27:Well, where shall I start with...
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落合がトイレに行ってる間、姉川は座ったままカメラを構え、たこやきを頬張る夜戸を撮影していた。
「華ちゃん…、冷めるよ?」
夜戸は、ゴクン、と呑み込んでから注意する。
「せっかく遠方から来たのに、写真の1枚も撮らないなんて」
もったいない、と言わんばかりにあちこちにレンズを向けた。
時折、たこ焼きをつまみ食いする。
「あの子の食べっぷり、気持ちがいいなぁ」
先程エレベーターから上がってきた、高校生くらいで髪型はショートカットの女子が、夜戸達から少し離れた席に座ってビフテキを美味しそうに食べていた。
その向かい側に座ってこちらに背を向けているのは、友人だろう。
長い黒髪に赤いカチューシャをつけている。
「千枝、誰も取らないから落ち着いて」と身を乗り出し、和柄のハンカチで頬についた肉汁を拭ってあげた。
ショートカットの女子は一度フォークとナイフを止め、「ありがと、雪子」と屈託ない顔で笑う。
仲がいいのだろう、とほっこりとした気持ちになる夜戸。
「華ちゃんも」
「ん?」
夜戸は身を乗り出し、カメラを下ろした姉川の、口端についた青のりをうぐいす色のハンカチで拭いてあげた。
姉川ははにかんで笑う。
「おまたせーっ」
階段を駆け上がってきたのか、少し慌てた様子の落合が合流した。
「…空君、何かあった?」
尋ねる夜戸に、着席した落合は首を横に振る。
「なにも!」
「満面の笑みで誤魔化した」
空腹も満たされたところで、夜戸達は荷物を持って移動する。
姉川がボタンを押し、すぐにやってきたエレベーターに乗ろうとした。
開いたエレベーターは無人だ。
最初に落合が乗って開ボタンを人差し指で押し、続いて姉川が乗り込んだ。
「明菜姉さん?」
なかなか乗り込まない夜戸に、落合はボタンを押したまま身を傾けて窺った。
立ち止まった夜戸は、メガネのフレームに触れ、顔を上げる。
「…ランチも食べたし、このあと堂島さんと合流するから、2人は先に宿泊先に行ってて」
一度互いに顔を見合わせる落合と姉川。
「…わかった。あまり遅くならないように」
深くは聞かず、姉川は頷いた。
「うん」
頷き返した夜戸は、小さく手を振った。
落合も素直に身を引いて「お先ね」と手を振り返し、エレベーターの扉を閉める。
夜戸は階段から2階へと下り、家電製品コーナーにやってきた。
買う予定のものはないが、誰かの足跡を捜すように歩き回る。
たどり着いたのは、テレビの売り場だ。
画面の真っ暗な大型テレビの前に立ち、ゆっくりと手を伸ばしてみる。
「何をしているのですか」
「!」
指先が触れそうになったところで声がかけられた。
夜戸と同じ背丈くらいの、大人びた雰囲気を纏った、ボーイッシュな服装の女子だ。
「失礼。思わず声をかけてしまいました」
驚いた表情の夜戸に、突然声をかけたことを詫びる。
女子の顔に、夜戸には見覚えがあった。
そのことも含めて驚いてしまったのだ。
(探偵王子…)
テレビでも雑誌でも取り上げられていた、有名人だ。
稲羽市の連続殺人事件に携わっていたことも知っている。
テレビに触れようとしていた手を引っ込め、向き直った。
「挙動が怪しかった?」
「…正直。家電を見ている…というより、家電には目もくれず、別の物を捜しているように見えました。最初は、落とし物でもされたのかと思ったのですが…」
一体いつから見られていたのか。
「…知り合いが前にこの町に住んでたこともあって…。浸りながら歩き回ってた」
あえて名前は出さなかった。
「そうでしたか」
そう言いつつ、夜戸が触れようとしていたテレビに目を向ける。
「知り合いのテレビと似てたから」
これは嘘だ。
トコヨと違う世界に入れるかどうか試そうとしていたとは言わない。
「…あなたは、弁護士ですか?」
「ええ」
(さすが。鋭い観察眼をお持ちで)
女子の視線をたどる。
夜戸の胸にある弁護士バッジに気付いた様子だ。
夜戸もバッジに触れて頷いた。
「この町の弁護士ではありませんね。旅行用と仕事用のカバンをお持ちのようだ」
「仕事で来たの」
これ以上は面と向き合って話していると、心情まで暴かれてしまいそうだ。
夜戸は質問を投げかけられる前に、
「これから仕事先に向かうところだから。心配しなくても、探偵さんを前に悪いことはしないよ」
そう言って背を向けた。
訝しげな視線が背中に刺さる。
「あ、直斗、こんなところにいた!」
階段へ向かう夜戸の横を通過したのは、ツインテールの女子だ。
横顔を見ると、どこかで見た事がある気がした。
声も。
「りせさん…」
「もうすぐ先輩が来るんだから、早く行こっ。出遅れるわけにはいかないからね!」
背中でそんな会話を聞きながら、夜戸は1階へ下りていく。
(森尾君には言わない方がいいかな…)
りせ、という名前で、ツインテールの女子が何者なのか思い出した。
彼女のファンである森尾が聞けば羨ましがるかもしれない。
「♪~」
彼女の曲を思い出して、自然と口ずさんでしまった。
1階では買うものがある。
しばらく1階を歩き回ってから購入したのは、2束の白いユリの花束だ。
腕に抱え、ジュネスの出入口を目指す。
落合と姉川はとっくに宿泊先に向かっている頃だろう。
ユリの香りが、鼻をくすぐった。
花束は、2束あると重みもある。
匂いも強い。
不意に兄の葬式を思い出した。
あの時も、式場はユリの香りに包まれていた。
「おねえさん」
声をかけられ、足を止めた。
体ごと振り向いて視線を落とすと、こちらにハンカチを差し出している少女がいた。
見た目は月子と同じくらいだ。
「落としたの見たの」
うぐいす色のハンカチ。
夜戸が持っていたものだ。
先程、花束を購入した時に落としたらしい。
少女の愛らしい顔を見て、自然と頬が緩んだ。
しゃがんで同じ目線になる。
「ありがとう。今、両手が塞がってるから、ポケットに入れてもらっていい?」
「うん。ここでいい?」
少女は四つ折りに畳んだハンカチを、夜戸のスーツジャケットの左側のポケットに入れた。
「きれいな花…。誰かにあげるの?」
ユリに目を付けた少女の問いに、夜戸は頷き、腕の花束に視線を落として答える。
「お供えの花」
途端に、少女の表情が悲しげに曇った。
「だれか…しんじゃったの? 家族?」
「家族…ではないけどね。でも、関わっていく人たちだから、挨拶に行くの。ハンカチ…ありがとう」
正直に答えたのはよくなかったか、と反省しながら返す。
「きれいな花だから、天国でよろこんでくれるはずだよ」
少女はそう言って明るい笑みを向け、こちらに手を振り、背を向けて誰かのもとへ走った。
「お兄ちゃん。ななこ、ハンカチ渡せたよ」
少女の背中を視線で追い、お兄ちゃん、と呼ばれた人物を見ようとした時、
「夜戸明菜さんですか」
反対側から名前を呼ばれ、そちらに振り返る。
「堂島…遼太郎さんですね。初めまして。夜戸明菜です」
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