36:さよなら
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レンとアンジェラは鉄塔の内部を走り、薄暗い狭い廊下の突き当りで立ち止まっていた。
アンジェラはその場にしゃがみ、廊下の床に点々と続く血痕を見下ろす。
それは左右の曲がり角のうち、右に曲がって続いてた。おそるおそる辿り、そちらを覗き込んだが、血痕以外何もない。
レンは曲がり角付近の壁に注目した。2発ほど弾痕があり、銃弾がめり込んでいた。
その内のひとつにわずかな血痕が付着している。
(廊下の血痕につられたところを…反対側から……)
戦闘の痕跡からイメージが湧いた。その時の由良の状況も伝わり、自然と額に冷たい汗が浮かぶ。
弾痕がある壁から振り返り、曲がり角の左側にある廊下の奥を見ると、奥にある部屋の扉が粉々に破壊されていた。
由良の能力が使用された形跡を見つけ、レンは躊躇いもなく先へと進む。
アンジェラは「ちょ、ちょっと…」と小声を漏らし、その背中を追いかけた。
「!」
破壊された扉の部屋に足を踏み入れ、レンはその光景に息を呑む。
警戒しながらレンの背中越しに覗くアンジェラも、「え!?」と目を見開いた。
プラットホームの中心部は、倉庫のように大きなフロアになってるが、中の物はほとんど消し飛ばされ、原型を留めていない。
ところどころ破壊された天井のおかげで、外の光が差し込み、見上げれば青空が見えた。
上に気を取られていると、床の穴に落ちるかもしれないので気を付ける。
「な、なにここ…、爆発でもあったん!?」
気が動転しているアンジェラをよそに、周囲を見回すレンは、見覚えのある痕跡に「由良だ…」と呟いた。
「……由良が…ここで暴れたんだ…」
暴れたこと自体が意外だった。
屋敷を去る時は仲間達と能力を使用しての共同作業だったが、由良ひとりでここまで凄惨な状態にするのは、レンも初めて見る。
(よっぽど手こずったみたいだな…)
胸の内で不安が渦巻いた。このフロアのどこかに由良の死体が転がってないかと思うと、心臓が重くなる。
それでも、由良の姿を探すために辺りに呼びかけた。
「おい由良! 由良ぁ―――! 聞こえたら返事しろ―――!」
「またそんな大きい声で…」と怯むアンジェラだったが、諦めて同じく呼びかけようとした。
「ユラく…」
その時、床に落ちていたあるものを見つけた。
「っ!!?」
仰天して、その場に尻もちをついてしまう。
「どうした!?」
「【に…、人間の…手が…っ】」
駆けつけるレンを肩越しで見ながら、アンジェラは近くに落ちていた人間の手首を指さした。
拳銃が握りしめられた左手が落ちている。
周囲の床には、弾けたように血の飛沫が付着していた。
「……………」
レンの頭に浮かんだのは、D2だ。
(……あたし達が戦った弟の方が連絡を受けた時点では、D2って奴は生きてた…。そこからなんかしらあって……………)
由良がどう切り抜けたのか、すぐに思いつくことはできなかった。
眉根を寄せながら頭を掻くレン。
(勝ったら勝ったで、どこ行ったんだ、あいつ…)
ふと、D2の左手の近くにある、大きな穴が空いた床に目をやり、近づいて片膝をつき、穴を見下ろした。
「レンちゃん…?」
「……………」
穴の下は海だ。穴から海まで高さも十分離れている。高所恐怖症なら見下ろすどころか穴に近づきすらしないだろう。
穴の周囲を見ると、D2の左手とは少し離れた床に別の血痕がわずかに見当たった。
(まさか、な…)
「レンちゃんと違って、容赦ないなあユラ君…」
落ち着いたアンジェラは、D2の左手に近づき、両手を合わせる。
「【どうか安らかに…】」
「……………」
それを目の端で眺めるレンは、違和感を覚えた。
「普通、アンジェラの国だったら、こうじゃねーの?」
両手を組んで祈りのポーズを見せるレンに、アンジェラは「あ、そうそう…」と小さく笑う。
「いやー、この前まで日本におったから、ついつい…。死者にもカミサマに失礼やな…」
「……アンジェラにとって、神様ってなに?」
何度も“カミサマ”と口にしているわりには、軽視しているようにしか見えなかった。
レンの言葉に、アンジェラの瞳が濁る。一瞬強張った顔に、薄笑みが張り付いた。
「【…カミサマはカミサマよ。私の能力(ちから)だって、カミサマが与えてくれたもの…。完璧な治療の代償として、痛みという罰を与えるようにできているの…。誰も、自分の身体を大事にしないから…。カミサマが怒って罰を……】」
アンジェラの声はわずかに震え、返答の内容が支離滅裂になりかけている。
様子の変化にレンはそれ以上は聞かなかったが、自身の考えを口にした。
「―――……昔…って言っても、2年前か。神様のことを、「あやふやな存在」って言ってたトリ公がいてさ」
「……鳥?「言ってた」って…インコとか?」
「フクロウ。いやそれはいいんだ置いといて」
「置いておくこと!? フクロウって喋るっけ!?」とつっこむアンジェラだったが、レンは構わず話を続ける。
「今思えば、妙にしっくりくる…。形がなくてあやふやだから、誰の中にも定着するんだ。それこそ、自分にとって都合のいい存在に対して簡単に「神」と呼ぶ…。宗教はもちろん、アイドル、漫画家、芸術家…みんななんでも感動すれば神聖視だ」
「レンちゃんにはそういう存在はおらんの? ユラ君とか」
レンは「ハハッ、あいつは神だったとしても邪神」と笑った。
「神聖視とは少し違うな…。あいつ思った以上に人間臭いし」
「人間臭い~? けっこう浮世離れしとるで」
怪訝な顔をするアンジェラに、レンは「まあ、見た目はな…」と肩を竦める。
「……はっきり「神様」って言える大袈裟な存在はないな。…あたしだって、なんでも「神様のおかげ」とか「神様のせい」にできたら、もう少し楽に生きていけたんだろうけど…」
目を伏せて呟くように言うレンを、アンジェラは軽く睨んだ。
「……………無神論者ってこと?」
少し棘のある口調になってしまったが、レンは気にせず淡々と答える。
「あたし自身が無宗教ってこと。……人間、死んだら全部消えるだけって思ってるから、願うことはあっても祈ることはしないし、お経も呪文にしか聞こえないし、仏壇だって故人を忘れないようにしてるだけの置き物だ」
「……………」
「罰って言葉もあんまり響かねえや…。自業自得、因果応報、身から出た錆…、昔の奴ってよくそんな言葉思いつくな…。世の中、100人以上残酷に殺した人間だって寿命迎えて安らかに死ぬし、虫一匹殺せない優しい人間だって突然人生振り返る間もなくぐちゃぐちゃになって死ぬんだ。そんなこともあるから、誰かが「理不尽だ」「不公平だ」ってキレて、天国・地獄なんて都合のいい空想世界を作っちまうし、在るとどこかで信じてしまう…。―――でもさ、こんなこと考えんのも、あたしにとって都合がいいからかもしれない…。死後があることの方が恐ろしい…」
小首を傾げ、はぁ、とため息をついて「めんどくさいよな…」とぼやいた。
「【……本当にみんな…面倒臭いわね…】」
そう呟いたのは、アンジェラだ。
知らず知らずのうちに、自身の右手を強く握りしめていた。
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