34:I'm not a hero
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黒い雨は降り続ける。
道も建物も真っ黒なペンキをベタ塗りされたかのように染まっていた。
夜戸達を乗せた護送車は、ヘッドライトで道を照らし、後部座席に座る姉川のナビゲーションに従い、行く手を阻もうと襲い掛かるシャドウ達を蹴散らしながら先を目指していた。
1体のうさぎサイズで真っ黒な塊のシャドウが、ルーフを剥がされた部分から入り込み、天井を伝って足立の頭に落ちる。
ぷよっとした感触に、足立が「ん?」と視線を上げた。
「うりゃああ!! そこはツクモの特等席さーっ!!」
足立が自分で手で払う前に、怒りを露わにしたツクモが足立の肩に飛びのり、容赦なくシャドウに噛みついて引き剥がす。
「僕の頭上を争わないで」
ペッと窓から捨てるツクモを横目に、シャドウが残した嫌な感触に、足立は眉をひそめる。
「形が成ってないザコばっかだ」
そう言いながら、ハンドルにくっついた小さなネズミサイズのシャドウを素手でつかんで窓の外へ投げ捨てた。
シャドウ達は、雨水が道に溜まった黒い水たまりから生まれているようだ。
戦闘力は大したことはないシャドウばかりだが、周りの建物みたいに車体が呑み込まれてしまえば成す術がない。
アリと同じく、大群となれば脅威だ。
拘置所を出る前は、赤い傷痕から武器が出せる程度だったのに、たった数時間でペルソナ本体を召喚できるほど異世界に取り込まれていた。
「これじゃ、拘置所の方は…」
夜戸はバックミラーで森尾を窺うと、「わかってる…」と森尾は堪えるような声を絞り出す。
「イワツヅノオ!」
イワツヅノオで車体の横から飛びかかってきたシャドウを氷漬けにして砕いた。
「イツ!」
「マガツイザナギ!」
夜戸はフロントガラスに張り付こうとするシャドウをイツで払い落とし、足立は黒い津波となって襲い掛かるシャドウの群れをマガツイザナギで切り開いた。
「ネサク!」
落合は、ネサクでリアガラスに張り付いたシャドウを焼き払い、確認する。
護送車は今も西に直進中だ。
「華姉さん、この地区の先って…」
「海辺の地区…。そこに『カバネ』がいると思う」
全体の空気が警告を発しているようで、姉川は肌でピリピリと感じ取っていた。
先に放った水のイルカたちも、映像を送る前に消滅している。
何者かが妨害しているとしか思えない。
「海辺…。敵は呑気に海水浴でもしてるのかな」
足立の能天気な言葉も慣れたもので、誰も怒らず、呆れるだけだ。
「!」
そこで不意に姉川が声を上げる。
「目の前! 大型シャドウ!」
50m先の黒い水たまりが盛り上がり、大型トラックより一回り巨大なヘビ型のシャドウが這い出て来た。
黒の黄色のドット模様の鱗に2つの頭を持ち、片方が真っ赤な怒り、もう片方が真っ青な悲しみの仮面をつけている。
明らかに周りのザコとは比べ物にならない気配を纏っていた。
不気味な模様が生理的に受け付けず、「気持ち悪いさ…っ!」とツクモは漏らす。
ヘビ型のシャドウが牙を剥いた。
悲しみの仮面の口から放たれたのは、銀色の液体の塊だ。
「毒!! きゃ!?」
姉川が指を差す前に車は大きく動いた。
「水浴びしていいものじゃないだろうね!」
足立のドリフト走行で毒の塊を回避する。
続いて怒りの仮面をつけたヘビの喉が膨れ上がった。
何かを吐き出そうとしている。
「炎がくる!」
怒りの仮面の口から、勢いよく炎が吐き出された。
火炎の波が近づき、森尾がイワツヅノオを召喚する前に、ルーフから飛び出したツクモがフロントガラスに立って叫ぶ。
「ヒハヤビ!!」
召喚されたヒハヤビが6枚の円盤を飛ばし、噴射された炎を防いだ。
「ナイスツクモ姉さん!」
細かい火の粉が散る中、頭部を横切った車は大型シャドウの胴体の脇を走行する。
長さは100m以上あった。
「突っ切るよ!」
「!」
夜戸は、闇の中に4つの小さな目を見つけた気がした。
「待ってください、何か…」
様子がおかしい、と言い出しかけた時だ。
「氷結魔法がくる!」
姉川の警告に、足立はバックミラーに目をやって回避の用意に入る。
「ちゃう! 前方から!」
はっとすると、真っ白な煙が向かってきた。
氷結属性を持つ白煙だ。
フロントガラスにいるツクモが、もう一度ヒハヤビで防ぐ。
車体にわずかな霜が張りついた。
直撃していたら氷漬けにされていただろう。
冷たい白煙を突っ切った先には、別のヘビ型シャドウの双頭があった。
先程遭遇した双頭とは違い、黄色の喜びの仮面と、緑色の真顔の仮面をつけている。
「尻尾だと思ってたところも頭部だったなんて…」
先程夜戸が見たのは、この双頭の仮面の目だ。
再び頭部を横切り、そのまま真っ直ぐに進むが、後ろから蛇行しながら大型シャドウが追ってくる。
足立は車を加速させるが、徐々に距離を詰められた。
「あんな体のクセにめちゃめちゃ速いぞ!!」
森尾が窓から顔を出して見ながら声を上げる。
一度車を止めて6人で反撃するべきかと足立が考えたところで、ツクモはフロントガラスからルーフに移動した。
「みんな止まらないで! 相手にしてやってる時間なんてないさ! ここは…、ツクモが食い止める…!」
「ツクモ!?」
夜戸は立ち上がってむき出しの個所から顔を出した。
こちらに背を向けるツクモは、追ってくるヘビ型シャドウを睨んで仁王立ちしている。
誰よりも小さな体なのに、夜戸の目には大きく見えた。
「おい! 何言ってんだ!?」
「ツクモ姉さん!!」
「おりてきなさいよ!」
「あいつを倒したら絶対追いかけるさ。だから…絶対、絶対、月子ちゃんを助けるさ…! みんなで、助けるさ!」
夜戸は咄嗟に手を伸ばした。
ツクモをひとりにしたくなかった。
「アダッチー、行って!!」
しかし、ツクモは、森尾達の声も振り切り、夜戸の手もすり抜けて車体から飛び降りる。
「ヒハヤビ!!」
6枚の円盤が、こちらを猛追するヘビ型シャドウに体当たりし、押さえつけた。
「ツクモ…」
ツクモの姿は、遮断するように現れたシャドウの群れに隠される。
車を停車させている暇はなかった。
目的地まで距離はまだある。
ツクモの判断は正しい。
けれど、誰も認めていない。
夜戸は闇を茫然と見つめ、伸ばした手のひらをぎゅっと強く握りしめた。
ツクモは敵の動きを警戒し、夜戸達に振り返らなかった。
エンジン音が遠く離れていくのを耳で聞き取る。
4つの頭を持つヘビ型シャドウは炎を放ち、白煙を放ち、毒を放ち、電撃を放ち、円盤を弾き飛ばした。
ヘビ型らしく、シャーッと威嚇の牙を剥ける。
それでもツクモは怯まなかった。
「お前なんか、ツクモが全部残さず食べてやるさ!!」
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