31:一度だってない
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作戦決行当日の夕方、別荘の前では、伶が陽動班に作戦の内容を詳しく説明していた。
「……おい、レン。なにイラついてんだ?」
会話を途中で中断させ、伶はレンに顔を向ける。
「……別に」
レンの表情は、誰から見ても眉を顰めて不機嫌さを露わにしていた。
結局、作戦当日になってもレンは回収班には変更されなかったからだ。
“アクロの心臓”に近付けない役割だ。
水樹達のリアルな夢を引きずっているせいもあり、日に日に苛立ちを募らせていた。
「……………」
そこで、ふと敬遠していたことが思い浮かぶ。
(……由紀恵さんなら、“心臓”の力で死んだ人間を生き返らせることができるか、知ってるかもしれない…。なんだったら、少し…使わせてもらうことだって……)
「ちょっと水飲んでくる」と言って、レンは別荘の中へと戻った。
その時、隣の部屋にいる太輔と由紀恵を見つける。
「ユキエさん…、なにか話しとくことあるだろ」
太輔は優しく由紀恵に声をかけた。
ソファーに腰掛け、うつむいていた由紀恵が、太輔にゆっくりと顔を上げる。
その表情は、数日前と比べ、やつれている様子だ。思い詰めるあまりに睡眠も十分にとれていないのか、目の縁の隈は濃くなっていた。
由紀恵は黙ったままソファーから立ち上がり、太輔と共に裏口から出ていく。
扉の陰から窺っていたレンは、その様子が気になってこっそりと後を追いかけた。
由紀恵と太輔は誰にも気づかれないように、海岸へ向かっていく。
外で伶達と一緒だった奈美は、そんな由紀恵と太輔に続き、こそこそと尾行するレンの姿が目の端に入った。
海は夕日色に染まっている。
波の音が奏でる砂浜に着いた由紀恵は、そこに横たわった流木に歩み寄り、太輔も何も言わずそのあとについていった。
「……ここ、座って」
由紀恵が流木に座ると、太輔はその隣に座る。
向かいにあるオレンジ色の太陽はあと少しで沈むだろう。夜を迎える前に、由紀恵には太輔に伝えておくことがった。
少し間を置き、ゆっくりと語り出す。
「……前にも話したように、私の目的は“アクロの心臓”の封印よ。私はずっと、その機会をうかがってきた。そして、焦りもあった。……広瀬の目覚めよりも、軍の回収よりも、早く、早く…! でも、私が本当に恐れているのは、それじゃない」
時折独り言のように独白している言葉を、レンはヤシの木の陰に身を潜めながら耳を傾けていた。
「北条?」
「!」
そこへやってきた奈美に背後から声をかけられ、振り返ったレンは慌てて人差し指を自身の口に当てて「しーっ」と息を漏らし、奈美の手を引いて一緒に木陰に隠れる。
「あの方が…、“御霊”が今ここに来てしまったら、全て台なし…。“御霊”には勝てない…! 方法はひとつ…。“御霊”より先に“心臓”を手に入れ、封印する…」
由紀恵は、差し迫る恐怖に頭を抱えて体を震わせると、ゆっくりと顔を上げ、太輔と目を合わせて静かな口調で言い放つ。
「そのために太輔、あなたには、“心臓”を収める器になってもらいます。あなたにも、広瀬と同じ器の資質がある。私の残りの生涯をかけて、眠らせてあげるわ。あなたは一生、“心臓”と共に眠り続ける…。そうすれば“心臓”もその存在する意味をなくすでしょう。……あなたの命を縛ることになる…」
由紀恵の顔には、苦渋の決断であることが滲み出ていた。できれば、器の役目である太輔にも本来の目的を隠し通したまま実行する予定だったのだ。
話を聞き終え、顔に影を落とした太輔はうつむいて黙ったままだ。
会話を聞いていたレンと奈美は、由紀恵の真意に触れて身体を硬直させる。
(一生、眠らせる…!? 由紀恵さんは、最初からそのつもりで叶を…!?)
(そういうことかよ…! そのために、あたし達を利用して……)
嫌でも思い出す、勝又のやり方だ。レンは怒りを覚え、今にも飛び出したい気持ちを抑える。
「本当は…」と由紀恵は言葉を続けた。
「北条さんにも、器の資質があるの」
「「!?」」
太輔が目を大きく見開いた。
奈美の視線もレンに移る。
「……けれど、あのコじゃダメよ…。きっと壊れてしまう…。暴走するのは目に見えてるもの…。―――だって…、いくら“心臓”の力が強大でも、死んだ仲間を生き返らせるなんてこと…できるはずがないから…」
(…………え?)
その言葉が、レンの胸を鋭く貫いた。わずかによろめいてヤシの木に背中を預け、何か言葉が漏れそうになるが、左手で口を押さえる。
「死んだ…仲間……」
呟く太輔は、湖の戦いの最中に見た、森尾の屍を思い出す。
初めてレンに会ったのは、その直後だからだ。
失ったことで泣きはらし、目の周りが赤く腫れていたレンの顔は印象深い。
「……………」
奈美は茫然としているレンの肩を軽く叩くが、どう声をかけていいか戸惑っていた。
思い返したのは、レンと縁側での会話だ。
『え、“心臓”をどう使うつもりだったのかって? まあ…、強くなりたいとかじゃなくて…、あれほどの力があったら、死んだ人間を生き返らせることができないかな…ってさ…』
確信を持っている様子ではなかったが、それでも信じたい気持ちは伝わっていた。
『華音も生き返らせたいと思ってる…。その時は…、もう、殺そうとしないでくれよ?』
冗談のように笑って言っていたが、その目は真剣だった。
「だから、あなたじゃないとダメなのよ…」と由紀恵は言葉を継ぎ、おそるおそる、太輔のほうに振り向く。
太輔はうつむいたまま、動かなかった。
由紀恵には今、太輔がどんなことを考えているのかわからない。
太輔からすれば生贄になれと言われたようなものだ。
今でも抵抗されてもおかしくない雰囲気に、焦る由紀恵は目を強くつぶり、自身の手のひらを見つめた。
(やむをえない…!!)
意を決して太輔の後頭部をつかもうと手を伸ばす。
「!」
太輔を洗脳するという最終手段を使用しようとした。
由紀恵の怪しい動きに、はっとしたレンが飛び出そうとした時だ。
「大丈夫」
太輔の言葉に、レンの足と由紀恵の手がビクッと止まる。
太輔は決意したのか、息を吐いて、顔を上げた。
「“心臓”なんかもらっても、オレ、暴走なんてしねーし!」
由紀恵に顔を向ける、真っすぐな瞳に迷いはない。
「ユキエさんも一生を捧げるこたぁねーよ! もったいねえ! 美人だし」
面食らっていた由紀恵は、くすっと顔をほころばせた。
「ウフフ…。あなたって本当…、アレね……」
「どれ!?」
「……そうよね…、私のやり方で成功するとは限らないし、広瀬が先に復活するかもしれないしね」
「それも大丈夫」
そう言って、太輔は立ち上がった。
「広瀬には、負けねーから!」
恐れず言い放ち、海の向こうを見る。
すでに、広瀬と戦う覚悟はできている。
由紀恵から表情が消える。いっそ、「嫌だ」と抵抗してくれた方がよかった。
「じゃ…、またあとで」
太輔はそう言い残し、別荘へと引き返した。
背中越しに、由紀恵は静かに目を瞑り、苦し気に呟くように言う。
「ごめんね。……ごめんね、太輔…」
謝罪の言葉だった。
由紀恵の脳裏には、太輔との2年間の思い出が巡っている。
太輔はそれから振り返ることなく、真っ直ぐ別荘に戻った。
レンと奈美はすぐにはその場を離れることはできなかった。どちらも、頭の整理が追い付かないのだ。
太輔が“アクロの心臓”と共に封印される計画が企てられていることや、器の素質はあってもレンの望みが叶えられないこと…。
「…っ」
「! 北条…」
しばらくしてレンが先に動き出した。奈美は背中に呼びかけるが、レンの耳には聞こえていない。
レンはコブシを握りしめ、奥歯を噛みしめながら別荘へと足早に向かう。
(……太輔の奴、利用されてることわかってて言ったのか!? あたしはもう利用されたくない…!)
立ち止まり、別荘の壁を殴った。身体の痛覚より、心の苦痛が勝っている。
(それに、実際に“心臓”を手に入れないと…やってみないとわからねーだろ…! ……太輔の手に渡る前に取り上げるか? それなら、太輔も眠らされずに済むし、あたしの願いも叶うし……)
横取りを思い浮かべたその時、不意に、数日前に海で太輔達と遊んだ思い出が胸をよぎった。
苦悶の表情を浮かべ、息が詰まりそうになりながら自問自答する。
(……みんなを……裏切ってでも?)
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