25:Sweet and Bitter
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12月24日月曜日、午後21時。
「メリ――――ッ」
姉川がシャンメリーの入ったグラスを掲げると、
「「「クリスマ――――ス!!!」」」
森尾、落合、ツクモもテンションを上げて後に続いた。
足立と夜戸も控え気味に掲げる。
ツクモの席に座る月子も、不思議そうな表情で両手で持ったグラスを上げ、膝の上にのったツクモのマネをした。
「クリスマスって明日じゃなかったっけ?」
そう言いながらシャンメリーを口にしようとする足立に、森尾が背後に近づいて「やかましいな。細かいことは気にするなよっ」と背中を強く叩いた。
「クリスマスでも打ち上げでも忘年会でもいいだろ!」
危うく、シャンメリーどころかグラスごと落とすところだった。
肩を組んでこようとする森尾に、足立は咳き込みながら「絡み方ウザい」と煩わしそうに言って、やけにテンションが高い森尾に引く。
シャンメリーを一口飲み、アルコールが入ってないことを一応確認した。
ノンアルだ。
だとしたら、森尾たちは単に場酔いしているのだろう。
「華ちゃん…、この格好は…」
夜戸は自分自身の格好に抵抗を覚えずにはいられなかった。
簡潔に言えばサンタのコスプレなのだが、頭に被った帽子と上半身以外は、太腿が露わになった赤いミニスカートだ。
脚も赤いブーツを履いている。
それは言い出した姉川と、落合と月子も巻き込まれて同じ格好をしていた。
ツクモは頭に帽子をのせているだけだ。
「心配をかけたバツですよー。なんでもするって言ったじゃないですか」
(ミニスカサンタ…。グッジョブ、姉川)
(どや)
森尾が親指を立てると、姉川も不敵な笑みとともに同じサインを返す。
「違和感、全然ないね。学園祭でのメイドさんを思い出すよ」
「メイドじゃなくて店員です。ウェイトレス」
当時はメイド喫茶が知られていない時代だった。
学園祭での服装を思い出す足立にすぐに訂正を入れる夜戸だったが、姉川は「メイドってどういうことですか」と食いついた。
「華ちゃんは気にしなくていいの」
「成長止まってるんだっけ? これが本当の、永遠の女子高生」
「本気でやめてください」
「ギブ…」
ネクタイをつかんで、キュ、と締めようとする無表情の夜戸に対し、足立は小さく両手を上げる。
「もう言わないデス」と誓って解放されると、「サンタさんに永眠をプレゼントされるとこだった」とネクタイを緩めた。
夜戸は羞恥でスカートの丈の短さが気になり、裾を引っ張った。
(殴られた方がまだマシだった気がする)
「伸びちゃうよ」となだめる落合に、「いっそ伸びてほしい」と唸る。
「これがサンタ…」
月子は帽子に触れながら呟いた。
テレビの映像でしかサンタを見た事がない。
「ちょっと違うけどね」
足立は苦笑いしながら教えた。
「まさか小さな子にコスプレしてもらう日がくるなんて…!」
姉川は感動しながら、月子が席に座っている状態のまま必死にシャッターを押し続けている。
「欲望が暴走してる…」
森尾は姉川がいつか通報されないか心配した。
「それでは~、ケーキを焼いていくよー」
かわいいサンタを撮り続けた至福の姉川は全員に呼びかける。
用意されたのは、毎度おなじみホットプレートだ。
傍には、刻まれたフルーツや、大量の生クリームの入ったボウルがある。
「う…」
足立は生クリームから目をそらし、口に手を当てた。
「アダッチー、どうしたさ?」
「生クリームの暴力を思い出した」
以前、夜戸と一緒に行った店で出された、生クリームがこれでもかと盛られたパンケーキがよみがえる。
構わず、姉川は温めたホットプレートの上に、おたまを使ってクリーム色の生地が流し、円形がホットプレートにのれるだけつくっていく。
月子の瞳は興味津々だ。
無意識に身を乗り出している。
「ケーキって、ホットケーキのことね」
落合はぷつぷつと生地に空く小さな穴を見つめた。
飽きない眺めだ。
ほどよく生地が固まってひっくり返すと、綺麗な焼き色がついていた。
他の生地もひっくり返して中まで熱を通し、焼き上がったものから1枚の皿に積み上げていく。
そして、生クリームやフルーツをのせ、ハチミツやチョコレートをかければ、豪華なホットケーキタワーの完成だ。
「どーぞ」
月子の目の前に置かれる。
月子は顔が隠れてしまいそうなケーキの高さと漂う甘い匂いに大きな目を輝かせ、言葉を失っていた。
「豪華だねぇ」
足立もいいリアクションだと面白がる。
夜戸とそっくりだ。
フリじゃなくて本当の姉妹なのではないかとさえ思う。
夜戸はナイフを使って切り、口に入るサイズをフォークに突き刺して月子に「はい」と差し出した。
月子は大きな口を開け、ホットケーキを招く。
「~~~~っっ!!」
あまりの美味しさに感動し、夜戸からフォークを受け取って夢中で口に運び続けた。
「口の周り、すごいことになってるよ」
「むぐむぐ」
隣に座る足立は、見兼ねてティッシュで拭いてあげる。
少し手のかかる少女の横顔は、かつて家を訪れてはよくからかっていた少女の顔を重ねた。
「足立、父親みたいだな」
森尾はニヤニヤとしていた。
「そこは普通、お兄ちゃんでしょ」
茶化された足立は口を尖らせて言い返す。
月子は、「いいなぁ」と見上げるツクモの視線に気づき、「どーぞ」と口に運んであげた。
「月子ちゃん、口数少ないですね」
「元々、他人に対しては無口で、人見知りだから」
耳元で囁く姉川に、同じ声量で返した。
戦闘中はツクモ達に対しても饒舌だったが、日常ではどう話していいのかわからず距離を測っているのだろう。
それでも、緊張が少しほぐれたのは目に見えて確かだ。
どんどんホットケーキを焼いていく。
姉川だけでなく、夜戸、足立、森尾、落合、それからツクモもひっくり返す作業に参加した。
森尾と足立は失敗せずに見事にひっくり返し、夜戸はタイミングが遅れて少し焦げ、落合は逆に早過ぎて崩してしまい、ツクモはひっくり返すのには成功したが自身までもひっくり返った。
「ひっくり返してみる?」
足立がフライ返しを差し出すと、ずっと眺めていた月子が緊張した面持ちで頷いて立ち上がった。
「や、やってみる。流しいれるのもさせてほしい」
流しいれた生地は、ホットプレートのスペースをほぼ奪ってしまった。
ホットケーキというよりクレープみたいだ。
誰もツッコまずに温かく見守る。
頃合いを見て、月子がフライ返しを差し入れ、
「ふっ!」
気合を入れてひっくり返した。
ひっくり返されたホットケーキは、天井ぎりぎりまで高く飛び、空中で、5、6回転したのち、ツクモの頭の上に落ちた。
「アチャアアアアアア!!!!」
飛び上がり、じっくり焼かれたホットケーキの熱さにたまらず、捜査本部内を駆け回るツクモ。
どれだけ暴れても、頭上のホットケーキは大きく作られているせいか、まったく落ちない。
「大変!」
「取ってやるから! 暴れるな!」
みんながつかまえようとバタバタと慌ただしく駆けまわるが、目の前も見えていないツクモは止まらなかった。
「アチチ! アチョ! アチョ! アチョ!」
ドチャーン!!
暴れまわった末に飛び込んだのは、大量の生クリームが入ったボウルだ。
生クリームは爆発したかのように飛散し、カウンターや床だけでなく、夜戸たちも誰一人避けることができず浴びてしまった。
「お前…」
森尾は呆れ、
「うへぇ。ベタベタ~…。…甘」
足立はジャケットの裾を右手の指でつまみ、左手の甲に付着したクリームを舐め、
「ダイナミックすぎるよ、ツクモ姉さん…」
落合は「カツラ洗わないと…」と毛先に触れ、
「クリーム…、たくさん作ったのに…」
姉川は作り直すことを嘆き、
「……………」
月子は予想外の出来事に茫然とし、
「?」
ボウルから顔を出した真っ白なツクモは、なぜ足立達がクリームだらけなのか疑問を浮かべた。
「…………ぷはっ」
誰かが噴き出した。
驚いた全員の視線がそちらに集中する。
「あははははははっ!」
髪や顔にクリームがついたまま、夜戸は腹を抱えて笑っていた。
大爆笑だ。
目尻には涙が浮かび、大口を開けて白い歯を見せている。
悪役を演じていた時とは全く違う、温かい笑い声だ。
次第に、つられるように他の面々から漏れだした笑い声が重なり合い、やがて最後には月子の笑い声も混ざり、空間は温かい空気に満たされた。
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