09:大根役者
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その夜、ビックトップ号の見張り台の端に腰掛けるルビーは、いつもの鼻唄を唄っていた。
“ビンクスの酒”と、もうひとつは歌詞も曲名も知らない唄。
その間、脳裏をよぎるのは、トラン達の顔だ。迷いが生まれているのは自覚していた。
『助けて』。確かにそう言われた。
さてどうしたものか、と目を瞑って腕を組んだところで気配を感じる。
ふと目を開くと、宙に浮いたバギーの顔がすぐそこにあった。
「うわ!! 生首ピエロ!!」
「はっ倒すぞ!!」
ゴン、と宙に浮かぶ右手に殴られた。
タンコブが大きく膨らまないように両手で押さえるルビー。
「冗談、って言う前に殴るから最速に手が早い…」
「うるせェ!!」
「で、バギーせんちょ、何の用?」
慌てている様子でもないので急用ということでもない。
切り離した体とはいえ、ルビー専用の場所となった見張り台にバギーが直接訪れるのは珍しいことだった。
軸である足と共に置いて行かれた胴体は、マストに背をもたせかけてじっとしていた。
「お前が言ってた“あいつ”って誰のことだ?」
ルビーはため息を呑み込む。
バギーには触れてほしくなかった話題だ。無下にもできないが、接触不要、という空気は出しておく。
「……ただの嫌な知り合い。バギーが知らなくてもいい奴」
「おい」
窘められたことで思わず“素”が出てしまったことに気付き、「んんっ」と咳払いして改めて答えた。
「……せんちょと関わってほしくないの。バギーと会う前に一緒に行動してた奴らなんだけど、厄介事ばかりでいいことなかったし」
バギーと会う前のことを振り返り、苦虫を嚙み潰したような顔になる。
当時の苦労が顔に滲み出ているのだが、バギーは簡単には引き下がらなかった。
聞き逃さなかった「“奴ら”」という言葉。
ルビーはどこかの集団にいたことになる。
今までルビーの正体がわからないままで、それに関わる第三者の存在は無視できなかった。
思い出の欠片が不確かなものばかりで、バギーはルビーのことを知らなさすぎる。
「お前はおれのこと知ってるくせによ、おれがお前のこと知らねェのは不公平じゃねーか」
ルビーは今度は露骨にため息をつく。
「……せんちょが思い出せないだけでしょ」
投げやりな言い方に当然、カチン、とムカついたバギー。ルビーも、しまった怒らせた、とぎくりとした。
容赦なくルビーの鼻先に人差し指を押し付け、そこから先は勢いよく捲し立てまくる。
「ああ!? テメェが話さねェからだろ! せめて何かヒント寄越しやがれ! いちいちまどろっこしいんだよ!!」
「はぁ!? 思い出す努力をしてよ! 海賊の船長ならヒントなしで自力で探し当てればいいでしょ!!」
口調も荒く、刺々しくなって言い返すのと同時に、ルビーの人差し指もバギーの鼻を突いた。
ほとんどゼロ距離で言い合うルビーとバギー。甲板に残っていた数人のクルー達も何事かとマストを見上げた。
バギーもその態度にますます腹を立て、本人に話すつもりはなかった気がかりを口にする。
「思い出せだァ!? おれがテメェに殺されそうになったことをか!?」
「っ!!!」
今日一番の反応だった。
ルビーは眉間に深く皴を寄せ、バギーの頭を両手で勢いよくつかみ、ギョロッと血走った目で睨み付けた。
「!?」
「誰が誰を殺そうとしたって…!? 笑わせるなよ…!!!」
ほとんど唸りまじりの声だ。
上げようとする口角が引きつっていた。呼吸も、獰猛な獣の如く荒い。
「いでで…!!」
ルビーがその気になれば頭を潰すことも可能なのだ。
バギーの顔からどんどん血の気が失われる。
反対に、ルビーは真っ赤な顔で、理性を保とうと歯を食いしばっていた。
「一体どれだけの思いで…!!」
感情の噴出を堪えるあまり、パキ…、とまるでガラスにヒビが入る音が聞こえた。
「!!!」
ルビーは思わず自身の口元を右手で押さえる。
少し距離を取ったバギーは、舌でも噛んだか、と目を丸くしてその様子を眺めていると、ルビーは軽く睨み返し、そのままの状態で言葉を続けようとした。
だが、その時、きょとんといつもの表情を取り戻す。
「せんちょ、船に誰か侵入してきた」
「ああ?」
ルビーの行動は早かった。
見張り台の端に立ったかと思えば、躊躇なく飛び降りて甲板に着地し、咄嗟にテントの傍に隠れた小さな影に接近する。
「コラ」
「うわああああ!!?」
背後から軽く声をかけただけで叫んだのは、外套を身に纏ったトランだった。
走って逃げる前に首根っこをつかんで引き上げる。
「わ、わ、わあああ!! やめろ海賊ゥゥ!!」
「見習いっつってるでしょ」
「ルビー、そいつは…」
「あ、せんちょ。ちっこい侵入者。…トランだっけ? トラン、こっちが正真正銘の海賊ね」
「ひ…っ!!」
なんだなんだ、と甲板に残っていたクルー達と、それをのけながらバギーがやって来る。
「こいつ、港にいた奴じゃねェか。リコに石投げてた…」
血相を変えたのはクルー達だった。
「何ィィ!?」
「おれ達のかわいいリコに何してんだこのガキャァァァ!!!」
強面の男達に凄まれ、トランは今にも泡を吹きだしそうなほど怯えている。
かわいそうになってルビーは「そこまでー」と落ち着かせた。
「あたしが見つけなかったら、そこのライオンの餌食になってたよ。…あれ? リッチー?」
先程甲板で見かけたのは覚えている。
姿を探していると、テント近くに横たわっていたセイウチの着ぐるみがもぞもぞと動いた。
少し待つと、セイウチの口から眠そうな顔のリッチーが顔を出す。
「わあ。でっかいネコだー」
大きなセイウチの着ぐるみが気に入ったのだろう、ネコ科らしい行動に思わず癒されるルビー。
「おい! 下ろせーっ!」
ルビーに首根っこをつかまれたままのトランがジタバタと暴れた。
「降りるのはテメェだ! ったく油断も隙もねェクソガキだな!! さっきの保護者に引き渡してやる!! おれ達が海賊だって触れ回るのは出港してからにしやがれ!!」
子ども相手に振り回されたくないバギー。
「あれはおれの父ちゃんじゃ…」
「うん。ニセモノだよねェ」
「え…?」
トランは大人しくなり、あっさりと言ってのけたルビーを見上げた。
「ニセモノだァ?」
バギーが首を傾げると、ルビーは「そーそー」と軽い調子で答える。
「最低な作り笑いだったし、職人の恰好はしてたけど、手が職人のソレじゃなかった」
肩に置かれた手と、工房で作業していた職人や商人の手の違いを思い出しながら口にした。
楽器作りの作業の際についたであろう独特な古傷や、特徴的な指ダコが、ニセモノにはなかったのだ。
「じゃあ、あいつらは一体…」
バギーはそこまで言って、聞かなきゃよかったかもしれない、と嫌な予感を覚える。
「海賊だよ…。ザッギ海賊団…!」
やっと言えた、と泣きそうになるトラン。
「ザッギ…」
ルビーはその名前を最近、どこかで聞いた気がした。
バギーも「んん?」と引っかかっている。
そこでルビーは「ああ…」と思い出したように声を漏らした。
「その…ザッギ海賊団? ……そいつらに何か脅されてるんでしょ?」
トランは悔しげにうつむいた。
肯定と捉えたルビーは「そう…」と頷き、バギーに視線を送る。
「バギーせんちょ」
「おいおいまさかハデに首突っ込む気じゃねェだろうな!?」
「町の人達がよそよそしい理由がわかったからいいじゃない。海賊に脅されてなんでもないふうな日常を演じさせられてたってことでしょ? まどろっこしいことするくらいなら、せんちょ達みたいに、観光地までは至ってないオレンジの町のような小さな町を狙って堂々と居座ればいいのに…。海軍を呼ばれるのは面倒そうなくせに、好きでこの島に居座ってるわけでもないみたい。トラン達を迎えに来たのは、おそらく…見張りの海賊。とんだ大根役者ね」
ルビーが言うことはもっともだ。
バギーも、一時的に居座るとしても、海軍が立ち寄るかもしれない観光地に1カ月以上も長居などしたくはなかった。
「……連中にはこの島から離れられない理由があるってことか」
バギーの呟きに、ルビーは「そういうことかな」と口角を上げているが、どこか苛立っている様子だ。
真相が見えてきたことで港町を覆っていた正体のわからない薄気味悪さが薄れた。
「―――で、そいつらに関わったところでおれ達にどんな得があるってんだ」
「シンプルなこと。海賊なら奪ってなんぼでしょ」
「………!!」
ルビーの言わんとしていることを理解するバギー。
思わず一笑してしまう。
「そいつらの持ってる財宝を取っちまえってか? テメェもだいぶ海賊に染まってきたじゃねェか」
「ふふっ。褒めないでよ。こそこそと町の人間を脅して過ごしてる奴らなら、身を隠さなきゃいけない事情があるってこと。半年前に“アクターズ”に襲撃されたなら、まだ傷は癒えてないはず…」
ルビーが思い出したのは、パッローネ海賊団の船長室にあった新聞記事だ。襲撃されたザッギ海賊団はほとんど壊滅状態になったはずだった。
はたして、たった半年で持ち直せるものだろうか。
相手はむしろ、未だに弱っているものだと考えるバギーとルビー。
とんとんと話が進んでいることに、トランは今ようやく気付いて目を大きく見開いていた。
「ねェ」とルビーに小さく声をかけられ、はっとその顔を見上げる。
「………“あいつ”…」
「え?」
「エターナルポースを渡してきた“あいつ”。……他に何て言ってた?」
あまり聞きたくなさそうな顔だったが、「…え…と……」とトランは思い出そうとする。
『ねェ、本当におれ達を助けてくれるの?』
『まー…、動くのはおれじゃないけど…、尻ぬぐい…ってやつ☆』
「……あー、そう。尻ぬぐい…。それなら最悪…、無視できないね…」
それを聞いたルビーは、深いため息をつき、体の空気を入れ替えるように息を大きく吸い込んだ。
「パレヱドを始めようか」
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