36:さよなら
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3年前、レンが高校2年生の頃だ。
頬のすり傷を擦りながら玄関のドアを開けて中に入った。
『!』
玄関には、揃えられた赤いハイヒールがあった。母親の靴ではない。
リビングに行くと、シェーズロングソファーに座る、白衣姿でウェーブのかかったダークレッドカラーの長い髪の女性の後ろ姿を見つける。
『み、南(みなみ)さん…』
白衣の女性―――南は肩越しに振り返り、自身の口元に人差し指を当てて「し―――」と息を漏らし、『お邪魔してまーす』と笑みを向けた。
顔立ちも整っていて、赤い眼鏡がよく似合い、大人らしい色気を纏っている。
いつ見ても、同じ女性のレンが思わずドキッとしてしまう。
レンは回り込み、『ああ…』と納得する。
顔のところどころに絆創膏と貼り付け、頭に包帯を巻いた水樹が南の膝枕で熟睡中だった。
『兄貴もケンカ?』
『まったく、兄妹揃って…。水樹はもう20越えてるんだからいい加減落ち着いてほしいわ。中学生がやんちゃな大人に絡まれてるところを助けたんですって。やることは立派なのにやりすぎなよ。……で? レンちゃんの方はなんのケガ?』
唐突にふられて目を泳がせるレン。
『えーと…、この前…積み上げた他校のヤロー共が、さらに人数引き連れてかかってきて…。あ、ちゃんと勝ったし、懲りてる様子だったからもう来ないと思う』
『あなたも水樹も懲りなさいよ。…ハア~~~。日に日にこのバカの影響が強く出てるわね…! 悪い意味で』
水樹の恋人で従姉弟である南は、半目でぼやきながら水樹の頬を指先で突く。『う―――ん』と眉間に皺を寄せる水樹。
レンにとって南は、家族以外で唯一親しい人間だ。
両親のいない時間を狙っては、こうして水樹に会いに来ていた。
『あまり暴れるようなら、うちの病院で拘束しちゃうわよ』
『ハハハ…。冗談デスヨネ…?』
親の跡を継いだばかりで、大病院を経営しているため、冗談に聞こえなかった。
『レンちゃん、あとで手当てしてあげるからねー』
『おかまいなく…』
『先に体を洗って清潔に…』
『わかってる。わかってるって…』
南の潔癖は相変わらずだ。昔から口酸っぱく言われていることである。
南の前で泥だらけで現れようものなら、直接浴室へ連れて行かれた。
学生鞄を置いて浴室に向かおうとすると、『レンちゃん』と声をかけられて立ち止まり、振り返った。
『水樹はちゃんと…ごはん食べてる?』
『……うん』
『そう…。去年くらいから少し…痩せた気がしたから…』
それを聞いて、レンの後頭部にある古傷が不意にズキリと痛み、自然と古傷に手を触れる。
この時のレンは、1年前に自身と実の父親、そして水樹に起こった出来事を、心の奥底に封じ込めていた。
しかし、鉄錆のような忌まわしい痛みだけが、ずっと頭にこびりついている。
『…頭の傷、痛むの?』
手術と入院をしたのは、南の病院だ。
心配そうに窺う南に、レンは首を横に振って『大丈夫』と答える。
『そう…』と答える南は目を伏せ、愛おし気に水樹の前髪に触れた。
水樹の無防備な顔は、この時くらいしかお目にかかれない。
年の差は10以上離れているが、傍から見れば理想的な恋人同士なのかもしれない、と思うレン。
ただし、羨ましいとは思わなかった。どこか冷めた目で傍観してしまう。
レンにとって、幼い頃から見続けていた両親の愛情表現は、愛しているからこその無抵抗、愛しているからこその暴力、という歪んだものでしかなかった。父親が人並みに父親らしくしてくれたことは、ほんのひと時だけだ。
今でもその証明を捨てることもできない。
『レンちゃんは、誰かを好きになったことはある?』
『え』
南の不意打ちの質問に、レンはビクリと震える。
好きと言っても「ライク」ではないことはわかった。
『……男と女同士の好きなら…、ない…』
『いいわよ。恋。相手がどんな人間でも、なんでも許せる気持ちになれちゃうし』
『なんでも…っていうか…』
何か言いたげな視線を送ると、察した南は小さく手を挙げてきっぱりと言う。
『あたしと水樹は普通に健全なお付き合いをしてるし、普通に法律に引っかかることはなにもしてないわよ。……普通に』
「普通」が強調されているが、それでも、南が20代後半の成人の状態で水樹が小学生から付き合っているのだから、周りから見れば普通ではないだろう。実際に南の両親からは絶縁しかねないほど大反対されていた。
水樹が成人したことで周囲もわずかに落ち着いてはいるが。
そもそも普通ってなんだっけ、と首をひねるレン。
『あなたも、好きな相手が出来たらわかるはず…。全部から守りたくなる存在は、自分自身を強くするから…』
『…ふ―――ん』
『カレシができたら紹介してね♪』
『はいはい』
その頃のレンにはまったく響かない言葉だった。さっさと話を切り上げたくて、適当に返事を返してリビングをあとにする。
(そんな存在…、できるはずねえだろ…。家族のことだって、守ろうとして、空回りして、結局……)
小さな舌打ちが出る。今日はやけに古傷が疼く、と思った。
(南さんみたいに、あんな…、誰かに膝を貸すことなんてこと、一生ないだろうな…)
そこで、はっと目覚めるレン。
浮遊感があると思えば、アンジェラに背負われていることに気付いた。
「う…」と痛みの余韻に呻き、目を擦る。
「ああ、起きた?」
「あたし…どれくらい気を失って…」
「ほんの数分。「気絶したら起こしてくれ」って言うから、呼びかけたり、背負ったまま揺すってみたりしたんやで」
「それでも数分か…。悪かったな。……撃たれた兄貴の方は?」
「助けたで。そう言っても、やっぱり治療の痛みに耐えきれずに気絶したし、そのまま弟と一緒にほっといたけど」
「あとで兄貴に殴られるかもな、あの弟」
「レンちゃんがボコボコにしたせいで殴れるとこもうないやろ。タコ殴りで顔パンパンやったで弟。いやホンマ、撃たれた体でムチャするなあ~」
「そのあと、おまえに治療されて激痛で意識飛ばすし…」
「AHAHAHA。とりあえず深そうな左胸と腹部は治療済み。内部に残ってたショットガンの弾も、傷が完全に塞がる前に傷口から出てきたけど、いる?」
「え。いる! 貴重じゃん」
「いるんか―――い。あとで渡すわ」
「ウチやったら撃たれたトラウマ思い出すからいらんなぁ」と呟きながら、アンジェラは鉄塔の地下へ続く階段を降りようとしたので、レンは「自分で歩く」と言い出してアンジェラの背中から下りた。
そこで、近くの通路の天井付近に設置されたスピーカーがザッと雑音を立て、マクファーソンの怒鳴り声が日本語で発せられる。
“聞け! 能力者ども!!”
「「!?」」
レンとアンジェラは思わず足を止め、スピーカーの方に顔を向けた。
“ここでは貴様らの動きは全て、モニタリングで把握している! 潜んでる者、未だ抵抗を試みる者、それからここをなにかで覆っている者がいるようだが、さっさと解くんだな!”
その放送は、プラットホーム中に轟いていた。
聞いてなかった、と言い訳させないようである。
スピーカー越しのマクファーソンは脅しを続ける。
“5分やる。それまでに貴様ら全員投降しろ!! 制限時間を過ぎたら30秒ごとに1発―――、人質に撃ち込んでいく!! ふたりを殺されたくなかったら、我々に従え!”
一方的に通告したあと、放送を切った。
「人質…!? ふたりって…」
「実はついさっき、フィクサーというか、マッドサイエンティストっぽい声で親子を捕まえたって放送があったんや。捕まえたのがめっちゃ嬉しかったんやろな…。サルみたいにテンション高かったわ」
(親子…。由紀恵さんと、軍に捕まってた葵のことか…!)
「それ早く言ってくれよ!」
「降伏しなさ~い、くらいやったんやけど…、聴いたカンジ、今の放送はヤバそうやな…。ウチらのことも監視(見てる)ってことやろ…?」
階段の踊り場や通路の各所には監視カメラも設置されている。
少なくとも現在は把握されているわけだ。
「どうする、レンちゃん…。降伏する?」
「……するしかないだろ…。―――でも…、先に由良を見つけないと」
「え?」
レンは、今の状況を理解しようと、目覚めたばかりの頭をフル回転させながら、アンジェラと共に階段を駆け下りた。
「あいつは別に太輔達の味方じゃねーんだ。人質とったところで知ったこっちゃない。能力者の中で自由に動けるのはあいつだけなんだよ。だからこそ、制限時間…5分以内に説得しないと…!」
「…………あの弟が言ってたこと…」
トランシーバーを通じて、由良がD2によって仕留められたという情報だ。
もちろん真に受けるレンではない。
「死体を目にするまで信じるかよ…!」
「30秒ごとに人質を撃つって物騒なこと言うとったけど…」
「……最初の放送をしたのは、おまえが言った特徴を当てはめて、あのイカれた科学者だろうな。あいつは、あたしら能力者のことを実験動物みたいに扱ってる…。“心臓の欠片”を持ってる由紀恵さんは能力者の中では特に貴重だ。「撃つ」ってのは、たぶん脅し。あたし達を…、太輔を急かしてる。…ヤな奴らだ!」
海岸でマクファーソンとD2と対峙した時も、ホーナーは能力者の体が傷つくことを気にしていた。できるだけ無傷の状態でサンプルが欲しいはずだ。
それに、太輔の性格なら、脅しも真に受けるうえに要求に逆らうことはしないと見越している。
「急ごう!」
「あ、待ってえな! よう動くなホンマに!」
(由良…!)
説得の内容は走りながら考え、ただ今はこの目で無事を確認したかった。
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