08:I feel like I'm being smothered

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10月15日月曜日、午後13時。

足立と森尾は運動の時間に参加していた。


「え、夜戸さんって俺より年上!?」


並んで開脚のストレッチをしながら、夜戸の話題にのぼっている。


「見えないでしょー。僕も久しぶりに会った時には驚いたよ。10年前と変わってないし」

「ちょっと待て。昔なじみなのか?」

「言ってなかったっけ? 同じ高校だった。初めて会った時は、僕が3年、彼女が1年」


嫌な予感を覚えた森尾の顔に冷や汗が浮く。


「おいおいおい、まさか付き合ってたのか!? もしかして今も!?」

「声大きいよ、森尾君」


ちらりと振り返れば、収容者達がこちらを眺めていたが、森尾が「あ?」と一睨みすれば、一斉に顔を別方向に逸らした。

首を痛めたのではないかと思うほどの大袈裟な逸らし方だ。


ツクモによって無事に帰された収容者達は、全員、あの現実味が感じられなかった事件を夢だと思い込むようにしたようだ。

ただ、森尾に与えられた恐怖は身体に染み込んだままで、森尾に濡れ衣を着せた男も、刑務官に正直に自身の行いを告白したが、運動時間に顔を出さなくなった。

森尾も反省して、顔を合わせて謝りたかったが、その前に収容者達に壁の隅まで逃げられてしまう。

意地になって追いかければ泣かれてしまい、足立が仕方なく「その気持ちだけでいいと思うよ」と森尾を引き離した。

森尾の気持ちはおさまらなかったが、自分はそれほどのことをしたのだと改めて反省した。


「僕と夜戸さんは、そんな青春まっしぐらな甘酸っぱい関係じゃないよ。ともだち……とも少し違うかな」

「???」


森尾は首をひねる。

ついでに自身の身体も右方向にひねる。


「昼休みの図書室で、よく2人で勉強してた。僕が教えてたってのもあるけど。それだけ。2人して、反・青春組ってカンジ」

「2人っきりだったのに? アクションは何も起きなかったのか?」

「あー…」


(何も起きなかったわけじゃないけど…)


「……誰しも男女2人きりだからってそうはならないよ」

「そういうもんなのか? じゃあ俺が狙ってもいいよな? その気がねぇなら」


人差し指でさしながら宣言してきた。

弟の落合も狙っているように見えたので焦っている。


「どうして僕に許可を求めるのさ」


足立は前屈をしながら言った。


「やかましい。昔なじみなら尚更こういうのは言っとかねぇと。本当に未練とかあるわけじゃねーんだよな? まったく好きじゃなかったのか?」

「はは…。君って意外と律儀だねぇ」

「なっ!? 馬鹿にしてんのかよ!」

「怒らない怒らない」


恥ずかしい発言を自覚し、顔を真っ赤にして歯を剥く森尾だったが、足立は「ん~」と背筋を伸ばす。


(スキとか、キライとか、考えたことないかも。あの頃の僕達って、お互いどこか波長は合ってたから一緒にいたってところもあったけど、似てるってだけで、いびつな関係だったな…。なつかし)


今更ながら妙な感覚だ。

10年前に断ち切った縁だと思っていたのに、再び繋がることになるなんて。


「酷いこと言ったのに…」

「ああ? なんの話だよ」


いつの間にか立ち上がった森尾が、両手を腰に当て前屈みになって足立を睨みつける。


「近い」


足立はわずかに仰け反り、森尾の顔面を押し戻した。


夜戸さん絡みで真面目な話に切り変えるよ。その傷、いつ出来たかわからないって言ってたけど、具体的にどんな日に出来たのか、覚えてる? 夜戸さんのおとーさんと関係があるんじゃないかと睨んでるけど…」


森尾は拘置所を覆う曇り空を見上げ、記憶を辿る。


「…ああ…、そう言われると、夜戸さんの親父さんが来た日だったと思う…。弁護の話し合いの為に接見室で会った日な。傷に気付いたのは…、風呂の時だったっけなぁ…」


体を洗っている最中に目に入った大きな傷に驚き、思わず大きな声を上げてしまったことを思い出した。


「拘置所では他に会った人いないの?」

「うーん…。担当の刑務官くれぇだな」

「……だろうね…」


拘置所にいる以上、会える人物は片手の指だけで数えられるほど限られてくる。


「なあ、誰かがこの赤い傷痕をつけたからって、そいつにどんな利益があるってんだ? 付けられたのは、俺だけじゃなかったんだろ? 俺とは別のやり方で暴れてたって聞いたし…」


森尾は、自身の右手のひらに刻まれた赤い傷痕を見つめながら、疑問を口にする。


「それは僕も思った。建造物を燃やしたり、宝石を盗みまくったり…。君たちの共通点は、体のどこかに誰につけられたのかもわからない赤い傷痕があり、誰にも見られず影響を及ぼす死角の世界(トコヨ)でペルソナを使って不満・欲望を暴走させてるってこと」


影響に時間差はあるが、トコヨで燃やしたものは現実(ウツシヨ)で燃え、壊したものは壊れ、盗んだものは盗まれる。

さらに森尾の事件で、欲望を暴走させた者が、ツクモと同じく対象をトコヨに引きずり込めることまで判明した。


「暴走を止めて正気に戻すと、シャドウを使役する力も、トコヨに移動する力も失われることも森尾君でわかったし…」


森尾の移動手段は、夜戸や足立と同じく、ツクモ自身に連れて来てもらうか、ツクモが作ったケータイでトコヨとリンクさせるしか方法がなくなった。


「誰かの手で起こされているなら、パッと思いつく動機…または目的は…、ゲーム感覚。愉快犯だね」

「は?」

「誰かが暴れることによって世間は大騒ぎ。赤い傷痕をつけて欲望を暴走させた犯人は、高みの見物しながら面白がってるってことだよ。自分の手でやったも同然だから、優越感と高揚感に浸れる…」

「何だよ…、そんな…幼稚な……」


森尾は鳥肌が立った。

誤れば、加担するところだったのだ。


「森尾君…」


足立はゆっくりと立ち上がり、森尾の肩に手を置いた。


「クソでくっだらない現実に嫌気がさしてる時、特別な力を手に入れた人間はねぇ、「自分は選ばれた存在だ」とハイになっちゃって、遊びたくなるんだよ…。今まで満足に遊べなかった不満をブチまけるかのようにさ…」


笑える内容じゃないはずだ。

なのに、足立の口元は薄い笑みを浮かべていた。


(まただ…。こいつ……)


足立は時折、得体のしれない影を見せる。

森尾は思わず喉を鳴らした。


見張りの刑務官が運動時間の終了を告げる。


「ま、あくまで可能性の話。続きは、捜査本部でね」


軽い調子で言ったあと、もう一度森尾の肩をぽんと叩き、足立は刑務官の下へ足を向けた。


「……………」


足立の背中を見つめる森尾は、すぐには動けなかった。

凍りついた身体が、足立が離れたことによってゆっくりと解凍を始めたのを感じる。


(そうだ…、俺…、足立の罪状……まだ聞いてねぇ…)


協力関係なのに、足立という男の全ては知らない。

先程の足立の顔と言葉を思い出し、尋ねることに躊躇が生まれた。


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