28:殺さなくてよかった
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その夜、ゆったりとした服に着替えたレンは、庭が見える縁側に腰掛けて月を見上げていた。
『【大丈夫よ、イザベラ…】』
激痛の最中、意識が飛ぶ手前で確かにアンジェラはそう呟いていた。
(イザベラ…って誰だ?)
まるで、イザベラという人物とレンを重ねるような言い方だった。
アンジェラの思惑は具体的には理解できなかったが、治療をしてくれたのだ。敵ではないだろう。
一度立ち上がり、廊下を渡る。風呂の場所を奈美に聞こうとした。
探していると、とある大部屋から障子越しに、男達のかけ声、足音、畳に叩きつけられる音が聞こえ、ふと気になり、障子を少しだけ開けて覗く。
その大部屋では、はかま姿の奈美と数人の門下生が稽古をしていた。
門下生がひとりずつ奈美に立ち向かっていくが、全員、奈美に軽々と投げ飛ばされて畳に叩きつけられる。
奈美の攻撃は無駄がなく、冷静に攻撃をかわし、受け止め、確実に急所を突いた攻撃をしている。
「やるなぁ…」
茫然と障子の向こうの光景を見つめながら、天草との戦いを振り返った。
今回は運が良かっただけだ。
意表を突けたのだって、2年ぶりで天草もレンを甘く見ていたこともある。
強くなったとは決して驕れない。
天草の実力は未だに計り知れず、無駄な動きを感じさせない、武術を心得ている構えだった。
あちらが挑発にうまく乗ってくれなければ、長期戦で敗北していたのはレンの方だっただろう。
自身の左コブシを見つめる。
1年以上、各所のジムに通って鍛えてはいたつもりだが、相手は普通の人間ばかりだ。
腕っぷしは一般人より強くても、能力者の動体視力や体力についてこれる者はいなかった。
試合で勝利を手にしても、物足りなさを感じていたのだ。
「……………」
しばらく考えたあと、門下生達が休憩に入ったのを見計らい、障子を大きく開けた。
「!」
稽古をしていた奈美と門下生達が動きを止め、レンに注目する。
「北条?」
奈美が声をかけると、レンは真剣な面持ちで稽古場に入り、奈美と向き合った。
「奈美、あたしにも稽古をつけてくれ。稽古代はもちろん払う」
「!?」
何を言い出すんだ、というように、奈美もそうだが、門下生達も驚いた顔をする。
レンは言葉を続けた。
「いつまでも、我流ばっかじゃダメだと思って…」
「……………」
「このままじゃ、誰かどころか…、自分さえ守れない」
レンと奈美はしばらく見つめ合ったまま黙っていたが、口を先に開いたのは奈美だ。
「……改めて、動きが見たい」
そう言って、別の部屋に移動したかと思えば、すぐに戻ってきた。
片手には、道場のはかまを持っている。
「これに着替えて」
「!」
「そのあと、門下生達と戦ってみて」
レンははかまを手渡し、その際、「能力(ちから)は使わないように」と耳打ちした。
*****
レンは別室で着替え、少し伸びた髪をハーフアップに結んだあと、すぐに稽古場に戻ってきた。
その真ん中で大柄の門下生と向かい合う。
「両者、礼!」
奈美が声を上げ、先に門下生が礼をし、レンも見習って礼をした。
「始め!」
その声で、門下生が構え、遅れてレンも構える。
先に門下生が攻撃を仕掛けてきた。
「やあ!」
手刀を振り下ろしたが、レンはさっと身をかわして避け、勢いをつけて脇腹に蹴りを打ち込んだ。
大柄の門下生は横に吹っ飛び、壁に激突する。
「は…、速い…」
「力も強そうだぞ…」
他の門下生達は驚いて目を見張る。
奈美は冷静に、「次!」と発した。
ひとりずつ、レンは門下生達を相手に疲れた表情ひとつ見せず相手にしていく。
腹目掛けて突き出されたコブシを、腹を両腕で抱える体勢で防ぎ、身を屈め、門下生の腹にコブシを強く打ち込んだ。
「くぁっ…」
門下生は尻餅をつき、仰向けに倒れる。
「これで10人抜き」
気付けば、周りにはレンに負けた門下生達が場外で休んでいた。
レンは新しく左腕に作った小さなアザを擦る。
左腕だけではなく、体のところどころにもアザが見当たった。
「……………」
奈美は黙って場内に入り、レンと向き合う。周囲は「いよいよか」とざわついた。
ひとりの門下生が立ち上がり、声を上げる。
「両者、礼!」
レンと奈美が同時に一礼した。
「始め!」
レンと奈美は同時に足を踏み込み、攻撃を仕掛けた。
レンは奈美のコブシを右腕で受け止めるが、
「!」
続いて脇腹目掛けて蹴りがきたので、後ろに飛び退く。
それから少し溜めて再び奈美に躍りかかった。
勢いをつけて脇腹目掛けて蹴りを入れようと右脚を振る。
「!?」
奈美は左腕で蹴りを防ぎ、右手で素早くその足首をつかんだ。
そのまま捻られ、レンは畳の上に倒れそうになったが、
「!」
両手をついてバランスを取って体勢を持ち直し、足を振って奈美の手から逃れて前転し、立ち上がり構える。
奈美もコブシを構え、レン達は互いに攻めや防御を繰り返した。
「すごい…!」
「奈美ちゃんと互角にやり合ってる!」
興奮気味に観戦する門下生達の言葉が耳に入り、レンは内心で舌打ちをする。
(互角だぁ!? 明らかにこっちが押されてるってんだ…!)
門下生の時と打って変わり、表情に余裕はない。
攻撃を繰り出したくても、先に奈美が攻撃を仕掛けてきて防戦一方だ。
(もらった!)
一瞬、奈美の動きが止まったのを見逃さず、コブシを振った。
「!?」
だが、その左手首をつかまれ、引き寄せられてしまった。
誘いと思った時には手遅れだ。
つんのめった状態になり、足払いされる。
「つっ!」
そのまま奈美も共に倒れる勢いで、下にいたレンは畳に強く打ち付けられた。
「う…っ」
「い…、一本…」
門下生がレンを見下ろしながら、奈美側に手をあげた。
奈美は門下生から新しいタオルを受け取り、レンに近付き、それをレンの頭にかける。
「スピード、反射神経、瞬発力、判断力はいいが…、ぶつかりすぎだ。普通なら体力消耗で、すぐに疲れてしまうところだが、武術も心得てない奴らとのケンカなら、ほぼ確実に北条が勝つ。力だけの勝負なら…」
レンはゆっくりとした動作で上半身を起こし、もらったタオルで顔の汗を拭う。
「……どうすればいい?」
「さっきの戦いでわかったんだが、受け流し技がまったくなかった。私がさっき見せた手首を引っ張るような技だ。北条の防御は腕で止めるか、かわすかどちらかで、余計な体力を使う」
それを聞いて、今までの自分の戦い方を思い返してみた。
天草の攻撃をうまく受け流せていれば、骨折しなくてよかったかもしれないのだ。
奈美は言葉を継ぐ。
「相手の攻撃を受け流し、一発で仕留める方が効率がいい」
(受け流し…か)
一度落ち着いたところで、タオルを場外に投げ、奈美と向き合った。
「もう一本、お願いしていいか?」
奈美は頷き、自分の位置に立つ。
門下生が声を上げた。
「礼!」
当初とは違い、場の空気に馴染んだ気合いの入った顔でレンは礼をする。
「始め!」
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