35:The world is not that bad
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マガツイザナギが矛を下から振り上げ、振り下ろされた曲刀から夜戸を守った。
夜戸は後ろに下がり、足に当たったテレビに気付く。
画面は続きが流れていた。
中学か高校生くらいに見える2人の少年のうち、ひとりは壁側を剥いて眠り、もうひとりはそれを背に、胡坐をかいて指を折りながら何かを数えている。
“そろそろ飽きてきたなぁ…”
別の少年の声だ。
そこへ祭司らしき男がやってきた。
顔は見えないが、見た目は50代くらいの大柄な体型だ。
“お父様”
格子越しに祭司と対面し、子どもらしい甘えた声を出した。
“調子はどうかな。ソレは、眠っているのか?”
“いつものように、半日以上眠ってます”
“やはり、脳への負担が大きいからか…。記憶の方はどうだ。見事に操作できるようになったか?”
“はい。次はどんな役をやらせてみようかと模索しています。自身を女だと思い込ませることにも成功しているので、今度は…母親役を考えています”
“母親か…”
“正直、難しいです。子どもを産んで育てる生き物だとは本で学びましたが、オレの母親は…産んでから死んでます”
“そうだな”
機械的な返事だが、少年は微塵も気にしない。
少年も、自分の母親に対して興味がなかったからだ。
“こいつの母親は、どうしていますか?”
“さぁ…。私の息子だと妄想を抱き、息子を売ってきた。確かに朝霧の血を持つ女だが、所詮は雑種まみれの極めて薄い血だ。独り身で、口にするのも汚らわしい仕事もしていたからな。本当に私の息子だという証拠もないし、調べる必要もない。息子を仕立て上げて甘い汁を啜ろうとしていたのだろう。子どもだけ取り上げて追い出してやった。今頃、どこかで野垂れ死んでるんじゃないのか”
冷めた声だ。
少年も鼻で笑った。
“いやしい女ですね”
“そんな言葉まで知っているのか。賢い息子で嬉しいよ、楽士。人の記憶は複雑だ。並みの知識力では扱えない。欲しいオモチャはなんでも与えよう”
“それなら……”
もうひとりの少年は、目を覚ましていた。
そして、ずっとその会話に耳を傾けていた。
数ヶ月に1度は頭に触れられ、神剣の能力を使って実験体として別の記憶を植え付けられていた。
祭司の実の息子である二又楽士が実験過程を見て満足したり、実験体が本来の記憶を思い出す片鱗を見せれば、植え付けた記憶を消去し、新たな記憶を植え付ける。
その繰り返しだ。
生まれた時からずっと檻の中で過ごしてきた二又楽士にとっては、祭司である父親は神のように絶対的で、実験体はすべてオモチャだ。
学習能力はあっても、人情が欠落していた。
母親、という言葉で、思い出したものがある。
記憶をいじられて、自身の本当の名前とでどこに住んでいたのかは思い出せなかったが、母親の事だけは断片的によみがえった。
ヒステリーを起こし、幼いころから息子に対して「生まれてこなければよかった」と暴力を振るい続けたが、それでも最後は「ごめんね」「痛かったね」「嘘だよ」とケガの手当てをした。
誰から見てもが反吐が出るような完璧に酷い母親ならば、離れることができたかもしれない。
しかし、少年は、年々やつれていく母親の姿を見続け、「母親には自分しかいない」と信じていた。
そして、ここに連れて来られ、初めて笑顔を見た。
『家族』を手にしてようやく報われるものだと思っていた。
祭司と語る息子の二又楽士は、経験したことがないだろう。
心が壊れかけるほどの絶望というものを。
数日が経過した夜、二又は祭司から何かを受け取った。
祭司が格子越しに見守る中、二又は眠っている少年に近づき、声も出さずに振り上げた。
“!!”
少年は眠っているフリをしていた。
素早く足を上げ、二又の腹を蹴り上げる。
“ぐ…っ”
二又の手から落ちて床に突き刺さったのは、黒いナイフだ。
少年は、祭司と二又の会話を聞いていた。
二又が持ちかけたのは、欲望を切り離す能力を持つ神剣を宿した女性が壊れたら、神剣を譲ってほしいとの要望だった。
少年に埋め込み、そのまま操作できるか試してみたい、と。
祭司としてはいつかは始めようとしていた実験だった。
少年は尻餅をついた二又に飛びかかり、殴りつけたが、二又は両手を伸ばし、首を絞めてきた。
押し倒し、右手で少年の首をつかみながら、左手のコブシで何度も何度も殴る。
奇襲をかけたつもりが、形勢逆転された。
両手でぎりぎりと首を絞められ、視界に映る天井と二又がぼやけくる。
必死にもがき、手が何かをつかんだ。
黒いナイフだ。
二又はそのことに気付かず、少年の耳元に口を寄せて囁く。
“できそこないの、オモチャがぁ…”
“ああああああああ!!!”
少年は雄叫びを上げ、二又の背中を黒いナイフで突き刺した。
すると、二又の胸から押し出されるように飛び出した別の黒いナイフの切っ先が、二又の下にいた少年の胸に突き刺さる。
その際、誰かの声が、聞こえた気がした。
少年は激痛に歯を食いしばりながらも、力を込めて二又の背に黒いナイフを埋め込んだ。
“奪ってやる…! 全部…奪ってやる…!!”
代わりに、自分の胸の中に、二又がずっと胸におさめていた黒いナイフが埋め込まれていく。
“返…せ…っ。それは…オレの…っ”
血を吐き出しながら、二又は抵抗しようともがく。
祭司も部屋に入ってこようとした。
少年は二又の頭を髪ごと鷲掴み、自ら相手の記憶を奪った。
脳がはち切れそうな痛みの中、ただの実験体の身では知りえなかった、欲望教の全容を頭の中に叩きこむ。
“祭司を殺せ…。君をだました男を殺せ。そして…どこかへ隠すんだ。できるよな? そのままどこかへ行っちまえ。もう、君は自由だ”
父親への絶対的な忠誠心を奪い、最後の力を振り絞って二又の耳元に囁き、意識を失った。
“大丈夫か”
目を覚ますと、清潔なベッドの上に寝かされていた。
知らない部屋に、知らない誰かが入ってくる。
クセの強い髪の男だ。
誰だ、と口元だけを動かした。
“私は、朝霧昌輝。君の名前は? 喋れるかい? 起き上がれる?”
今まで向けられたことがなかった、やわらかい笑みだ。
窓から差し込む日差しも優しい。
外の光を見たのはいつぶりだろうか。
差し出された手を、拒むことができなかった。
“…二又…楽士”
映像が消えた。
名前を忘れた少年は、二又楽士を奪い、祭司を殺害させていたことが明らかになった。
足立は、欲望教に関する資料の内容を思い出す。
祭司は行方不明…、本当の二又楽士が殺して遺体を処分したからだ。
そして、欲望教を切り離すナイフを持って行方を眩ませて死体で見つかった身元不明の男が、本当の二又楽士なのだろう。
背中には、胸と同じ古傷があった。
「そんな目で、俺を見るんじゃねぇよ…っ!!」
過去を見られた二又は、足立と夜戸を睨む。
オドヤマツミがテレビをつかみ、投げつけてきた。
「今更俺が何者だろうと知ったこっちゃねえだろ…!! 二又楽士を騙る男に、てめぇらが追い詰められてんのは事実なんだからよぉ!!!」
オドヤマツミが、シギヤマツミのサブマシンガンを手に、真っ向から発砲してきた。
マガツイザナギは矛を盾にすべて防ぐ。
「オレは俺だ!!」
「…ああ。檻の中から助け出されても、こうなることを決めたのはアンタ自身だ。僕も、同情なんてしないよ。アンタの過去なんてどうだっていい。興味もない」
マガツイザナギの矛がサブマシンガンをバラバラに切り裂いた。
「夜戸さん達にしたことが、許されるわけじゃないんだからさ」
「どう許さないかは勝手だ。どんな理由があろうとなかろうと、許さなければ欲望のままに殺せばいい!! もうすぐ、そんな世界が生まれる!! 誰にも止められねぇんだよ!!」
オドヤマツミは右手にマガツイザナギの矛を、左手にイツの曲刀を手にして構えた。
「悪いけど、止めるよ。僕は僕の都合で、今の世界を生かす」
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