20:もうすぐ
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レンがリュックに入れた論と共に訪れたのは、雨宮と小田の勤務先である都内某所洋平堂出版だ。
「えぇと…、雨宮……今日子っていう人…呼んでほしいんですけど…。……聞いてます?」
廊下を歩いていた男の若い社員は、突然話かけてきたレンに、見惚れていた。
社員がレンの声にはっとする。
「あ…、えと…、一応お名前をお伺いしても、よろしいですか…?」
「北条レン。雨宮にそう言ってもらえれば……」
「あっ、レンちゃ~ん!」
廊下の奥から、間の抜けた声とともに手を振りながら小田がやってきた。
「よう、小田」
レンも手を軽く振り返す。
「あれ? 小田先輩のお知り合いですか?」
「まあね~」
小田はなぜか自慢げだ。
それから、レンに振り向くと、「レンちゃん、普通に雨宮さんとこ行けばよかったのに~~~」と言った。
レンは困った様子で、頬を人差し指で軽く掻く。
「いや…、ここ来たの久しぶりだったから、迷ったら時間なくなるだろ」
「似たような部屋ばかりだからね。とりあえず、雨宮さんとこに行こっか。案内するよ」
「ああ」
レンは小田に案内され、雨宮の所へと向かった。
2人が去ったのを見送ってから、社員がため息をつく。
「はぁ。いいなぁ、小田先輩…」
羨ましそうに、2人の姿が見えなくなった廊下を、いつまでも見つめていた。
小田は肩を並べて廊下を渡るレンは、「さっきの人、新人?」と横目で小田に尋ねる。
「うん、最近就いたばっかり。レンちゃんのこと知らないの当然だよ。ここじゃ隠れアイドルだしね」
「……隠れ?」
「当初は、誤魔化すの大変だったよ」
小田は苦笑いをしながら、レンが初めて訪ねてきた時のことを思い出す。
初めてレンがこの出版者に顔を出した時だ。
『すみません。雨宮さんか、もしくは小田…さん…、呼んでください』
『は、はい!』
社内は一気にレンの話題で持ちきりだった。
『小田さん! 誰ですかあの子は!? 美人じゃないですか!!』
『どこか儚くて、好みだ!』
『かっこいい! いくつ!?』
『誰なんですか!?』
『ラブレター(これ)渡してください!』
レンは男社員と、さらには女社員にまでモテモテだったのだ。
その時の小田は言い訳をするのに忙しかった。
(あの時は、本っ当に疲れた…)
その時の疲れまで思い出してため息をつき、「そういえば」と話題を変える。
「今日ってジムの日じゃなかったっけ?」
「辞めた」
あっさりと言うものだから「え」と目が点になった。
ジムとは、レンが最近通い始めたボクシングジムのことだ。
「……そのジムで一番強い奴に勝ったから…」
ほとんど一発KOだ。苦戦を強いられるほどの相手ではなかった。
小田は、またか、と呆気にとられる。
(そうやって色んな格闘技のとこ行くけど、結局、思ったのと違ったらすぐに辞めちゃうんだよな…)
レンなりに強くなろうとしているのは伝わるのだが、普通の人間相手では物足りないのだろう。
2年前にレンを追い詰めた相手はどれも戦闘に長けた能力者達ばかりだったのだ。
「あ、思い出した。この部屋だったよな?」
レンは来客室の部屋に駆け寄ってドアを3回ノックすると、ゆっくりと隙間ほど開かれた。
覗いた雨宮と目が合う。
「合言葉よ。雨宮今日子の胸は?」
雨宮の瞳の奥が光る。
レンと小田は苦笑いをしながら、
「……巨乳」
「爆乳」
小さい声で恥ずかしそうに言った。
正解して、ドアが大きく開かれる。
小田とレンはすでに辟易した様子で、来客室へ足を踏み入れた。
「よく来てくれたわね。論君も一緒?」
雨宮は笑顔でレンに話しかける。
論はレンが肩にかけていたリュックから、液状化の姿のまま顔を出す。
「雨宮ぁ、もうあの合言葉やめようぜ…」
もう言いたくない、とレンは項垂れた。
その傍らの小田も同じ気持ちだ。
「そうっスよぉ。ウソはダメです」
「バッ…」
レンが止めようとした時にはすでに遅く、小田は顔中腫れあがり、レン#の傍らで死体の如く横たわっていた。
雨宮のコブシと小田の顔からは煙が上がっている。
(いくらなんでも……)
レンは顔を引きつらせながら、悲惨な姿になった小田を見下ろした。
そのあと、咳ばらいをして気を取り直し、雨宮と顔を見合わせる。
「……で、“アクロの心臓”について知ってる情報人は、アテになるのか? そもそも信用できるのかよ?」
腕を組みながら、来客用の椅子に腰掛けた。その間、視線は雨宮から離さない。
「横須賀基地に出入りしている外人よ。金と交換の約束だし。足元見られなければ、問題はないわ」
確かな情報だと自信があるのか雨宮は薄笑いを浮かべながら、レンにそう言った。
「……その取引が無事に成功すれば、“心臓”に近づける可能性があるんだな?」
レンは上目遣いをしながら確認を取る。
「ええ」
「……長かったな、この2年…。まあ、安心するのはまだ早いか。やばくなったら、あたしが全員、殲滅してやるよ」
「それはダメ」
物騒なことを言い出したレンに、雨宮は即座に念を押した。
「………ジジイに……勝又については…、なんか知ってたか?」
瞬間、レンの目の色が、憎悪に変貌する。
底の見えない空洞のような瞳に、雨宮は思わずビクッと体を震わせ、顔が強張った。
「か…、勝又のことなら…、残念だけど、相手は知らないらしいわ。…レンちゃんが一番会いたい人のこともね」
「……そうか。やっぱり、そう簡単には見つからねえか…」
レンは目を背けると、自分の左袖を力強くつかんだ。
「……勝又を見つけたら、殺すの?」
おそるおそる雨宮は確認するようにレンに声をかけたが、レンは何も答えず、ただ、薄く冷笑を浮かべた。それだけで、当然だ、と答えたようなものだ。
雨宮の背筋が凍り付く。人を殺してはダメだ、と諭したところで聞く耳はもたないだろう。レンの執念は並大抵のものではなかった。
最後に見た勝又の背中が、レンの胸の内にべったりと不快に張り付いたまま取れそうにない。
「……楽には殺さない。死んだら消えて終わるだけ…。あたし達を裏切ったこと…、「殺してくれ」と泣き叫んでも許してたまるか……」
(“アクロの心臓”に近づけば近づくほど、ジジイにも近づける…。“心臓”を手に入れた広瀬の行動は想定外だったみたいだし、“心臓”を諦めたとは考えにくいからな…。……それに、由良(あいつ)も、“心臓”を見ているなら……)
レンと同じく、追っているのではないかと見ていた。能力者にとって、欲望や欠けた部分を満たす“アクロの心臓”は、非常に魅力的なのだ。
「雨宮…、【あたしは…、なにをすればいい?】」
英語の発音は流暢で完璧だ。
相手が米軍でも喧嘩を売る気は満々である。
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