36:さよなら
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伶と勇太のボートから自ら海に落ちて沈む先に、由良は“アクロの心臓”の気配を感じ取っていた。ゆっくりと鼓動の気配が近づいている。
(“心臓”…。いいぞ、上がってきてる!)
「ゴプッ、ガボボッ」
しかし、息が全て尽きようとしていた。
(早くしてくれ。もう…、限界…!)
ぼんやりしてきた意識の中で、2年前のことが蘇る。
娯楽室をあとした由良は、勝又の部屋に来ていた。
2人用のソファーに仰向けに寝転び、自分の腹の上に置いた缶の中に入ってあるクッキーを食べながら、小さなシャボン玉をいくつか浮かばせ、割ったり浮かばせたりしている。
レンはその脇で、肘かけに頭をもたせかけながらウォークマンを聴き、フクロウは背もたれの上に留まり、勝又はコーヒーメーカーで作ったコーヒーをカップに淹れていた。
『多分由良君は、いなかった人間になりたいんだねぇ』
勝又の言葉を聞きつつ、由良は口にクッキーを咥えながら、黙って目の前のシャボン玉を割る。
『でも、それはどうかなぁ…』
勝又がそう言った時、扉の方からドタドタと騒がしい足音に伴い、あの独特な笑い声が近付いてくる。
案の定、この部屋の扉から華音が『ひゃははは』と笑いながら入ってきた。
その片手には、1枚の紙を持っている。
『いた! 由良、レンちゃん、見て見て!!』
『うわ…、よせ!』
あとから慌てた様子の森尾が華音を追いかけて部屋に入ってきた。
華音の様子に、由良は肘で支えながら上半身を少し起こし、レンはウォークマンをはずし、何事だと首を傾げる。
華音はこちらに駆け寄り、持っている紙を由良に渡して見せる。
『健ちゃんが描いたの、コレ! カワイくない?』
それを横から見たレンは、『……くすっ』と顔を綻ばせた。
由良も噴き出して笑う。
『くはっ、なんだコレ』
その紙に描かれていたのはフクロウだった。
紙の表面の下部分には正面を向いてるフクロウが、上部分には三日月が描かれている。
駆け寄った森尾は、由良の手からその紙を乱暴に取り上げた。
『フクロウだよ!』
背もたれの上に留まっているフクロウが、『ホ?』と顔を上げる。
由良は笑いながら言った。
『わかるよ。なんでなにげに上手ぇんだよ!』
『似てる―――! フツー、フクロウなんてムズいもん描けねーよ』
レンも由良に続き、腹を抱えて笑いながら言う。
『ぎゃははは』
由良とレンと華音の3人に笑われ、森尾は赤面した顔をしかめ、『ほめられてるのに、なんだろこの敗北感…』とぼやきながら部屋から出て行った。
笑い声が響く部屋の中で、勝又が静かに由良に言う。
「ほら…、もう友達もいる」
由良が勝又の方へ視線を移すと、勝又は笑みを浮かべながら言葉を継いだ。
『残念だったね。人の記憶に残ったよ』
そのあと、自分はどんな顔をしたのか、由良自身は覚えていない。
ただ、その表情を見たレンは、少し考える仕草をしたのち、肩越しに由良に振り返って声をかけた。
『―――由良……』
(あの時あいつは…、なんて言ったんだっけ…)
思考ごと、口から泡となって溢れ出続ける。
「ゴポッ、ウクッ」
息苦しさのあまり、喉をつかみ、爪を立ててかきむしった。
(今ならわかるぜ、華音。おまえが必死になって“心臓”を追った理由。もし、なくしたのが右手なら、オレも死んでたぜ、森尾。多分、その差だったんだ、北海道で生き残った理由。描けなくなると思ったら、死ぬのが怖くなった。レン…、怖えよ、もう…)
その時、下から見覚えのある光が浮上してきた。
“アクロの心臓”だ。
望んでいた光を見て涙を浮かべたが、その涙はすぐに自身を包む海水に融けた。
込み上げてくる歓喜と愛しさ。
欲しい、と何度も呪文のように頭の中で繰り返す。
“アクロの心臓”が目の前まで近付き、右手を伸ばした。
あと少しで届きそうになった時、反対から何者かの手によって、そっと取り上げられてしまう。
向こうから見えたその微笑には、見覚えがあった。
広瀬だ。
放たれた閃光が、伸ばしたままの由良の右腕を通過する。
痛覚と喪失感を覚えた由良は、伸ばした右手を見る。
右腕の二の腕から先がなくなっていた。
広瀬によって消されてしまったのだ。
顔に絶望を浮かべ、頭の中が真っ白になる。
続けて広瀬から放たれた閃光が、由良の体を丸ごと包もうとした。
その時、由良の視界の端に誰かの、伸ばされた左手が映る。
瞬間、腰にしがみつかれ、引っ張られる感覚を覚えた。
バチバチ、と耳元で火花が聞こえる。
不意に懐かしくなった。薄れゆく意識の中、いつかの屋敷で4人で花火をした日を思い出す。
レンと森尾と華音が、すぐ傍にいるような気がした。
意識を失ったことで完全に脱力した由良の腰を右腕で抱え、その場に現れたレンは、目の前の広瀬を強く睨む。
プラットホームでは、アンジェラはひとり階段を上がりながら、先程の出来事を思い出していた。
『アンジェラ、あたし行くよ。これ、護身用に持ってて』
『わ!』
アンジェラは、投げ渡されたスタンガンを慌てて両手で受け止める。
レンは頭から眼帯を外し、簡単に外れないように左手首に巻いた。
『行くって…、どこへ?』
アンジェラは再び顔を上げ、息を呑む。
スローモーションのようだった。
レンは躊躇いもなく、その場に靴を脱ぎ捨て、由良が落ちた穴へと足から飛び込んだのだ。
背中に翼が生えたかのような、その光景はまるで…。
「【絵本の中の……天使みたい……】」
幼き日に、イザベラとクリスと一緒に両親に隠れて読んでいた、大好きな絵本を思い出していた。
レンの指摘通り、両手を組むポーズを取る。
「【カミサマのご加護があらんことを…】」
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