差しを向け、アンジェラに右手を差し出した。
「―――使ってくれ。あたしの…右腕」
「……………」
アンジェラは一呼吸を置き、言葉を考える。
あまり怯えさせたくはなかった。やっぱりやめた、と言い出しかねない。
「【……与える側は、物理的に与えたい部分を切り離さないといけない…。このプラットホーム、医務室はあったけど…麻酔はなかった…。だから……】」
一度、陸に戻るべきだと提案したかったが、レンは首を横に振った。
「こうしてる間にも、こいつの右腕の欠損部分が修復し始めてる。くっつけるなら、また傷つけないといけない。……だから今、ここでやる…。骨は切り落としにくいから、最初に硬いもので砕いてナイフで切り落とそう…。ナイフは兵士の死体から拝借するとして、硬いものは、そうだな…、コンクリートの一部とか…」
淡々と、料理の手順のようなことを言い出したレンに、気後れしたアンジェラは「【正気…?】」と失笑を漏らし、冷や汗を浮かべる。
これから麻酔のない状態で、自分自身の右腕を切り落とそうとしているのだ。
「【いくらなんでも順応早すぎない? イザベラだってもっと躊躇って……】」
余計な言葉を言いかけ、いけない、と首を横に振る。思いのほか、レンのペースに振り回されていた。
「時間ないからな。決断は早い方がいいだろ。……アンジェラから輸血された時の痛みは尋常じゃなかった。気絶するくらいだったのに、体の一部はそれ以上ってことだろ? これからあたし以上に痛い目に遭うのは…、こいつだ」
そっと左手を伸ばし、由良の額に触れるレン。
肌はまだ冷たく、海水で濡れていた。
「由良…、もうちょっと…がんばれ」
声をかけて立ち上がり、近くで転がっている死体をまさぐり、切れ味の良さそうな軍用ナイフをすぐに見つけ、適当に野球ボールサイズのコンクリートの欠片も発見する。
「【……片腕の生活は辛いわよ】」
後ろにいるアンジェラの声に、レンは「ああ、そっか…」と呟いた。
「もう…、バイクに乗れないな…」
目を伏せて寂しげに笑うレンが思い浮かべたのは、愛用のバイクに乗っている自分の姿と、後ろに同乗している由良の姿だ。
また二人で乗りたかったが、その機会もなくなるだろう。
それでも、レンの心は決まっていた。
由良の傍に戻り、由良のツナギのベルトを引っ張って拝借し、自らの右腕の上腕にきつく巻き付ける。
「たぶん舌噛むかもしれないから、ハンカチ持ってたらほしいな。右腕も押さえてくれ」
そう言いながら、アンジェラにコンクリートの欠片を手渡した。アンジェラの右手に、ずしり、と重さがのる。
アンジェラは黙ったまま、ポケットから白いハンカチを差し出した。
「骨折るのは任せていいか? 切るのは…、少しでも余裕があれば自分でやる。切り落としたらすぐに由良にあげてほしい。こっちは気にするな」
「レンちゃん…」
レンはゆっくりと呼吸を繰り返してからハンカチを口に入れて仰向けの体勢になる。力を抜いて地に付けた右腕は微かに震えていた。
アンジェラは自身の呼吸が乱れないように気を付けながら、左手でレンの右手首を押さえつける。
(【……イザベラ…!】)
目付きを鋭くさせ、思い切り右手のコンクリートの欠片を振り被った。
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