34:ブッ壊せないかな
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朝、アンジェラは港の桟橋にいた。人の行き交いはまばらだ。
漁の仕事に出る者もいれば、早朝のクルージングを楽しもうとする者もいる。気軽に「おはよーさん」と挨拶も返した。
空は真っ青な快晴、雨模様もなさそうだ。
じっとりと肌に浮いた汗をハンカチで拭き取り、幼き日を思い出す。
子どもの頃は、身体が弱く、熱を出しては寝込んでいた。
『【姉さん、大丈夫?】』
『【おねつぜんぜんさがらないね…】』
家族は父親、母親、年の近い妹のイザベラとさらに幼い弟のクリスの5人家族。裕福な家庭で育ってきた。
イザベラとクリスは自分より体調が崩れやすい姉のことをいつも心配し、父親と母親も、どちらかが仕事を休んだり、連絡を受ければ早めに帰ってきたり、アンジェラの具合を窺っていた。
家族が心配してベッドを囲む光景は、傍から見れば、温かいホームドラマのようだろう。
『【さあ、みんな…。アンジェラのために祈ろう】』
『【アンジェラ、罰を乗り越えるのよ…】』
両親に言われるままに、イザベラとクリスは両手を組んで熱心に祈り始める。
生死を彷徨うほどの高熱を出しても、両親は頑なにアンジェラを病院に連れて行かなかったのだ。
両親に愛情が欠如していたわけではない。
祈れば治る、と本気で信じていた。
とある宗教の信者同士で結婚した両親は、自身の子どもにも教義を教え込んできたが、アンジェラはいつも疑問ばかりが浮かんでいた。
(【罰ってなに…?】)
異常を確信したのは、アンジェラがハイスクールに通い始めた頃だ。
母親とクリスが事故に遭った。ジャンキーが運転する暴走車が歩道に突っ込んだのだ。
連絡を受け、父親とアンジェラはすぐにタクシーで母親とクリスが運ばれた病院へと向かった。今でも、焦った表情の父親の顔は忘れない。
『【そんな…、病院に運ばれるなんて…っ】』
病院は混雑し、駐車場に車を停めることもままならなかった。
先に車から降りたアンジェラは受付へ走り、事故現場のすぐ近くにいた母親とクリスがいる集中治療室へと案内された。
どちらも、複雑骨折と出血多量で危険な状態だ。
口には人工呼吸器、体のあちこちに管が繋がれ、頭と手足には大袈裟なほど包帯が巻かれていた。
クリスの右足は無残にも千切れてなくなっていた。
被害者の数は多く、輸血パックも足りず、すぐに献血してほしいとのことだった。
母親とアンジェラの血液型は一緒だ。了承したアンジェラはすぐに別の部屋へと移り、血液を提供した。
(【待っててクリス…。クリスと同じ血液型のパパも、もうすぐ駆けつけるから…!】)
数時間が経過し、集中治療室付近の廊下の隅で舟を漕いでいたアンジェラは、その叫び声に叩き起こされる。
『【クリス―――ッ!!】』
『【! ママ!?】』
飛び起きたアンジェラは集中治療室へ駆け込み、クリスの死を医師に知らされ、絶望で項垂れる母親の姿を見た。
クリスは母親の隣のベッドで息を引き取っていた。呼吸器も管も外されている。
ずっと祈っていたのか、傍にいる父親はクリスの左手を握りしめたまま、涙と鼻水を垂れ流しながら啜り泣いていた。
アンジェラは周りに目を配り、違和感を覚える。
死力を尽くしてくれた医師たちも疲れ切っていた、というより、信じられない物でも見るかのように愕然としていたからだ。
アンジェラはゆっくりとクリスのベッドに近付く。
『【クリス…】』
『【近付くな!!】』
怒鳴ったのは、父親だった。
悲しみから一転、わなわなと怒りに震え、肩越しにアンジェラを睨む。
『【アンジェラ、おまえ…。一体今までなにを教えてきたと思ってるんだ…!】』
『【…え?】』
今まで見たこともないような鬼の形相だった。異常者でも見るような眼差しだ。
ただただ困惑するアンジェラは、『【マ、ママ…、パパがいきなり…】』と母親のベッドに近付く。
バチン!
振り返った瞬間に頬を打ったのは、母親の手のひらだった。
突然の衝撃に、アンジェラは床にへたりと座る。
何が起こったのかわからず、熱を帯びる自身の頬に触れた。
『【あなたのせいよ、アンジェラ! あなたが私に穢れた血を与えたから、クリスに罰が下ったのよ! かわいそうに、クリス…! せっかくパパが輸血を断ったのに…!】』
わあわあと泣き出す母親に、放心状態のアンジェラは静かに疑問を浮かべる。
(【穢れた血…。輸血を…拒否? なにを…、なにを言ってるの…、血がなかったから…クリスは……】)
もう一度周りの医師達を、それを眺めていた患者の目を見る。
ああ、と気付いた。
当たり前なのだと納得しようとしていたのに、ガラガラと音を立てて崩れ、心が冷えていくのを感じる。
目の前の両親が、気味の悪い生き物に見えた。
宗教上の理由により、両親は病院を拒絶していた。どんな目に遭っても、家族といえど他の血液を体内に取り入れるなどもってのほかだ。母親曰く、“穢れる”らしい。
物心ついた頃から、寝る前の大好きな絵本より聞かされたことだった。なのに、アンジェラの心には一切響かなかったのだ。
少しでも両親の歩調を合わせることはあっても、受け入れたことは一度もない。
自身に欠如しているものに気付いたのも、その頃だ。
そして、数年後に手に入れてしまう、皮肉な能力。
家族と離れてしばらく引きこもっていたアンジェラは、能力を手にしたその日に、最初に近くの小さな病院に立ち寄り、怪我をした人間を順番に治療していった。
だが、次々と治療のたびに痛みに悲鳴を上げる患者に、院内は阿鼻叫喚だ。
中には、神よ、神よ、と叫ぶ者もいた。
警察を呼ばれる前にと病院の2階の窓から飛び降りて脱出したアンジェラは、走りながら狂ったように笑う。
『【フフッ、アハハハハ! ……カミサマ…。これもなにかの罰ですか?】』
実験も兼ねて、人を選び、治療する。動物実験ではなく、まずはホームレスから。
ほとんどが長くても数十分の内に治療は終わる。
傷の具合によって痛みの強さも違うが、指先のちょっとした切り傷でさえ、叫ばなかった人間は皆無だ。
全身に癌が転移した人間も試しに治療したこともあったが、全身を駆け巡る激痛のあまり相手はショック死寸前だった。その時は治療も中途半端に終わってしまった。
いよいよ能力の加減と使い方がつかめたところで、治療費が高くて払えない人間に売り込み、破格の安さで治療することもあった。おかげで衣食住にはさほど困らなかった。
ある日、妹のイザベラから連絡がきた。アンジェラの噂を聞きつけたのだ。
母親とクリスが事故に遭ったあの日、イザベラは祖母の家に預けられていてその場に居合わせることはなかったが、両親から顛末を聞かされていた。
アンジェラを拒絶こそしなかったが、イザベラなりに両親の手前距離を取っていた。
イザベラの信仰心は両親ほど狂信的ではない。必要な時は病院に通院し、相手は信者ではないが清い交際関係も築いていた。
『【姉さん…、お願い】』
助けて、と懇願するイザベラ。
「アンジェラ」
「!」
過去に想いを馳せるアンジェラに声をかけたのは、レンだ。
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