32:望み
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レンはジャスパーから逃げ切ったあと、ひたすら茂みを掻き分けながら、太輔、由紀恵、伶がいるだろう海岸を目指す。
「はぁ…、はぁ…」
右のこめかみ、左脇腹の傷は深く、滴り落ちる血がなかなか止まらなかった。
息は荒く、歩くたび体中に響く痛みに奥歯を噛み締める。
満身創痍の体に加え、辺りは暗く、ひとり茂みの中を走り続る状況は、いつかの湖の戦いを彷彿とさせ、戦いの途中からずっとフラッシュバックを繰り返していた。
ジャスパーから取り返した、右手に握りしめた眼帯はいまだに森尾の血がこびりついたままだ。
瘡蓋を無理やり剥がされ、さらにそこへ熱湯がかけられるかのように、レンの内心は掻き乱され、身体から迸る漏電を抑えることもままならない。
(うるさいな…)
息が詰まりそうだ。夜の静けさもノイズに聴こえる。
「!」
遠くで銃声が聞こえた。
次に、耳が捉えたのは、微かなプロペラ音だ。
誘われるようにそちらに足を向けて歩を進めていくうちに、プロペラ音は大きくなり、波の音も混ざりだした。
足下は砂を踏みしめ、ふらふらと茂みから海岸へと抜け出る。
目の前の光景に、レンは大きくため息をつき、鬱陶しそうに頭を掻いた。
「……どういう状況だよ…」
その場にいた全員が驚いてレンを凝視した。
「レン!?」
先に驚きの声を上げたのは伶だ。
「【あのコ、たしかヨコスカで……】」
「【ボクのことバカにした能力者!】」
D2がそう言ったとき、傍らのホーナーは思い出して叫ぶ。
緊迫した空気の中、レンは眉根を寄せながら、目の前の状況を見たまま把握しようとした。
桟橋付近には、“アクロの心臓”を回収しようとしたクルーザーは破壊されて残骸が海面に浮かんでいた。回収に向かう前に阻止されたのだろう。
負傷したミケーレがレンの前に現れた時に「ヤバい奴ら」と言ったのは、今まさに由紀恵を後ろに庇って太輔と睨み合いになっている、マクファーソン達のことだ。
マクファーソンは刃先を太輔に向けていた。対する太輔は目立った外傷はないというのに、口から血を吐き出し、何か言おうにも咳き込んで声を発することもままならない状態だった。
そこから数メートル離れた場所に着陸している軍用ヘリの傍には、スナイパーライフルを構え太輔に銃口を向けるD2と、ホーナーがいる。
桟橋付近にいる伶はD2のせいで突っ立ったまま、動くに動けないのだろう。
(奈美は……来てないのか?)
視線で、自分より先に走って行ったはずの奈美の姿を探したが、どこにもいない。
途中でルートを変更したせいですれ違いになったのか。
もしくは、ジャスパーが言っていた他の能力者と交戦してしまったのか。
どちらにしてもレンにとっては非常に不快な状況だ。
募り募る苛立ちに舌を打ち、太輔の援護に向かおうと足先を向けて歩き出した。
ドンッ
そこへ、D2はレンの足下に銃弾を撃ち込んで脅しをかける。
レンは動きを止め、発砲された銃弾で抉れた地面を見下ろした。足先ギリギリだ。その気になれば直撃させることもできただろう。
「……邪魔すんなよ…」
振り向かず静かに低い声を漏らすレンに対し、D2はなだめるような笑顔を向ける。
「【動かないで。見たところ重傷人のようだけど、場合によっては、キミのようなお嬢さんでも……】」
「……………」
「【ちょっと! マクファーソン、D2、わかってる!? 能力者は、なるべくいい状態で欲しいんだけど!】」とどうしてもサンプルがほしいのか、念を押すように叫ぶホーナー。
「【大丈夫だよ、ホーナー博士】」とD2は柔らかく返す。
「ゲホッ、ゴホッ」
血を吐き続ける太輔は今にも倒れそうだ。
「太輔!」
由紀恵が太輔の背中に叫ぶ。
「……………」
由紀恵の声が、レンの体に反響した。
レンの中でフラッシュバックが再び巡る。仲間の死に様、由良の左腕、恵を抱えて立ち去る勝又の背中…。
『あのコじゃダメよ…』
(否定するな…)
『きっと壊れてしまう…』
(決めつけるな…)
『死んだ仲間を生き返らせるなんてこと、できるはずがないから』
(あたしの望みを奪うな…!!)
バチッ…!
青白い光が迸った。
その場にいる人間の視線がレンに集中する。
レンの能力を初めて目の当たりにするホーナーは、「【電気人間!?】」と興奮した。
「どいつもこいつも…邪魔ばかりしやがって…、うんざりなんだよ!!」
業を煮やしたレンの体から漏れる電流が激しさを増す。
「ただの使い走りになるためにここに来たわけじゃない…! 邪魔するなら…、全員まとめて…汚ぇ消し炭にしてやる…!!」
D2のスナイパーライフルの銃口は、レンの右足に向けられた。
ホーナーにできるだけ傷つけないようにと言われたが、自棄を起こした様子で、味方ごと巻き込みかねない雰囲気だ。足を吹き飛ばして動きを封じるしかない。
レンの今の心を映した真っ黒な瞳が、こちらを狙うD2を睨んだ。フーッ、フーッ、と息荒く手負いの獣をように興奮した様子だ。
D2もスコープ越しに目を合わせ、引き金を引こうと指をかける。わずかでもレンが攻撃しようとすれば狙撃する覚悟だ。
伶は「レン! やめろ、撃たれるぞ!」と叫び、由紀恵も「北条さん!」と呼びかけるが、レンの耳にはくぐもったノイズにしか聞こえない。
(うるさい…。うるさい…。残したいものが…なにも残せないのなら…、全部…、壊して…………)
その時、レンの視界に、シャボン玉がふわりと横切った。
バシ
突如、D2のスナイパーライフルに装着されていたスコープと銃身の部分が弾け飛んだ。
「【死なせちゃったら一大事だよ~】」とD2の傍らに立つホーナーは、太輔とレンの方向を見たまま、D2の銃が弾けたことに気付いていない。
D2は銃を下ろし、その弾けた部分を呆然と見つめていた。何が起こったのか理解が追い付かない。
レンは一部始終を見ていた。
視界を横切ったシャボン玉が、ふわふわとD2のスナイパーライフルに接近して触れた途端、弾けて破壊したのだ。
「…………え?」
先程まで我を失うほどどす黒く渦巻いていた感情ごと、まるでブレーカーが落ちるように、激しく迸らせていた漏電もろともフッと消え、きょとんと目を丸くしている。
「―――なあ、それ本物?」
茂みから葉が擦れ合う音がしたかと思うと、レンには聞き覚えのある懐かしい声が聞こえた。
レン、D2、ホーナーは、茂みから現れた人物を凝視する。
その姿を目にした瞬間、レンの心臓が大きく跳ねた。
「ゆ…っ」と絞り出す声が震える。
「由良?」
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