36:さよなら
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(残すことに興味はない。創ったら壊す、それがオレの理。でも、もし、アレを手に入れられたら、残したいと思えるものを、描けるのだろうか)
屋敷にいた頃、自分の部屋に存在していたものを跡形もなくシャボン玉で消し飛ばしたあと、由良はレンと森尾とともに娯楽室にきていた。
あとから華音もやってきて、いつものように談笑する。
レンは娯楽室に設置されてあるビリヤードで遊び、森尾は低いスツールに座りながら由良のスケッチブックに描いてある絵を見ていた。
『ひゃは! わかった!』
華音は森尾から由良の話を聞いて声を上げ、一人用のソファーに座る由良に指さして言葉を継ぐ。
『要するに由良って、自分が描いた絵見られんの嫌なんだ!』
森尾はスケッチブックから顔を上げ、レンはキューを持ってボールを弾こうと構えたまま由良に注目した。
由良は口を尖らせて素直に答える。
『うん、そう』
『ああ…、だから描き上げた絵、壊してたんだな? もったいない。……自意識過剰』
森尾はそう言って、スケッチブックに顔を戻し、膝で頬杖をついて呆れてため息を吐いた。
『カッコつけし―――♪』
レンは、由良が座っている一人用のソファーの後ろにまわり、意地悪な笑みを浮かべてからかうように言う。
レンはボールを弾いたあと、その様子を見て苦笑した。
『好き放題言われてんな』
『どーとでも』
由良は怒る素振りも見せず、髪を後ろにくくっていたヘアゴムを取る。
『嫌なんだ。他人にとやかく言われんの。オレのなんだから、オレひとりの中で完結させてえの。だから壊して、オレのものにして、自分の痕跡一切残したくねえの。言ったろ? オレはキレー好きだって』
レン、華音、森尾は黙って聞いていた。
レンが弾いたキューボールが9番ボールに当たり、9番ボールはコーナーポケットにガコンと音を立てて入る。
その音をきっかけに、由良は目を覚ます。
ぼんやりとした頭で、周りが海中だと理解した。
右手で押さえる右胸から、赤い血が流れて漂っている。
落ちてどれくらい経ったのか。
真上を見ると、光が見えた。
(そうか…、オレ、撃たれて、海に落ちて…)
D2の最期を思い出す。
最後の悪足掻きとばかりに見せた、執念の姿を。
(…あのヤロウ、最後にしっかり胸を打ち抜きやがった…)
右手でぎゅうぎゅうと右胸の傷口を抑えるが、出血の漏れは止まらない。
右胸から背中を貫通しているため、止血は難しい状態だ。
視界が歪む。水中にいるせいで、このままでは、失血死してしまう。
(ダメだ、修復が追っつかねえ。やべ、死にそ……)
「!」
横たわったまま、いつまで経ってもそれ以上真下へと沈まない自分の体に違和感を覚えた。
(なにかあるな…。床?)
プラットホームに足を踏み入れた時、黒煙が溜まっていた空を思い出す。
(ああ、あの囲ってたやつ……。なんだよ…、これじゃ“心臓”に会えねえ。ここまで来たのに、せめて少しだけ、アレの傍に)
そこで、もし、と考えた。
(……もし、もし“心臓”を手に入れられたら―――)
“アクロの心臓”を手に入れた自分を想像してみる。
数々の筆や絵の具。
それらをすべて使い、筆を片手に、狂ったようにキャンバスに描いてく。
何よりの快感、何よりの満足感を得て仕上げた絵は、どんなに素晴らしいものだろう。
どれだけ自分を満たしてくれるだろう。
自身の中に欠如している、“残したい”、“遺したい”という想いはどんなものだろう。
はち切れんばかりに膨らむ欲求に、目を大きく見開き、由良は自身の右手を見つめた。
もし、“アクロの心臓”を、この手に収められたのなら。
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