35:The world is not that bad
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兄は自殺ではなく、二又の手によって殺害された。
告げられた真実に、夜戸は愕然としていた。
「日々樹は、オレ独自の研究データを見つけやがったみたいでな。たぶん、疑心暗鬼になって調べてたんだろ」
二又は懐かしげに目を細め、当時の事を振り返る。
「昌輝さんと月子を巻き込まずに、オレを呼び出して話し合いに持ち込もうとしたんだ。こんな雨の日だったなぁ…」
目を閉じ、頬に当たる雨粒の温度と、感触と、囁きかける雨音に耳を澄ました。
テレビ画面は、その時の二又の日々樹を映し出す。
日々樹が通う学校の正門前に停められた黒のミニバンには、運転席に二又、助手席に日々樹が座っていた。
『雨が降ってきた…。晴れだっつってたのについてねぇなぁ…。君、今日は傘持ってんのか?』
フロントガラスにぽつぽつ落ちてきたしずくに気付き、二又は呟く。
二又の膝の上には、日々樹が持ち込んだ資料が置かれていた。
まるで聞いてなかったみたいな二又の態度に、日々樹は「二又さん」と真剣な面持ちでもう一度切り出す。
『二又さんは、どちらのクニウミ計画を優先しようとしてるんですか?』
二又の否定と言い訳を期待していたが、二又はフロントガラスに視線を上げながら平然と答えた。
『君が疑ってる方。違うなら、あんなデータ、存在してるはずがねぇよなぁ?』
口角を上げる二又に、日々樹の表情が強張る。
『……初めからそのつもりで…。僕を騙してたのか?』
神剣が埋め込まれた胸に手を当て、ショックを隠し切れない様子だ。
二又の瞳がようやく日々樹へと向けられた。
『騙すなんて人聞きが悪いな。欲望の暴走も、救済と同じだ』
『欲望に塗れた世界なんて、どこに幸せがある?』
『みんな好き勝手に野垂れ死ねるなら本望じゃねえのかぁ。逆に聞くけどよぉ…、無欲の世界にこそ幸せがあるなんて思うのか?』
『……………』
日々樹は眉間に皺を寄せたまま黙り込んだ。
二又は「ふん」と鼻を鳴らす。
『君も、昌輝さんの考えにも迷ってるんだ。無欲なら、ムダな諍いなんて起きないかもしれないが、はたしてそんな現実世界を平和と言えるのか。そもそも昌輝さんは平和なんて興味がなくて、単にできるかできないかをやってるだけじゃねーか…。図星だろ?』
昌輝に相談しなかったのは、そういった不信を胸に抱えていたからだ。
二又の指摘通りだが、「けれど」と日々樹は否定せずに強く突っかかった。
『僕が今言えるのは、あなたの計画には同意できない』
瞳には、二又が奪い取ったはずの強い意志が宿っていた。
データを見てしまった事が、きっかけになったのかもしれない。
今の現実に、大切な存在があることを思い出したのだろう。
『ああ、君ね…。何か思い出したな。だから、無駄な正義感にとらわれてるんだ』
そう言って、二又は懐からハンドガンを取り出した。
同時に、日々樹も昌輝からもらったリボルバーを取り出し、銃口を向け合う。
鋭い視線が交わり、二又と日々樹はほぼ同時にドアを開けて車内から外へと出た。
そこから先は死闘だ。
日々樹の学校が戦場となった。
降り続く雨は、煽るように激しさを増していく。
どれくらい撃ち合ったことか。
二又と日々樹は屋上に移動していた。
二又を追いかけた日々樹は、右手にリボルバーを持ち、左手には黒いナイフを握りしめていた。
『二又さん! もう一度叔父さんと話し合ってください。このままだと…』
本当に取り返しのつかない事態になる。
二又は「ハハハ」と嘲笑した。
『愚かだなぁ。君は本当に愚かだ。オレを止めるために、正義欲に負けて、ここに来てしまった』
『僕の意思でここにいるんだ。お願いだから、叔父さんと…』
本気で殺し合いになりたくなかった。
懇願する想いで二又に訴えかけた。
しかし二又は一蹴する。
『だったらオレもオレの意思で抵抗させてもらうぜ。オレが応じなかったら、そのナイフでオレの欲望を刈り取る気か? ガキ相手に、随分と甘く見られたもんだなぁ』
ハンドガンは弾切れだ。
腰にかけた黒のウエストポーチに手を突っ込み、右手の指に挟めるだけ小型ナイフをつかみとった。
『もういらねぇよ。君なんて』
冷たい言葉と共に得意のナイフ投げを仕掛ける。
雨の屋上で、金属音が響き渡った。
戦い慣れしてない日々樹がゆっくりと不利に追い込まれていく。
それでも必死に抗った。
走るたび、足下の水たまりが弾けて飛散する。
やがて日々樹の体が背中から倒れ、飛散した水に血が混ざり、二又のズボンを汚した。
『はぁ…』
二又は、自分が息を荒くしていることに気付いた。
思ったより熱中してしまった。
『……………』
日々樹の瞳を見る。
心が折れた様子はない。
手には、血が滲むほどナイフを握りしめたままだ。
舌を打って日々樹の首をつかみ、引きずって屋上の柵を越えてその向こう側へと突き出す。
『君の後継のことは、あとで考える。血筋として、オレはちゃんと面と向かって会ったことはねぇが、次は君の妹辺りにくるんじゃねーかなぁ…。昌輝さんはまた大反対するだろうけどな』
『明菜…』
確かに、妹の名前を呼んだ。
ずっと拒絶させていたはずの、家族の名前だ。
『愛なんてくだらないものは不要だ。欲望の妨げになる』
『あなただって……』
『オレが何だ』
『ねぇ…。あなたは……』
『!』
呟いた日々樹は、最後の力を振り絞って腕を振り上げ、黒いナイフで二又の喉元を切った。
首に痛みを感じると同時に、二又は日々樹の首から手を離した。
日々樹の身体が、曇天を仰いで落下していく。
日々樹の表情は何を考えているか二又にはわからなかったが、地面にぶつかるまで、互いに目を離さなかった。
日々樹の身体が地面に叩きつけられる寸前、映像が切れた。
夜戸は動かないままだ。
「日々樹の犠牲があって君はここにいる。すべては巡り合わせ。散々に散々な目に遭って、ここまで来たんだ。夜戸明菜、おめでとう」
二又は拍手を送り、自分の首の傷痕に手を触れた。
「真実は、オレからのプレゼントだ」
黙って聞いていた夜戸は、フゥ、と息をついて胸に手を当てる。
「………よかった…」
心の底から安堵した声だ。
口元も小さな笑みを浮かべている。
「あたしにも…、誰かを八つ裂きにしてやりたいって欲望はあったみたい」
傷痕からナイフをつかみ取り、瞳は、冷たい殺意を纏っていた。
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