03:選んでみろ
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レンは普段通り登校していた。
登校下校途中では、同じ高校の誰もがレンを避けて通った。
レンが巻き込まれた事件について知っている生徒も多いだろう。
まるで猛獣に近寄るまいとする扱いだ。
陰鬱な教室内で、レンは一番後ろの窓側の席に座り、頬杖をつきながら呆然と窓の向こうの空を眺めた。
今日に限って気持ちと同調するように曇り、薄暗い。
レンはいつもと同じにしようと周りに気遣ったつもりだ。
ふと、由良の言葉が脳裏をよぎる。
『いつもの日常でいいのか?』
思い出して、眉をひそめた。
(あいつの言うとおり…)
不意に気持ちが顔に出たかもしれない。
その時、レンの席に3人組の男子が来た。
中央にいる、ワックスで髪をガチガチに立たせた男子が声をかけてくる。
「北条、ニュース見たぜ。おまえも災難だったな…」
今までの関係性から、同情するフリをしているのがレンには手に取るようにわかる。
(ざまみろと言いたげだな)
窓の外を見ながら、「なんの用だよ、西園」と低い声で尋ねる。
西園は無遠慮にレンの机に座り、わざわざ顔を覗き込んだ。
教室にいる生徒が密かにその様子に注目しているのがレンの目の端に映る。
「慰めてほしいんじゃねえかと思ってな」
そう言って、西園は露骨に下心丸出しな笑みを浮かべた。
レンは流し目で西園の顔を見て、挑発的な笑みと言葉を返す。
「自惚れるのもそこらへんにしとけ。また、鼻へし折られたいのか? あの無様な姿は鮮明に残ってんぞ」
思い出したのか「ぐっ」と西園が唸るが、無理やり笑みをつくった。
「強がんなよ。そーゆー態度とってるから、狙われんだろ。通り魔が死んだのだって、本当は、おまえが殺したんじゃねーの?」
(あ、鋭い)
冗談で言ったつもりだろうが、当たっている。
レンは危うく顔に出るとこだった。
「だったら、警察に言えばー?「本当はあの女がやりました。ボクはそう考えています。じっちゃんの名にかけて!」ってな」
馬鹿にするように言ったあと、両サイドにいた男子2人が耐えかねて噴き出す。
西園は怒りで顔を真っ赤にし、胸倉をつかんできた。
「てめえ!!」
レンは冷めた目を向けたまま、無表情で西園の顔を見つめる。
いつもならすぐに間髪入れず殴り飛ばしているが、レンの感情は冷ややかだった。
(……もう、守るモン、つくりたくない。誰かとつるむなんて、考えたことすらない。兄貴達が死んで、改めてわかったことがある。―――本当に、あたしの世界はくだらねぇ……)
「うっ!?」
突然西園は、胸倉をつかんでいた手をレンを軽く突き飛ばすように離した。
微かに慄然としている。
「……西園さん?」
背後にいた男子が声をかける。
はっとした西園はレンの目をもう一度見てきた。
なんなのだろう、とレンは怪訝な表情になる。
「おま…っ」
西園の言葉を、授業のチャイムが遮った。
「ほれ、ちゃっちゃと席座れ。担任様が来るぞ」
レンはしっしっと煩わしそうに手を振り、西園を促した。
西園は舌打ちをすると、鞄を持って教室の外へと出て行き、置いてかれた連れの男子達ははあとを追うか迷った挙句、西園を追いかける。
しばらくして、担任の男性教員が教室に入ってきた。
レンも机の中から教科書を取り出す。
授業は国語だった。
担任が教卓の前で教科書を読み上げる。
その間、他の生徒たちは携帯をいじったり、喋り合ったり、机に伏せて寝ている者もいた。
担任は気づいているが何も言わない。
その風景を見つめ、レンはぼんやりと考える。
(……こーゆーの、あたしが教師だったら、イラッとくるんだろうな。……イラッと…)
『見てるとイライラすんだよ、こういうの』
ふと、信号機を担いで口を尖らせた由良の姿が浮かぶ。
(あいつの場合は、信号機…って……)
馬鹿馬鹿しくて思わず「くすっ」と思い出し笑いをした。
他の生徒達には普段見せない顔だ。
(……らしくねえな)
見られてなくてよかったと思い、頬が遅れてきた恥ずかしさでわずかに紅潮した。
黒板の文字が右側から消されていることに気づく。
テストに出題されそうなところはできるだけとっておいたい。
少し慌てて書き込もうとした時だ。
突然、教室の前扉が勢いよく開かれた。
「!!」
担任と生徒もいきなりの訪問者を凝視した。
教室内で一番仰天したのはレンだった。
顔が一気に真っ青になる。
一度見たら忘れられない男が、裸足で踏み込んできたのだ。
(信号機野郎―――!!?)
由良の登場に咄嗟に教科書で顔を隠す。
(な、なんであいつがここに……。あっ、担任と知り合いとか?)
動揺しながらもポジティブに考えようとした。
「な、なんだ、キミは!!」
しかし、担任は警戒心を露わにして由良に向かって怒鳴る。
(違った―――!!)
顔を隠すために使用している教科書を皺ができるほど握り締めた。
(あっ、別の生徒に用があるとか……)
希望(ポジティブ)は捨てない。
「なあ、こいつどこ?」
由良は空気を読まず、警戒する担任に平然と近付き、持っていた生徒手帳の写真を見せて尋ねた。
見覚えのある生徒手帳にレンの息が荒くなる。
(なぜあいつが、我が校の生徒手帳を…?)
嫌な予感はすぐに的中した。
「……北条?」
「そっ。北条レン」
一斉に、たくさんの視線を浴びる。
(やっぱあたしか――――!!)
希望は見事に打ち砕かれ、ショックのあまり教科書を落とした。
由良は遠慮なく教卓の上に飛び乗り、レンに向けて「よっ」と笑顔とともに手をあげるが、レンは怒気を込めた睨みを返す。
(「よっ」じゃねえよ……)
「レンさんの知り合い?」
「うわ、危なそー。裸足だよ、裸足」
生徒達がざわつき始める。
由良はその反応を楽しんでいる様子だ。
その笑みがレンの神経を逆撫でする。
「なんであたしの居場所がわかった!?」
「落としモノ♪」
由良が生徒手帳をかざす。
(あたしの生徒手帳……)
レンの額から汗が伝った。
「おまえの日常って、こんなもんか?」
教室を見渡した由良が諭すように言う。
その言葉が引き金に、勢いよく席から立ったレンはずかずかと由良に近付いた。その迫力は、生徒のほとんどがわざわざ机を動かして道をあけるほどだ。
教卓の前で立ち止まり、伸ばした両手で由良の胸倉をつかんで自分の方へと引っ張った。
「なんなんだよ、おまえ……!」
レンは唸るように言う。
対して、由良は目を細めた。
「オレには理解できねえな。なんでおまえが、こんなクズ共のためにガマンしてんのかが……」
「ガマンなんてしてねえ!! あたしは……これでいいと思ってんだ!!」
一瞬、躊躇してしまった。
それを由良は見逃さない。
「それをガマンしてるっつってんだろが。だから、オレがわざわざ来てやったんだ。逆に聞くけどよ、なーんでそんなもんにこだわる? 全部消えちまえばいいみたいな顔してるくせに」
不意にレンの頭に、血まみれのスコップがよぎった。
返す言葉が見つからず、やがて、由良を突き飛ばすように胸倉から手を離して目を逸らす。
もともと体幹がいいのだろう、由良はわずかによろけただけで教卓からは落ちなかった。
レンの心が、感情が、爪を立ててかき乱される。
「……親も兄貴も死んだ…。守りたかった唯一の家族だったんだ。…あたしにはもう、ほとんど残ってない…。日常(汚れ)しか残ってない…っ」
真っ黒に焦げた式條の死体を思い出した。
レンが殺した男。
血の匂いも、焦げた匂いも、まだ鼻についているようだ。
「んな汚ねえ残し方すんなら、いっそのこと、全部捨てちまえばいい」
「!」
はっとして顔を上げる。
「オレはテメーの、見ててイラつくくだらねえ世界、壊す気満々だ。余計なお世話か?」
「は…っ。何を今さら…」
失笑すると、由良は前に乗り出し、何もない右手と、生徒手帳を持った左手を差し出した。
「オレもおまえも選ばれた。今度は、おまえが選んでみろ」
不敵な笑みを浮かべる由良。
レンは後ろに振り返って教室中を見渡してみる。
陰口を言う生徒、見て見ぬフリをする担任、下劣な目的で襲ってくる男子、同じ女として見なかった女子、都合の悪いときだけいない存在にする生徒、なにかするわけでもないのにあからさまに避けて通る生徒、全て、煩わしいと思っていたものが視界に映った。
(……わかっていた、ちゃんと。…わかってたよ…。……あたしはここから先、ひとりでこんなところにいたくないってこと)
自身の右手のひらを見つめ、由良に向き直る。
(このクソな世界から、逃げたかった!!)
由良の右手をつかみ、握り締めた。
由良は満足げな笑みを浮かべ、握り返す。
「北条レン、卒業」
祝福のシャボン玉が、美しく飛び交った。
パシュッ
左手に持っていた生徒手帳を天井に放り投げ、シャボン玉で消し飛ばす。
その場にいた生徒、担任、机、椅子も、全て。
レンがそれまでいた空間を、すべて消し去った。
教室を漂う血煙でさえ美しい。
(ああ…、あたしにとって、この世界自体が、煩わしい信号機だったのかな…)
壊されて明かりを失ったあの時の信号機は、どこに捨てられたのだろうか、とレンはふと思った。
.To be continued