19:もし、生きてるなら…
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夜中になり、辺りは静まり返っていた。
由良は筆を持ち、大きなキャンバスに絵を描いていた。
髪はリボンで後ろに束ねられてある。
動かす自分の利き腕を見て、安堵感を覚えた。
(なくしたのが左腕でよかったと、今は思う。我ながら、意外だったな。こんなに執着するもんがあったなんて…。あの一瞬…)
絵を描きながら、8ヶ月前のことを思い出す。
由良が自ら左腕をシャボン玉で爆ぜた時だった。
宙へ飛ぶ左腕を無意識に目で追いかけ、このまま死ぬことに躊躇を覚えた。
(もう描けない、と思ったら、急に、怖くなった。あの強烈な死への欲求と、芽ばえた生への執着。均衡した状態から、目が覚めて)
『はぁっ、はぁっ…!?』
目を開けたと同時に、仰向けに倒れていた由良は息を弾ませる。
服は所々が破れ、体には無数の浅い傷が見当たった。左腕はどこも欠損していない。
シャボン玉が体に当たる寸前に消し、余波を受けただけで済んだようだ。
なにが起きたのか、その時の由良は混乱していて状況がまったく把握できなかった。
そこで、轟音とともに、遠くの山が大きな穴を空けた。
『!?』
由良は大きく目を見開いたあと、急いで身を起こして立ち上がり、左腕を押さえながら湖とは反対の方向へと走った。
(気がついたら、必死に逃げていた)
「……………」
ふと、筆の動きを止める。
(カッコワル――――)
思い出した由良は、自分に対する情けなさと恥ずかしさで、顔を赤らめて落ち込んだ。
(いざって時に怖じ気づくとは、最悪だな)
レンが聞いたら、笑われそうだ。
「くすくす…。くすくす。ケラケラ」
笑ったのは別の人物だ。
すぐ近くにあるソファーの方へ顔を向け、そこで眠っていたはずの女を軽く睨みつける。
「……なに見てんだよ。起きてたのかよ」
女は化粧を落とし、裸でシーツを被っていた。
「絵を描いてる由良っていいよね―――。私がしてあげたリボンもステキよ――」
(そのあと、この女に拾われて、どれくらい経つか…。ヒモは楽でいい)
そう思いながら、由良は笑みを浮かべる。
「……マユなし、ブッキミ―――」
「オマエモナ~!!」
女は怒って、そのままシーツを被ってソファーに寝転がった。
由良は一瞬、パシッ、と空気がわずかに弾けたような妙な波動を感じ取る。それは“アクロの心臓”の鼓動のようだった。
(……………)
「―――“アクロの心臓”…」
呟いて、“アクロの心臓”を思い出す。
(あれは美しかった)
「……もし、あれを手に入れたら、もっとマシなものが描けるのかな…」
しばらく呆然と考えてから、再び筆を動かし始めた。
夜明け前、女は完全に眠りに就いていた。
「出来た」
由良は使い終わった筆を筆立てに入れる。
そして、出来上がった絵の前に座った。
絵は、“アクロの心臓”と、それに手を伸ばす能力者達の絵だった。
「あいつらの絵だ」
(オレは残ったが、他の奴らは、たぶん…)
絵を見上げ、勝又に会った時のことを思い出す。
(能力者になって、わかったことがある。能力者(オレ達)はみんな、どこか欠けていたということ)
能力者になって間もないころ、夜中の喧騒の都会の中、由良は目の前を通る人間を眺めながら、ベンチにあぐらをかいて座っていた。
『……キミも、おもしろい心の穴をしているね』
突然、勝又が声をかけてきた。
『とても風変わりな形をしている…』
勝又は関心して、まじまじと由良を見る。
訝しげに見ていた由良は、能力者同士がわかる“仲間”の反応に気付いた。
『へ―――、お仲間だ…! 誰? なに?』
『もし、その能力を持て余しているなら、私のところに来るといい』
唐突な勧誘に、勝又の顔を覗き込んで尋ねる。
『……それって、おもしろい?』
『ああ。ただ作品を壊すよりは、ずっとね…』
(!?)
心を見透かされたようで、激しく動揺した。
その隙を突くように、勝又は、手を伸ばして由良の頭を撫でる。
『!』
勝又はそのまま、背中を向けて歩き出した。
『暇だったらおいで、お菓子もあるよ』
肩越しに微笑みかける勝又に、由良は触れられた頭を擦り、その姿をしばらく呆然と眺める。
そのあと、行かなければならない、という衝動を覚え、慌てて勝又のあとを追いかけた。
今にして思えば、あの時から勝又の手のひらの上だったのだ。
(奴は「case1(ケースワン)」とかなんとか、おもしろそうなイベントでオレ達を釣っといて、本当は、ただ“アクロの心臓”の回収に充てたかっただけだ。くそ…、結局、ジジイに利用されただけかよ…)
由良は不愉快そうに、膝に頬杖をついた。
(―――それ以上に悔しい。勝又に見透かされた、オレの欠けている部分、恐れているもの、そいつは、評価だ。だから壊すんだ。さらされる前に)
シャボン玉が浮かび、出来上がった絵をゆっくりと時間をかけて壊していく。
やがて、自分の集めていたゴミも、一緒に壊し始めた。
「……つうか…、クソはキレーにしなきゃ、なぁ…」
散っていく自分が完成させた作品に見惚れながら、リボンを解いた。
世話になった女はずっと眠ったままだ。
朝起きれば、由良がいた痕跡はすべて消え、驚くだろう。
「最後ぐらいは、キレーにさ…」
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