19:もし、生きてるなら…
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数ヶ月前、湖の戦いのあと、体の傷が回復したレンは、自前の大型バイクに乗って各地を走り回っていた。
ほとんどは、拠点にしていた屋敷や、北海道、見方を変えて九州まで飛んだこともあるが、目的の人物には会えないままだ。
「思い入れはないつもりだったけど…、この町も久しぶりだな……」
ある時思い立って、夕方、通学していた高校を訪れた。生徒のほとんどは帰ったのだろう、学校の正門から見える生徒の数はまばらだ。
噂によれば、レンの教室は全校生徒の間では“神隠し事件”としてオカルト話になっている。
学校を去る前に、由良の能力によって教室に在ったものがすべて消されていたからだ。
一時的に閉鎖になっていたが、数ヶ月後にはオカルト話を残して再開された。
今は一学年繰り上がったことで、しれっとあの教室も使われている。噂を聞いて嫌がる生徒もいただろう。
行方不明となった生徒の親達は、今でも自分の子どもの帰りを待ち続けているのか、それとも、問題ばかりを起こすろくでもない生徒が押し込められたクラスだったため、胸を撫で下ろしている親もいるのだろうか。
由良と最初に出会った時の横断歩道や通学路、こちらにも立ち寄ったが、何も得るものがなさそうなので、レンは踵を返して去ろうとした。
そこへひとりの会社員が声をかける。
「おまえ、北条か!?」
「……誰?」
レンは振り返ってその顔を見たものの、ピンとこない。
どこかで見たことがあるような顔だった。
「西園だよっ!! ほらっ、同じクラスで、おまえによくケンカ吹っかけてた…」
「……いや誰だよ」
「おまっ…」
「あー、違う違う。名前は覚えてるけどさ…」
印象がガラリと変わっていてピンとこなかった。
制服を着崩しただらしない恰好に、髪をワックスでガチガチに固めて粋がっていた不良少年が、会社員らしくぴしっとしたスーツを着て、髪も黒髪に戻し、七三分けにしていたからだ。
レンと西園は学校の近くにある、小さな公園に立ち寄り、ベンチに腰かけていた。
時刻は夕方4時半を回ろうとしている。
小さな子どもが、母親に「そろそろ帰るわよ」と促されていた。
「無事だったとは…。てっきりおまえも“神隠し”に遭ったのかと…。オレ達が教室に戻ったら、なにもなくなっていたんだ」
当時のことを思い出し、西園は体を震わせた。
誰もいなくなった教室。壁や床にこびりついた血液、教室内の空気は血の匂いが漂っていた。
「……北条、半年以上もどこにいたんだ?」
「……………」
レンは静かに、ブランコから離れたくないと駄々をこねる子どもを眺めていた。
西園の目には、レンが今にもふわっと煙のように消えてしまいそうな儚げな存在に映る。
先程再会してから感じていたことだが、目も虚ろで表情も乏しくどこか危うげだ。これから首でも吊るんじゃないかと思うくらいに。
「……言いたくないなら…」
「また学校に…、あいつが来てないかなって…」
「え…?」
「いや……。そんなはずねえよな……」
独り言のように言いながら、小さく苦笑する。
足を組んだ状態で頬杖をつくレンの視線が西園に移り、不意に目が合った西園は緊張で表情を固くした。
「―――……おまえも、しばらく会わない間にだいぶ変わったな…」
「そりゃ…、社会人だぞ、こっちは」
「……そっか。……いつも通りに過ごしてたら、今頃あたしも高卒だったわけだ…」
「…おまえ、今…なにして……」
「ブラブラと探し物してるだけ」
「…探し物?」
「ああ…」
「……そのせいで……」
レンは少しやつれているように見えた。
心配そうに顔を窺ってくる西園に、レンはわずかに仰け反って怪訝な眼差しを向ける。
「……キモチワリーな。おまえ本当に西園か?」
「う…っ。オ、オレだっていつまでもガキじゃねーんだぞ…。…いや、本当は“神隠し事件”のせいだ。…他の生徒も…ちょっとは行儀良くなったんだ。教室が1つ消えたのは、怒ったカミサマに連れて行かれたって…」
「カミサマ…ね」
レンにとっては似たようなものだ。
「確かに、オレ達の教室の方が素行が悪い連中ばっか集まってたからな。道端の地蔵をぶっ壊してた奴らもいたし…。オレも、ビビッちまって、次に連れて行かれるのは自分じゃないかってしばらく震えたよ…」
それで今までのしでかしを猛省し、真面目な人間になろうとしているのか、とレンは目に浮かべた。安直ではあるが、以前の下種でクズな性格よりはマシだ。
「北条…。家族を失って傷ついてたのに、オレ、おまえになんてことを…。今更…、謝ったって許してくれないのはわかってる…」
目に涙を浮かべて鼻をずびずびと鳴らし始めた西園に、レンは呆れ交じりに「やめろよ」と言って煩わしそうに顔をしかめる。
「ホント、キャラ変わりすぎ…」
「……北条…、探し物は見つかりそうなのか?」
「……どうかな…。もう半年くらい経つし…」
「なにを探してるのかわかんねーけど…、ムリに探す必要もないんじゃねーのか?」
「……………」
西園の提案には、一理あった。
(そうか…。このまま、今までのことを忘れて、普通の日常に戻る選択肢も…あたしにはあるってことか……)
「その…、行くとこがねーなら……」
恥ずかしそうに頬を染めた西園が言いかけた時、レンの視界の端に、キラキラと光るシャボン玉が通り過ぎたのが見えた。
「!!」
はっとしたレンは勢いよくベンチから立ち上がる。
西園は何事かとぎょっとした。
「うおっ! ど、どうした?」
「っ……」
急いで辺りを見回すと、宙に浮かぶシャボン玉を捉えた。
大小様々なシャボン玉が他にも飛んでいるが、飛んできた方へ振り向き、レンは大きなため息をついて肩を落とす。
公園で遊んでいた子どもが、ただのシャボン玉を嬉しそうに飛ばしていたからだ。ブランコから離れたくないと駄々をこねていた子どもは、とっくにブランコに対する執着を捨て、母親に渡されたシャボン玉に夢中になっていた。
そして、レンは自覚する。
(忘れる…? 全部…? ―――できるわけねえだろ…!)
もう2度と忘れない。
ベンチに座り直すこともなく、足先は公園の出口に向けられる。
察した西園は、「……行くのか?」と声をかけた。
「ああ」
「……そっか…。よっぽど大切な探し物らしいな…。さっきまで生気がない顔してたのに、今は…目の輝きが違う…」
「……おまえは、残ってくれてよかった」
「え?」
「じゃあな。頑張れよ、社会人」
わずかに口角を上げて別れを告げたレンは、西園に背を向けて公園から出て行った。
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