35:The world is not that bad
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振り下ろされたナイフの刃先は、二又の眉間に刺さる寸前で止まっていた。
二又の笑みが消える。
夜戸の2つの瞳から、温かい涙が流れていたからだ。
「痛い…」
##NAME1##は呟く。
胸の傷痕が痛むのだ。
神剣による激痛ではない。
(この……痛みは…)
ズキン、ズキン、と切ない痛みが鼓動と共に全身をまわり、涙が止まらない。
手に握りしめた冷たいナイフも、熱を持ち始め、心音を打っている気がした。
(みんなの……)
今までの日々を思い返し、大切な存在を思い出す。
みんなの必死な声が、痛みに伴って聞こえた気がした。
「…あたしは、あなたと同じじゃない…。ひとりじゃないから。一緒に泣いて…、笑って…、間違ったことを止めてくれて…、こんなあたしのことを…信じてくれる仲間がいる…」
ぐっと歯を食いしばり、ゆっくりとナイフを引き戻す。
「奪われたものは確かにあるけど、奪われてばかりじゃない。目に見えすぎた現実に嫌気がさしたことは幾度もあったし、絶望もした。でも、世の中捨てたもんじゃない…って…思えたの…。足立さんと出会えたから…。月子と、華ちゃんと、ツクモと、森尾君と、空君と出会えたから…。傷痕を通して、色んな人と出会った…。みんなのおかげで『あたし』がいる…」
抱きしめるように、ナイフを胸に当てた。
「この『心』を、あなたの血で汚させない」
みんなを裏切る気がしたからだ。
「…………がっかりだぜ。まあ、元々あっさりと殺される気はなかったが」
白けた顔をした二又は、深いため息をついて嘆いた。
「!!」
夜戸の背後から、何かが飛んできた。
ナイフで弾こうとしが、反応が遅れてしまう。
「うっ!?」
有刺鉄線が巻きつき、両腕を縛られてつるし上げられた。
足先は地面から数センチ浮き、両手とジャケットを貫通して皮膚に食い込むトゲの痛みに顔をしかめる。
イツを召喚しようとする直前、さらに大きなミイラみたいな指の細長い黒い手に後ろから胴体をつかまれ、握りしめられた。
「か…はっ…」
肋骨はミシミシと軋み、息が吐き出せない。
手からナイフが滑り落ち、地面に突き刺さった。
肩越しに振り返ると、そこにはクラヤマツミが立っていた。
右の袖から有刺鉄線を伸ばし、左手で夜戸の胴体をつかんでいる。
「自分を捨てた目が、絶望に堕ちた目が、オレは好きだったのに…」
落胆した様子で立ち上がった二又は、小さく手を挙げ、クラヤマツミに夜戸の胴体をつかんでいた左手を離させた。
「!」
息苦しさから解放されたと思ったのもつかの間、二又の伸ばされた手は、夜戸の胸元部分のシャツをつかみ、ぐいと外側へ引っ張った。
夜戸は抵抗しようとしたが、有刺鉄線は容赦なくきつく絡みつき、痛みによって無力化される。
二又は、露わになる胸の傷痕をじっくりと眺め、「フン」と鼻で笑った。
「あーあー、すでにお手付き物かよ…。相手は足立だろぉ? 先に目を付けたのはオレなのに、ずるいよなぁ」
ゴッ!
「ッ!」
腹部を殴られ、夜戸は吐き気に堪えた。
先程殴られた場所と同じだ。
二又は、夜戸の反応を少し観察してから腹部を撫でた。
「ここにはまだ何も入ってないみたいだな…。それでいい…。君はオレのガキを産めばいいんだ。また、新たな世界をつくるために」
夜戸はゾッと鳥肌を立てる。
足立に触れられるのと違って、虫が身体を這い回るようにゾワゾワと頭のてっぺんから足の先まで悪寒が走った。
「君は言ったな。「オレの血で汚させない」って…? だったら、オレから存分に汚してやるよ。オレだけの物になるまでいたぶり続けてやる」
ジャケットを強引に引っ張られ、有刺鉄線が巻きついて破れた袖からビリビリと音を立てて上着を脱がされた。
さらにシャツの裾から手を入れられて直接腹部に触られ、反対の手で髪をつかまれて乱暴に引っ張られ、髪の匂いも嗅がれた。
恐怖に顔が引きつって頭を振り、「…ッ」と声にならない声が出る。
それでも、二又を睨み、弱音を吐き出してなるものかと唇を噛みしめて涙を堪えた。
(この人を殺さなかったことに、絶対後悔なんてしない…。たとえあたしがどうなっても…)
依然敵意を見せる夜戸の目に、二又は髪をつかんでいた手を離し、メガネに触れた。
「それでもまだこの瞳に鬱陶しい輝きが残ってるなら、潰すしかねぇなぁ」
メガネを外して後ろに放り投げる。
だが、メガネが地面に落ちた音は聞こえなかった。
ズバッ!!
瞬間、クラヤマツミの頭部を矛が切り裂いた。
「…っ!!?」
突然の顔面の痛みに、二又は片手で顔を押さえる。
有刺鉄線は解かれ、解放された夜戸は地面に座り込んだ。
守るように夜戸の前に降り立ったのは、赤いペルソナだ。
聞き慣れた靴音が聞こえ、瞳に涙が浮かぶ。
「やぁ。お楽しみのところ、邪魔するよ」
「足立さん…!」
足立の手には、投げ捨てられたメガネが握られていた。
人懐っこそうな笑顔に、夜戸は自然と笑みが浮かばせ、その頬を伝うのは、安堵の涙だ。
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