27:忘れられてもいい
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声の主は天草を両腕に優しく抱え、レンの頭上を飛び越えた。
レンが振り返ると、少し離れた場所で、天草を抱えた色黒の外国人が、不敵な笑みを浮かべながらレンを見つめる。
「余計なことをしてくれたな、ジャスパー!」
抱えられた天草は、色黒の外国人からおりると一歩離れて怒鳴りつけた。
顔には多少の火傷を負い、シャツは焼けて肩回りがむき出しになっている。
ベージュのポンチョを着た、ジャスパーと呼ばれた二十代前半くらいの青年は、「【余計なことじゃねーだろー】」と肩を落とし、クリーム色の長髪の頭をぽりぽりと掻いた。
前髪には金属コームカチューシャを付けている。
「【スゲーなぁ。アキセンパイが追い詰められてんの、けっこうレア】」
敵意もなくレンに近づくジャスパー。
英語で話しかけられているはずなのに、流暢な日本語がレンの耳に入った。
由良と英語の勝負をしていた時のことを思い出し、妙な感覚が懐かしくも感じる。
「……おまえも、能力者か?」
外国人の能力者に会うのは初めてだ。試しに日本語で話しかけると、ジャスパーは「【ああ!】」と屈託のない笑顔で頷いた。
「【オレ様はジャスパー! …ここで会ったもなにかの縁ってことで、レンセンパイ…、もう一度仲間にならねぇ?】」
「はあ?」と嫌そうに顔をしかめるレン。
当然、天草は反対の声を上げた。
「ジャスパー、なにを言ってる!」
だが、ジャスパーは耳を貸さない。
「【アンタが会いたがってる勝又のおっさんも、“あの方”もいるぜ】」
「……………」
(“あの方”…。勝又と銀夜が言ってた……)
レンは黙って目の前のジャスパーを睨みつけた。
「【だめかなー? 女の子がもうひとりいると華やぐっつーか…】」
そう言いながら、ジャスパーはジロジロとレンの体を無遠慮に見てニヤニヤと鼻の下を伸ばす。
バキィッ!
「【い゙っでええええ!!】」
鋭いコブシが、ジャスパーの右頬に直撃した。
レンは「え、当たった」と逆に驚かされる。
「……………」
右頬を手で覆いながら叫ぶジャスパーに、天草は呆れた表情で眺めていた。
「仲間になる気は毛頭ねえよ。どこ見てんだ。殴るぞ」(もう殴ったけど)
「【……く~~~っ。仕方ない、お誘いは次の機会っつーことで。帰ろ、アキセンパイ】」
「【オレ様このセンパイ怖ーい】」とジャスパーは痛そうに頬を押さえ、天草に肩越しから声をかける。
「待て。私はまだ…!」
天草は納得のいかない声を上げるが、ジャスパーは遮った。
「【さっき、勝又のおっさんから連絡があった。自由行動してるのバレたぞ。ハンを見送ったら、とっとと帰るはずだっただろ。時間潰すなよ。アキセンパイは、“あの方”の守護者なんだし】」
「う……!」
最もなセリフだったのだろう、何も言い返せなくなり、顔色を青くした天草はうつむく。
ジャスパーは不敵な笑みを浮かべ、レンに振り返った。
「【オレとセンパイは帰る。アンタが来ないのは、ホント残念だ】」
「北条! 一度退くが思い上がるな! 勝負はまだ着いてないからな…!」
捨て台詞と共に勝手に立ち去ろうとする天草とジャスパーに対し、レンは足下のレンガを左手で拾って投げつける。
「ふざけんな! 勝手に帰ろうとしてんじゃねえ! ジジイの居場所だけ教えろ!」
「【うわっ!】」
「高みの見物キメてるあのジジイに伝えとけ!!」
「【ちょっ!?】」
「どうせまた新しい仲間を道具みたいに使うんだろ!? それしかできねーもんな! うっかり寝首掻っ切られねーよう、気を付けるんだな!!」
ジャスパーは天草の肩を寄せて寸前で避けるが、レンは止まらず、怒りの形相で「逃げるなコラー!」とレンガとプラズマを交互に投げ続けた。どちらも左だけで投擲している。
「あの女…言わせておけば次から次へと勝又様を愚弄する言葉ばかり…!」
「【熱くなるな! 時間ねえって言ってんだろ!】」
挑発に立ち止まりそうになった天草を慌てて手で制するジャスパー。
天草の背中を押し、レンガとプラズマを避けながらその場をあとにした。
完全に視界から消えたことを確認したレンは、「はぁ、はぁ」と肩で息をしながら、崩れたレンガの壁のところまで歩み、その壁に背をもたせかけて尻餅をつく。
「痛て…っ」
座った際に右手を地面についた瞬間、痛みが走った。
右腕の前腕が大きく腫れている。天草の硬化した腕を上に跳ねのけた時に折れたのだろう。
「はは…」と空笑いが出てしまう。
「折れてら…」
横須賀基地で負った傷が治ったかと思えば、また時間がかかる傷を作ってしまった。肩と右前腕から流れ出る血と、わずかに動いただけでも、硬化したコブシで打たれた内臓の一部が悲鳴を上げる。
大きく息を吐き、オレンジ色の空を見上げた。
(……さて…、天草の「日本に残って正解」ってセリフと、外国の能力者が一緒ってことは…、勝又は今…日本にはいないってことか…。見つからねえわけだ…。しかも、勝又の仲間も横須賀基地に来てたみたいだし、狙いは変わらず“心臓”か。仲間を利用して、なにか仕掛ける気だな…)
当初の予想通り、このまま“アクロの心臓”を追っていけば、おのずとあちらから姿を見せるかもしれない、と可能性を高める。
『死んだと言っただろう』
不意に、天草の一声を思い出してしまった。
気丈に振る舞おうとしていた心が壊れる。
脳裏を過ぎるのは、シャボン玉で破壊された木々、傍に転がっていた由良の左腕、冷たい皮膚の感触、逃げるように残された血痕。
「…っ……うう……っ」
フラッシュバックのせいで、心臓が、爪を立てて締め付けられるようだ。胸の内にどろりとした何かが煮詰まり、息がしづらい。
膝を抱えて縮こまる身体。口からは呻き声が漏れる。
しかし、どれだけ苦しくても涙は一滴も出なかった。
(……忘れられてもいい…。生きてさえいてくれれば…。……でも…、一目でいいから……由良に…―――)
今、座り込んでいる場所は、初めて由良と戦って負けた場所だった。
固い栓を抜かれたように泣き出したレンに対し、由良は笑いながら自身のツナギの袖でレンの涙を乱暴に拭った、レンにとっては懐かしく、愛おしい記憶だ。
「―――由良に会いたい…」
涙の代わりに、ぽつりと零れる本音。
その時、遠くから足音が聞こえ、はっと顔を上げた。
能力者の反応もある。またひとり分だ。
(……新手の能力者か? こっちはもう戦える体じゃねえってのに…)
じっと、こちらにゆっくりと近付いてくる人物を見据える。
レンを追っていた、褐色肌のアメリカ人の女だ。
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