26:必死なんだよ
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空母が出港した夜。
“心臓の欠片”を持つ由紀恵は、“アクロの心臓”の気配がどんどん離れていくのを静かに感じ取る。
トレーラーハウスの傍に設置したテーブルで、由紀恵・純・葵・勇太・伶が集まっていた。
「…ママ、悪ぃ…。オレ達、“心臓”を奪還するどころか…、逃げてくるだけで精一杯だった…」
うつむく伶は由紀恵と顔を合わすことなく苦しそうに報告する。
トレーラーハウスの入口に座っている葵が、トレーラーハウスに振り返った。
トレーラーハウス内のベッドでは、体に包帯を巻かれた、奈美・太輔・レンが息苦しそうに眠っている。
「ね、ママ、兄ちゃん達悪くないよね? ね!?」
葵は伶達をかばい、由紀恵に訴えた。
「そうね……。誰も欠けずに、みんなよく帰ってきたわ。ママは嬉しいです」
ずっと無表情だった由紀恵は微笑むが、すぐに、つんとした顔になると「でも、葵の勝手な行動は許しません」と葵に顔を背けた。
「え―――!?」
「横須賀まで走ってくるなんて…、“能力”っつうか“体力”?」
勇太は呆れた目を葵に向ける。
「なんかバカにしてない!?」
葵が怒鳴ったあと、由紀恵は席から立つと、トレーラーハウスに向かおうとした。
「―――さ、今日はもう遅いわ。明日にしましょう」
「……本当に悪ぃ…」
伶は罪悪感のこもった言葉を絞り出す。
テーブルには煙草の箱を置きっぱなしにしていたが、とても手を伸ばす気にはなれなかった。
それから、由紀恵を残し、他のメンバーは全員眠りについた。
由紀恵はトレーラーハウスの窓から、三日月を見上げながら“アクロの心臓”の鼓動を感じ取っていた。
(“心臓”の鼓動が、落ち着きを取り戻しつつある…。でも、状況は悪くなった。一度襲撃を受けたら、警備は厳しくなる。もう奇襲は通用しない。“心臓”を見失っただけじゃない。成長まで早めてしまった。……なぜなのかしら)
由紀恵は2段ベッドの1段目で眠っている太輔に視線を移す。
(この子を、“心臓”に引き合わせたから……?)
「ふえっ、え――――」
そこで、一番幼い末子が夜泣きを始めた。
「ふぇえ~~~」と泣き続ける末子を由紀恵は優しく抱き上げ、子守唄を歌いながらトレーラーハウスを出て、防波堤沿いを歩く。
(まるで意識し合い、競い合って育つ、この子達―――兄弟のよう…。……そんなものでもないわね。もっと根深い…、宿命のようなものが、2人の間にはある…。…いずれにしろ、“心臓”は広瀬雄一を器として選んだ。覚醒する前に―――…、たとえその命を縛ろうとも、“心臓”には永遠に眠ってもらう)
「…!」
トレーラーハウスに帰ってきた由紀恵は、末子をソファーに寝かそうとした時、太輔達と同じく寝込んでいたはずのレンの姿がないことに気付いた。
レンは、トレーラーハウスから見える、砂浜に座っている。月明かりのおかげで、すぐに見つけることができた。
レンは波打ち際で三日月を見上げている様子だ。
由紀恵はゆっくりとレンの背後に近付き、その肩に手を伸ばす。
「!」
その時、不意にレンが振り返り、手首をつかまれた。
「……声くらいかけてくれよ。こんな細腕、オレでも折れるんだからさ」
「…あなたは…」
レンの口から発せられたのは、男の声だ。
由紀恵は特に驚くことはない。
「―――おにいさんね?」
「やっぱり、アンタにはわかるのか…」
由紀恵の手を放し、レンの身体を借りた水樹は目を伏せる。
由紀恵の目には、本来の水樹の姿に映っていた。
「そうやって、勝又から守っていたのね。彼女のかつての仲間達と同じように、操られないように…」
「ああ。こいつが眠ってる間は、オレが守ってた…。あのジジイ、隙あらば操ろうとしてたからな。レンも勝又のことは最初から警戒してたみたいだし…。勝又とアンタが攻撃系の能力を持ってなくてよかった。オトモダチと違って、オレは普通の人間だから…、肉弾戦だけで能力者に勝てるとは思ってねーよ」
「……そのオトモダチは眠ってるの?」
「久々に外に出たせいだろ。本来の自分の身体じゃねえ分、ちょっと能力(ちから)使っただけで、だいぶ消耗したらしい…」
そう言いながら、水樹は自身(レン)の頭に触れた。
「……今回のこいつの行動は聞いてるだろ?“心臓”に触ろうとしたって」
「ええ…」
「でも、仲間外れにはしないでやってくれ…。こいつだって、奪われたものを取り戻そうと必死なんだよ…」
「……家族思いなのね」
それを聞いて、水樹は自嘲する。皮肉にしか聞こえなかった。
「その“家族思い”のせいで、大事な妹を苦しめたけどな…」
「……………」
「……“心臓”を手にしたら、レンは死んじまうのか?」
「……そうね…。少なくとも…、“心臓”の力を求めるかぎりは…」
それを聞いた水樹は肩を落とし、両目を右手で覆って空を仰いだ。
「ここ2年、こいつは追いかけてばかりで、見ていられないくらい不安定だ…。だから、欲しいものを手に入れて…一度…足を止めてほしかった…」
「もとより“心臓”の回収は、手伝ってもらうつもりよ」
「!」
「それを決めるのは、彼女だけれど…」
「……………」
水樹にはわかっている。きっとレンは追いかけるだろう、と。
死ぬかもしれない、と聞かされれば、このまま放置しておくのは危険だということも。
「……どうしても、あのコの役割になってしまうのね」
「?」
目を伏せる由紀恵は、悲しそうな顔でそう呟いた。
怪訝な表情を浮かべる水樹に、視線を上げた由紀恵は「もうそろそろ戻りなさい」と声をかける。
「……昨日から身体の痛みで魘されてんだ。眠ってる時くらい、オレ達が引き受けるさ…」
包帯が巻かれた左腕を見つめながら水樹は言った。
今日くらいは、いい夢を見てほしいと思わずにはいられない。
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