07:もう一度、宴を
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大罪人として追われながらも、ヴィンセントは命懸けの船旅を続け、最高の酒を造るためだけに、酒以外の知識を頭に叩き込んだ。
それから、名前もない島を訪れ、ゼロから始めた。
『何もない島だな。だからこそいい!!』
海賊どころか旅人も寄り付きにくい、殺風景な島だった。
果物どころか植物も生えていない。
動物も指で数えるほどだ。
数多の島から持ち込んだ苗や肥料を使って植物を育て、追手や侵入者から逃れるために罠も仕掛けた。
島の入口では危機を察して引き返せるようにいたずら程度の罠をはり、奥に進むほど危険なものへと変えた。
過度な心配性、というよりも、物事に対して常に慎重だったのだろう。
毎日、島の植物を育てながら自身が仕掛けた罠の中を掻い潜るのは大変だったはずだ。
酒の樽も島で育てた木で作り、島で見つけた水晶を砕いて溶かして自家製のワインボトルを作製し、出来上がった酒に対して味や香りや保存期間などで問答を繰り返し、戦い、正解を見つけようとした。
日々情熱を注ぎ、ついに完成が見えてきた。
そして、気付いてしまう。
完成は、ヴィンセントの寿命では圧倒的に足りないことに。
『改めて、人間の弱さを思い知らされる…』
自嘲気味に笑いながら、ヴィンセントは手記を書き綴る。
『だからこそ、最高の品を創ろうと、命を燃やし、努力できるんだ』
羽ペンを走らせる手は、いつの間にか皺が多くなってた。
数年後、彼は酒だると共に島を出た。
最後の短い航海だ。
もうすぐ、嵐が止まない海域に到着する。
そこが目的地だ。
船の揺れが次第に大きくなる。
酒だるはきっちりとロープで固定されていた。
頑丈で朽ちることのないようにコーティングも施し済みだ。
何千回何万回とシュミレーションしてきた。
『あとは、時間をかけるだけだ。長ければ長いほど、最高に…美味い酒になる…』
船内の壁に背をもたせかけ、黒いワインボトルを取り出した。
『懐かしいだろう? お前たちに初めて飲んでもらったのと同じものをつくって入れておいた』
コルクを開け、一口、喉に流し込む。
『ゲホッ、ゲホッ』
吐き出したのは、真っ赤な血だ。
『ああ…、あの時は、美味かったよな…』
思い出の幻影が見える。
焚火を囲んで笑い合いながら、ヴィンセントが即席でつくった酒を味わい、故郷の話をしていた。
敗戦後、母国は敵に攻め入られ、帰るべき故郷は奪われていた。
禁酒令がいつ解かれてもいいように育てていたブドウ畑も、家を空けている間にその役割を任せていたヴィンセントの家族も、帰りを待っていたはずの仲間の家族も、すべて戦火に燃やされてしまった。
絶望のあまり、自ら命を絶とうとしたが、自分が生き残った意味を考え、踏みとどまった。
家族と仲間の嬉しそうな顔を思い出す。
最高の酒を造りたい。
それだけが生へとしがみつかせた。
『絶対、完成する…』
証明するには、長い時を経て誰かが見つけ出し、口にしなければならない。
その為、ボトルメールも作り、海へと放った。
ボトルに入れたのは、宝の地図だ。
ゆっくりと時間をかけて他の島に流れ着くように計算されている。
数百年後に誰かが見つけ、あらゆる手を使って再び沈没した船から最高の酒を引き上げてくれるだろう。
『 “私の酒を口にするなら、願わくば、大切な、大勢の仲間たちと共に、宴を開いてほしい”…って…書いたっけ…』
涙を浮かべ、手製のワインケースを開けた。
蓋の裏側には仲間と家族の名前が刻まれている。
そこへ飲みかけのワインボトルを入れ、優しく抱きしめた。
『“乾杯……。―――”……』
「ヴィンセント…」
手記を読んでしまったせいか、顔を知らない男の物語を見たルビーは、朝が来る前の薄暗い空を見上げた。
眠りが浅かったようだ。
見張り台から縄はしごを使って降り、周りを見回す。
甲板にはバギー海賊団全員が騒ぎ疲れて眠っていた。
船上はいびきに包まれている。
船長のバギーも、飲みかけの酒が入った大きなグラスを抱きしめながら眠っていた。
空けられたのは4樽だけ。
1樽だけでも80人分以上はあった。
一夜で飲み切るのは無理だったのだろう。
甲板には、ところどころ零された、黒い染みの跡がいくつもある。
もったいない、掃除が大変だと思いながら、ルビーは無造作に寝ているクルー達を静かに避け、甲板の左端へと移動した。
そこには、中身の入った酒だるの傍に置かれたヴィンセントの骨がある。
「返すね」
宝箱だと思っていたワインケースをヴィンセントの前に供えるように置く。
中には、パッローネによって粉々に砕かれたワインボトルの破片がルビーの手で掻き集められ、入れられた。
「手記に書いてあったから知ってるよ。このワインボトル…、死んだ仲間と、家族の遺骨で作ったんだよね」
遺骨で宝石を作ることができる、と実物は見た事ないが、噂では聞いたことがあった。
ヴィンセントは遺骨でワインボトルを作り、思い出の酒を入れたのだ。
「最高の酒…か。………気になるけど、あたしは……」
足下に転がっていた横倒しの小さなグラスにヴィンセントの酒を注ぐが、口元に触れそうになったところで手が止まった。
微かに指が震えている。
自身の心音が耳の中で激しく打っていた。
「あたしは…………」
内から押し寄せてくるものから耐えるように目をぎゅっと瞑る。
その時、目の前の闇に、微かな光が差した。
「! 朝…」
再び目を開けると、水平線から朝陽が覗いていた。
景色は、ゆっくりと時間をかけて持つべき色を取り戻していく。
「!!?」
視線をグラスに戻した直後、ルビーの目は大きく見開かれた。
「みんな――――!!! 起きて――――っ!!!!」
船全体に轟くほどの大声だ。
漁網に捕まった魚のように全員が夢から引き上げられる。
「な、なんだなんだァ!? ハデにどうした!?」
只事ではない慌てた大声に敵船でも攻めて来たのかと焦ってしまう。
しかし、海を見回しても他に船はなかった。
「いきなり大声で起こすんじゃ…」
「せんちょ!! 見て!!!」
説教される前にグラスをバギーの鼻先に突き付けた。
「!!!??」
バギーどころか、全員が目を剥いて驚いた。
グラスの中の酒が、黄金色に輝いている。
「船長! こっちもだ!」
「どうなってんだ!?」
それぞれが持っていたグラスに釘付けになる。
飲み残された真夜中の色をしていたはずの酒は、朝陽を浴びると、その色が移るように輝き出した。
追加で入れた酒も、同様の変化を起こす。
「アルバヴィーノ…」
喉を鳴らしたバギーは言葉の意味を反芻する。
「夜明けの…美酒…!!」
黄金色の酒に口をつけた。
「!!」
情景が見える。
爽やかな風で回り続ける風車小屋、羊が放たれた牧場、人の手で大事に育てられるのどかなブドウ畑、訪れたことのない土地だというのに懐かしさを覚えた。
「ハデに違う…! 香りは仄かに、味はしつこくない甘みに変化してやがる…! こんな…、同じ酒とは思えねぇ!!」
けれど、喉は止まらなかった。
あれだけ浴びるほど飲んだというのに、舌が、喉が、欲している。
またしても涙が出そうになった。
「バギーせんちょ! もう一度、宴を始めよう!」
グラスを掲げて言い放ったのは、ルビーだ。
眠気も吹っ飛んだ全員がグラスを持った。
「よォォォォしッ!!! ヤロウ共!! まだまだ飲めるよなァ!!?」
「「「「「おおおおおお!!!」」」」」
「ドハデに飲むぞ!! 宴だァ――――ッ!!!」
海鳥たちも驚くほどの歓声だ。
「ヴィンセント…、あたしはまだ飲めないけど……」
振り返るルビーは片膝をつき、ヴィンセントに微笑んで小さく語りかける。
「旅が終わる前に、いつか、飲んでみたい」
そう言って、小さな棺桶に軽く当てた。
「『乾杯」』
ルビー(現在)と、ヴィンセント(過去)の声が重なる。
「『夜明けを越えても」』
.To be continued