20:もうすぐ
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食卓には4人。
レンは不思議に思う。
自分から見て、左に座るのが森尾、右に座るのが華音、そして向かいに座っているのが兄の水樹だからだ。
妙な組み合わせだな、と思いながらも目の前にあるコーヒーカップに手をつけ、口に運んだ。
思ったより話が盛り上がっている。
「それでねー、その時健ちゃんが…」
「華音っ、あれは忘れろって言っただろ…!」
「はははっ」
レンは口角を上げた。
レンと同様、水樹にはあまり友達がいなかった。家に連れてくることもなかったのだ。過去の過ちがあるせいで、他人に介入されることを嫌っていたからだ。
家族以外の他人と話しているのは、付き合っていた彼女以外で初めて見る。
「兄貴、今度…、もうひとり連れてくるよ」
ここに由良もいればいいのに、と思いながら口にした。
訪れたのは、静寂。
空気が凍り付いた気がして、レンは「え?」と3人の顔を見比べる。
目を伏せ、表情を曇らせていた。
「席はもうねえんだ。レン」
そう言ったのは水樹だ。警告のように声を低くして言葉を継ぐ。
「誰にも、その席を譲るな…。おまえが……―――」
レンははっと目を覚ました。
ベッドの横に敷いた布団の上で息を弾ませ、周りを見ると、そこは1年以上前から住ませてもらっている、雨宮のマンションの部屋だと思い出す。
カーテンから、朝日がこぼれるように射している。
「夢……」
(同じ夢を見ている感覚はあるのに…、ほとんど覚えてない…)
食卓の風景がぼんやりと脳裏に浮かぶ。席に着いていたのは失った兄と友人達。会話の内容もほとんど忘れてしまった。
(……雨宮は…仕事か…)
ベッドに雨宮の姿はなかった。昨日から帰ってない気がする。
普段、眠っているレンを無理に起こすこともなく、そっとしておいてくれるのはありがたいことだ。
「ん?」
レンの被っているシーツが、子供くらいの大きさに膨れ上がった。
「ばぁ!!」
「うわっ!」
シーツを勢いよく跳ね除けておどかしてきたのは、レンと同じ、元・勝又の仲間で、雨宮の家に同居している、論だ。
能力は、体を液状化することができる。
レンはいまだに、液化状態の論の、スライムのような感触は慣れなかった。
「ろ、論か…。びっくりさせんな」
レンがバクバクと跳ねている心臓を落ち着かせようと胸の中心に手を当てていると、
「レン~…、おなかすいた―――…」
論が甘えるように、すがりついてくる。
「雨宮、まだ帰って来てねえのか?」
「会社に泊まりこむって言ってたよ」
「仕事熱心だな。……で? なにが食いたい?」
立ち上がって、キッチンへと向かった。
「玉子焼き!」
論の目がキラキラと光る。
レンが作る玉子焼きは論にとって好物となっている。
「はいはい」
論はチラリと部屋に振り返り、机の上を見た。
机の上には、和英辞書、英単語書などの英語の教材ばかり積み上げている。
「また、ベンキョーしてたの?」
「ああ。苦手なものでもやらないと、イヤなこと考えちまうから…」
キッチンで、フライパンと卵を手に取って調理をする。
コゲのない、見事な黄色の玉子焼きが出来上がった。
「おまち」
論の目の前にある皿に、出来たての玉子焼きをのせる。
「ボク、レンの玉子焼き大好き! 甘くておいしい」
「サンキュー。昔は…、こんなの作ろうもんなら、すぐにスクランブルエッグだったのに…。我ながら成長したもんだ」
論の向かい側に座るレンは、思い出してわずかに苦笑した。
論はフォークで玉子焼きを頬張りながら声をかける。
「れんしゅうしたの?」
「……教えてもらったんだ」
レンは懐かし気に目を細めた。
屋敷にいた時、キッチンで森尾に教えてもらったのだ。
玉子焼き用のフライパンを手に、真剣な表情でタイミングを窺うレンに、森尾は『そろそろ巻こうか』と指示を出す。
『そうそう。焦がさないように気を付けて…』
そこへひょっこりとキッチンに顔を出したのは由良と華音だった。
『ひゃははっ。レンちゃん顔コワ―――ッ』
『レン~、砂糖た~っぷり入れてくれたんだよな?』
『おまえら今話しかけるんじゃねえ…!』
『レン! 煙が出てるっ!』
少し焦げてしまったが、砂糖を多めに入れていたので由良にはウケた。
論が玉子焼きを頬張っている様子を眺めながら、いつかの思い出に浸っていた時だ。
パシンッ
「! ……………」
レンは“アクロの心臓”の鼓動を感じ取ったが、論は玉子焼きに夢中で気付いていない様子だ。
“アクロの心臓”の鼓動は、2年たった今でも続いている。
レンと雨宮はその“心臓”を追っているが、危険な場所にあり、組織ぐるみで隠されることだけはわかった。
(この、なにごともないような平和が…苛立つ…。“アクロの心臓”が手に入れば、全部戻ってくる気がするんだ…。もう一度、あいつらと……)
「―――レン…、レン!」
「!」
論の声ではっとする。
「悪い。ぼうっとしてた…」
「ケータイ、鳴ってるよ」
机の端に置いていたレンの携帯電話が着信を告げていた。
「!」
急いで手に取って通話ボタンを押し、耳に当てる。
「雨宮? どうし……」
その時、突然耳に入ってきた言葉に、レンは息を呑んだ。
「………“アクロの心臓”が……?」
「!?」
論はそのワードに反応し、液状化して慌てて机の下に隠れた。
レンはその怯える姿に目をやりながら雨宮の言葉に耳を傾ける。
“そうなの!“アクロの心臓”について話してくれる人を捕まえたのよ! ……やっぱり、“アクロの心臓”は横須賀にあるみたいなの”
「……地質調査とかぬかしといて、やっぱり“アクロの心臓”を回収してやがったか…、あいつら…」
欲しいものを横から奪われた気がして、腹が立った。危うく漏電で端末を壊しそうになる。
レンの苛立ちが伝わったのだろう、電話越しの雨宮は唾を呑み込み、話を続けた。
“……情報提供者にコッチの足元を見られるのはヤバイの。それには、どうしてもレンちゃんと論君の協力が必要なのよ”
能力者の力が必要だと遠回しに言われ、レンは快諾する。
「……いいぜ。こっちも“心臓”見つけるためなら、なんだってするつもりだ。そっちに向かえばいいんだな?」
“ええ”
「わかった。論をバイクに乗せて、一緒に向かう」
そう言い終わると、レンは通話静止ボタンを押した。
「論、支度しろ。雨宮達のトコにいくぞ」
論は液体状のまま、机の下からおそるおそる顔を出す。
「お…、お仕事、手伝うの?」
「ああ。おまえの協力もいるそうだ。ほら、早く」
レンは論を促しながら玄関のドアノブに手をかけた。
「そのカッコで行くの?」
「あ」
寝間着のままであることを思い出し、レンは「危ない危ない」と踵を返して着替えに戻る。
着替え自体はさほど時間はかからない。
レンは黒のレザージャケットとデニムパンツに着替え、最後に、森尾の形見である黒い眼帯を頭にかけ、論を連れてマンションを出た。
赤のフルフェイスのヘルメットを被り、赤の大型バイクに跨ってエンジンをかける。
レンが背負っているリュックの中では、論がビチビチと動いていた。
「暴れるな。落ちるぞ」
パシンッ
「……………」
挑発しているような鼓動に空を睨んだあと、バイクを発進させた。
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