33:相変わらず
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去り際のマクファーソンの言葉の意味を知ったのは、勇太、純の陽動班が別荘に帰って来てからだ。
作戦中に敵を深追いした葵が、軍に捕らえられてしまった。
大事な家族が捕まったことで、家の中は殺伐としていた。
軍は太輔を誘い出すために葵を利用するつもりだろう。
去り際にマクファーソンは「ひとりで来い」とそれらを見越して要求していた。
ミケーレの能力で肺を潰された太輔はまだ回復しきっていない。いまだに咳に伴って喀血してしまうため、首にかけたタオルが手放せなかった。
奈美とレンもケガを負わされ、2人は今、寝室にある2つのベッドに寝かされている。
内輪揉めに加えて打つ手もない状況の中、太輔はミネラルウォーターの入ったペットボトルを片手に、奈美とレンの具合を見に、2人部屋に立ち寄り、扉を開け、そこにいた人物にぎょっとする。
レンが寝かされているベッドの端に、当然のように由良が腰掛けていたからだ。髪は、邪魔にならないように目玉クリップで器用に後ろに束ねられていた。
由良はスケッチブックを膝で立てかけ、鉛筆を手に、向かいのベッドで寝かされている奈美の絵を描いている。
太輔に気付いて一瞥したあと、またすぐにスケッチブックに視線を戻した。
「なっ、なにやって…!」
「別に変なこたぁしてねえよ」
明らかに動揺している太輔に対し、由良はスケッチブックに鉛筆を走らせながら、しれっと言葉を放つ。
「なんで勝手に入ってきてんだよ!」
太輔は荒々しく怒鳴るが、由良は淡々と答えるだけだ。
「一度、描きたいと思ってたんだ、この女」
スケッチブックには、寝ている奈美のデッサンが描かれている。
「そういや、冷蔵庫、ロクなの入ってなかったぞ。甘~いお菓子入れとけ、糖分が必要だ。ここの連中、ピリピリしてるもんな」
そう言いながら、座り直した。後ろにいたレンに少しもたれる。
そこで、太輔の足下に目を留めた。
「あ、それ取って。足下の」
太輔は由良の左袖を一瞥したあと、険しい表情を保ったまま、持っていたペットボトルを床に置き、由良から視線を逸らさずに身を屈めて足下の鉛筆を拾い上げた。
「そう、それ」
ゆっくりと接近し、いつ噛み付くかわからない猛獣に直接エサを与えるような面持ちで由良に差し出す。
「はんきゅ」
由良は太輔が差し出した鉛筆を口に咥えながら礼を言うと、再びスケッチブックに鉛筆を走らせた。その表情は楽しげだ。
太輔はそんな由良の態度が許せなかった。
奈美と由良の間に入り、奈美を背に由良を見下ろして睨む。
「……………」
由良は鉛筆の動きを止め、口を尖らせた。
「……ジャマなんですけど」
「出てけよ! ナミ助けた借りがあるからぶん殴らねえだけで、テメエがしたこと、許したわけじゃねえからな!!」
2年前、知り合いだった管理人を由良が目の前で殺したことは、恩人だろうとなかったことにはできない。
対して、太輔が怒る理由に心当たりがない由良は、奈美のデッサンの続きを諦め、画用紙をめくった。デッサンの対象を変更する。
(何キレてんだ? 渡しといてそんな…。アホの子?)
「その鉛筆もスケッチブックも葵のだ! 触んなっ……」
太輔が由良が持っているスケッチブックを取り上げようと一歩踏み出した時、足下にあった紙の端を踏んでしまった。
見下ろすと、優しく微笑む由紀恵の顔があった。
「!」
思わず後ずさる。
「ユ、ユキエさん…!?」
それは由良によって描かれた由紀恵の絵だ。危うく踏み絵にするところだった。
「へえ、ユキエってんだ。その女、いいよな。なにより空気がいい。実際、そいつの側にいると居心地いいだろ」
太輔は驚いた顔で由良を見つめた。その通りだったからだ。
よく見ると、床には由紀恵の絵以外にも、伶、純、勇太の絵があった。
「オレも、お仲間とつるんでた時は、なかなか楽しかった。―――けどよ、その女からは離れたほうがいい。利用されんぞ」
スケッチブックから顔を上げた由良は目を眇め、教訓を教えるように太輔に警告する。
「……………」
太輔の表情に影が落ちた。目を伏せ、小さく答える。
「知ってる……」
「知ってて言いなりか? ……理解できねえな」
由良はそう言って鉛筆を走らせながら、急に眉をひそめた。
「……しかし、おまえもなんだ…。時々、描きにくいトコあるな…」
太輔を描いているはずのその絵は、頭の半分と片目がない。
「一瞬、うろになる。そういうとこアレだな…、ヒロセに似てる」
それを聞いた太輔は、完全に黙ってしまった。
「……まあ…、こいつも…、そういうとこあるんだよな…。けど、こいつの場合、虚というより…、別のなにかになってるような感じもあるし…」
スケッチブックと鉛筆を横に置き、肩越しに振り返ってレンの腹部分を布団越しに、ぽんと手を触れる。
「……おまえと組んでるのはびっくりしたが、楽しくやってるみたいだな」
屋敷にいた頃の日々を思い出し、懐かしそうに目を細めて笑った。
「こいつを最初に拾ったのはオレなんだ。出会った当初なんか、ついてくるくせに、警戒心の強いノラネコみたいに懐かなくってよー。ちょっとからかっただけで引っ掻いてくるし」
その光景を見て、太輔はレンと出会った時のことを思い出す。
ボロボロになりながらも、由良を探していたレンの姿を。
「……………」
由良はベッドから腰を上げ、長く座っていたせいか、「いてて…」と痛めた腰を擦る。
髪留めとして使ってしたクリップも外し、太輔に背を向け、部屋から出て行こうとした。
「広瀬は…、あいつはどんなだった? 一緒だったんだろ」
由良の背中に向かって、太輔が尋ねる。
「レンから聞いてねえのか?」
「……昔の話、辛そうだから…」
「……一緒じゃねえよ。あいつは、ひとりだった」
そう言い残して、由良は部屋を出て行った。
太輔はその場に立ち尽くし、部屋の窓に目をやる。もうすぐ夕方だ。
「あいつ…」
「!」
少しして、レンがむくりと半身を起こした。
「レン!」
驚いて声を上げる太輔。
レンは頭に巻かれた包帯を取り、こめかみの傷に指を触れて具合を見た。まだ少し痛むが、ほとんど塞がっている。
「もう大丈夫なのか? ってか…、もしかして起きてた?」
「誰かさんが「出てけよ」って怒鳴った辺りから。空気読んで寝たふりしてた」
「あ、悪い…」
「いや…。……あいつ、昔おまえになんかした?」
そう聞きながら体勢を変え、ベッドの端に腰掛けた。
太輔は躊躇ったが、その表情は見て取れる。
「……………」
「いーよ。気を遣わなくて。奈美から華音(あたしの仲間)がやらかしたことも聞いたし…」
「……おばちゃん……オレの知り合いが…あいつに……」
「……………」
レンの感情は、奈美から華音が身内を殺されたことを聞いた時と同じだった。
「……いい人だった?」
「ああ…。よく親切にしてくれたんだ…。子どもの頃から知ってる人…」
「……………」
立ち上がったレンは、床に散らばった絵を一枚一枚拾い集めた。
その中に自分の絵はない。
「……人間をクズとか言うわりに、ちゃんと人間を見てるんだよな…、あいつ……」
「え…?」
人間である伶の絵も、他の絵と同じように、適当は一切なくしっかりと描かれている。
「勝又に誘われてあっさり入ったらしいけど、たぶん勝又になんかされたんだろな…。……どこまで…あいつの意思で人を殺してたと思う? ……仲間も…、広瀬も…」
「……………」
「あたしも勝又に操られていたら、なにも疑問に思わず、もっと殺してたかもしれない…」
絵を集め終わったレンは、そう言いながらベッドの上に束にしたそれらを置き、太輔と向かい合った。
「太輔、おまえと由紀恵さんとの話…“心臓”をどうするかについては聞いてた」
「!」
「悪い、完全に立ち聞き。…おまえは自分の意思で器になって眠らされるんだよな…。それでいいのか、ってあたしが聞くのは野暮か…」
「オレは……」
「わかってる。おまえはおまえのしたいようにすればいい…。―――でも、あたしは賛同できない。由紀恵さんを見てると、あいつが…、勝又の顔がチラつくんだ…。だから、別でホテルを取らせてもらったんだよ…」
太輔も薄々気付いてはいた。
レンが由紀恵に対して距離を取り、酷く警戒している様子は明らかだった。自分達を利用した勝又と重ねていたのだから無理もない。
「ここから、別行動をとらせてもらう。手当てとベッド、ありがとな」
「……“心臓”を追うのか?」
「……少し考える…。考えていくうちに、おまえが犠牲にならない方法も思い浮かぶかもしれないし」
「レン…」
「太輔、自分が死ぬことに対して、もっと臆病になってもいいんだ。永遠に眠らされる器が勇太や奈美だったら、おまえは全力で止めるだろ? …ましてや、自己犠牲で死んだって…、満足感なんか一瞬だ。死んだらそれだって消えるわけだし…」
「消える…」
反芻する太輔に、レンは「ああ」と頷いた。
「残した先のこともわからないまま死ぬなんて…あたしは絶対イヤだ」
そう言いながら、眠っている奈美に近付き、「じゃあな」と声をかけてその頭を撫でた。
「着替えねーと…。あいつまだいるかな…」と独り言を零しながら別荘を出る準備を始める。
「あいつを追いかけるのか?」
「うん。ちょっとしばいてくる」
握りしめたコブシを見せるレンに、太輔は「おいおい…」とたじろいだ。
「ってのは半分冗談。……貸してたものを返してもらうだけ」
由良の左袖には、レンの缶バッジがあった。正直、捨てられたと思っていた。
「……誰かに恨まれてても、あたしにとって、あいつは……。…あいつのおかげで、あたしはひとりじゃなかった」
小さく笑って言うレンに、太輔は「…そっか」と頷く。
「レン、最後に…買い出しに付き合ってくれるか?」
「……まあ、いいよ」
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