06:知ろうともしなかったんだ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
レンは部屋のベッドで仰向きに寝転がって天井を茫然と見つめていた。
能力の訓練後の休憩と称した昼寝だったが、どれくらいの惰眠を貪っていたのだろうか。
窓から射し込む夕陽の光で部屋はオレンジ色に染まってる。
その時、目の前に由良の顔がひょっこりと現れた。
「ぎゃあ゙!!」
レンは驚いてベッドから飛び起きる。
「女らしくねえ声だな。「きゃあ」とか言えよ。濁音つけるな」
「ノックもしねーで勝手に入ってくんじゃねーよ!!」
振り上げたコブシは身をよじってひょいとかわされ、続いて枕を投げつけたが、それもひょいと首をそらしてかわされた。
「夜の時は大人しいのにな、おまえ」
昨夜、暗所恐怖症というのが由良にバレてしまい、レンは「ぐっ」と唸って由良を睨みつけた。
少し大人しくなったレンに由良ははしゃぐいだ口調で言う。
「勝っつんが集合だとさ。新しい仲間だってよ!」
「……仲間の追加って…。前から思ってたけどさぁ、あたしら、なんのために集まってんだ?」
腕を組んだレンは怪訝な表情を浮かべて尋ねるが、返ってきたのは「知らね」の一言だ。
「はあ!? またか!!」
「オレは勝っつんに誘われたから、ここに来たんだ」
「……理由も聞かずに?」
「ヒマだったし、面白そうだったし、「お菓子もある」って言われたな」
「………」
レンは呆れ返って物も言えなかった。
由良は楽観的に言ってるが笑い事ではない。
子どもだったら誘拐されているだろう。
「とにかく、挨拶に行こうぜ!」
由良はそう言ってレンの背中を押していく。
「わっ、押すなって」
正直、群れに慣れていないレンは新しい仲間との出会いにあまり乗り気ではなかった。
エントランスホールへと下りる階段から下を見ると、仲間の姿が確認できた。
金髪の男と赤髪の女だ。
レンは部屋に踵を返したくなったが、後ろで「早く行けよ」と背中を押す由良が邪魔だ。
(派手な奴らが来た…)
気乗りしないレンをよそに、由良は新たな仲間を目で捉えると、階段を下りずにいきなり吹き抜けからエントランスホールへと飛び降り、金髪の男に飛びついて、絡み始めている。
金髪の男は「なんだなんだ」と困惑していた。
(ネコかと思ってたけど、イヌだな……)
仲間相手だと距離が近すぎるが由良は人懐っこいのだ。
なぜ初対面でそこまで急接近できるのかレンには理解できない。
レンは呆れてその様子を眺めてから小さく溜め息をつき、観念したかのように階段を下りる。
金髪の男と赤髪の女の向かいには、勝又と広瀬が先に来ていた。
由良は金髪の男から離れ、その隣に並ぶ。
レンも急いで由良の隣に並んで新たな仲間に向き合い、相手も同時にレンを見た。
レンは喧嘩以外で人と身体を向き合わせる機会はあまりない。
そのせいで無意識に身構えてしまう。
不思議そうにこちらを凝視してる2人分の視線が落ち着かなかった。
(……男の恰好してる女が、そんなに珍しいかよ…)
不快な顔を浮かべないように耐えた。
勝又は前に出て、レン達に2人を紹介していく。
「広瀬君、由良君、北条君、こちらが新しい仲間の…」
赤髪の女が「はーい!」と手を上げ、笑顔を向けた。
「御館華音でーす! ヨロシクゥ~!♪」
「由良でーす! ヨロシクゥ~!♪」
赤髪の女―――華音と由良は、パチーンと両手を打ちあう。
(おっと、早くも意気投合!?)
レンは内心で焦った。
そのあと、華音はじっとレンを見つめる。
視線が痒く、ついに耐えきれなかったレンはできるだけ愛想良く聞こえるように声を絞り出した。
「……な、なんだよ?」
すると、いきなり華音に指をさされ、反射的に構える。
「ひゃはっ、カァッコイー!!」
「…………はい?」
反応が遅れたが、構わず華音は目前まで距離を詰めてきた。
背はレンより低い。
「女の子なの!?」
「ま、まあ、性別上じゃ、一応…」
勢い負けしてレンの口調がたどたどしくなった。
「いくつ!?」
「じ…、18」
「へぇっ!? 華音より年下!?」
「え」
むしろ華音が年上なことにレンも驚いた。
続いて金髪の男がレンに歩み寄る。
こちらはすらりと背が高く、女受けの良さそうな顔立ちだ。
(な、なんだ、金髪、やんのか? やんのか?)
つい、ファイティングポーズを構えてしまう。
金髪の男は、手を差し出してきた。
「!?」
「初めまして、北条…さん? オレは森尾健一郎。よろしく」
ニコッと金髪の男―――森尾は裏のない笑顔を見せる。
敵意はまったくなく、むしろ眩しくて直視ができないくらいだ。
「よ、よよ、よろしく…。レンでいい…」
慌てて森尾の手を握り返し、握手を交わした。
(れ、礼儀正しい…。金髪なのに…)
絡んだことのない人種の2人に、レンのペースが完璧に乱される。
後ろから由良の忍び笑いが聞こえるのは気のせいではないだろう。
それから一通り自己紹介が終わったあと、由良は森尾の、レンは華音の部屋を案内を任されたのだが、レンは移動中、華音から矢継ぎ早な質問攻めに遭っていた。
いつ来たのか、来るまでなにをしていたのか、きっかけはなんだったのか、様々だ。
血液型や誕生日まで聞いてくる。
レンは長時間の会話に疲れを覚え始めた。
(―――あれ? デジャヴ?)
脳裏に浮かんだのは由良の顔だった。
華音を部屋まで案内したあと、レンはリビングのソファーで、体から糸が切れたかのようにくたりと横たわった。
華音と森尾は持ってきた自分たちの荷物を整理するだろう。
小休止にはいいタイミングだ。
(疲れた……。女の子にあんだけ話しかけられたの初めてだ…)
関わらないように遠巻きに距離をとっていた、今は亡き同級生達を思い出す。
「お疲れー」
ドンッ
「痛だ!!」
ソファーを蹴られ、その拍子で傾いたソファーからレンは落下した。
戻ってきた由良はすぐさまレンが寝転んでいたソファーを占領する。
「オレのソファー」
「ぬかすな。それが「お疲れ」って言った奴にすることか! 言葉と行動が合ってねーんだよ!」
「ほれクッション」
「いらん!!」
せめてもの慈悲だと投げられたクッションを、怒りを込めて投げ返したところであっさりと受け止められてしまった。
「不慣れか? あーゆーの」
由良は寝転んでクッションを頭に敷いたあと、唐突に尋ねる。
レンは仕方なくソファーのひじ掛けの前に胡坐をかいて座り、由良に背中を向けたまま、学校にいた頃を思い出してみる。
「……大体の奴はさー、あたしの格好見ただけで関わりたくなさそうだったしな。……女ってのは、スカートははいたり、しおらしくしたり、メイク頑張ったり、可愛いものを集めるのが当たり前…らしい。その方が好かれやすいんだとさ」
目の奥がわずかに濁った。
由良はその瞳をじっと見つめる。
視線に気づいたレンは顔をそらし、困惑した顔でぽりぽりと指先で鼻先を引っ搔いて言葉を継いだ。
「―――ぶっちゃけ、コミュ不足だ。…おまえとか、華音のああいうのは、リアクションに困るな……」
人と向き合うのは歯がゆいこともある。
すると背後で、由良が教えてくれた。
「……レンの前の世界が、狭かっただけの話だろ」
「……そっか…、あたしが、知ろうともしなかったんだ……」
華音と話している時だって、戸惑いながらも嫌だったわけではない。
由良の言葉に納得して、レンから苦笑いがこぼれた。
「あと、レンの学校、汚い奴ら多かったし。そりゃ確かに狭いわ、世界」
「汚い…?」と由良の表現に首を傾げたが、「確かに学校の評判は最悪だったな」と頷く。
「不良多いし、いじめとか嬉しそうにやる奴とか…。あたしも「調子に乗ってんじゃねえよ」って最初は絡まれたけど、そこは自力で…」
レンのコブシを突き出すポーズに、由良は「ああ…」と察した。
返り討ちにしてきたのだろう、と。
「いじめの的になりやすい奴らは1年で不登校になったし、3年の教室はガラ悪い奴らばっかりで空気最悪だった」
「おまえはそういうの、口をはさむタイプじゃねーの?」
いじめの現場に遭遇したら、助けに行く性格だと思っているのだろう。
「…1年の時、同級生にお金をせびられてる、おとなしそうな女の子を見つけたことがあるけど…。こっちが見てて不快だったから、その同級生の奴らに凄んで追い払ったら、あとで「余計なことしないで」ってその子に言われた」
「誰も見てないところでもっと酷いことされるから、らしい」と言って目を伏せる。
「あたしも…、自分に絡んだ奴は的にされるだろうな、とは思ってたから、本当に余計なことはしなくなった。友達になる方が危ない場所だったし。利用しようとあえて接触しようとする奴もいたけど、それは無視」
(あの子は今、どうしているかな…)
2年もいいようにされた挙句、不登校になってしまったのは知っている。
耳を傾けていた由良は「ふーん?」と言ってから、頬杖をついて言葉を続けた。
「それが理由かはわかんねーけど、レンがあえて人から嫌われようとするのは、クセになってんのかもな」
「!!」
レンは、いきなり、自分の中の核心に触れられた気がした。
「…由良がそれ言うか?」
「え。どゆこと」
「あたしに嫌われたくて色々やってるのかと」
「まさかー」
「いや、むしろ嫌いになってくれ、頼む。あたしも大嫌いだから」
「え―――。どうしよっかな―――」
冷めた目で頼んだところで、由良は全然気にしていないどころかおどけて返す。
そんな2人の会話を、華音はリビングのドアの前で立ちながら聞いていた。
.